第28話 いや、やっぱおもしろがってない?
「で結局、アサカはどっちが好きなの?」
テーブルに頬杖をついてユズが聞いてきた。
アスナと連絡先を交換してから2週間が経ち、僕がアスナ経由で借りたレポートを返すってことでいつも作業してる喫茶店で待ち合わせをしたんだけど――。
「え?急になに?」
席につくなり聞いてきたユズにそんなことを聞かれた僕は頭の処理が追い付かず、思わず聞き返してしまった。
「いやほら、月乃もアスナもなんだかんだでべったりなワケじゃん。そこんところアサカはどう思ってるのかなって」
「どう、どう……ねえ?」
そこまでべったりか?とは思ってると、ユズがさらに続ける。
「だってさ。アスナと毎日やり取りしてんでしょ?」
なんで知ってんの?
「アスナが言ってたよ?電話しかしないけど――って」
まさかの出所に僕は驚いた。
「アスナが?」
僕が聞くとユズは頷いた。
「通話履歴しか残んないからなんだかなぁ……って言ってたけどね。でもそれが逆に見つかっても不審に思われはするけど、それ以上は踏み込めないでしょ。うまくやってんね」
「そんなことないと思うけど」
単にメッセージのやり取りがめんどくさいってだけの理由を妙な方向に解釈してニヤニヤしてるユズに僕はそう返す。
「で?どうなの?」
「どっちが好きか?」
「そっそ。どう思ってるか、でもいいよ」
「ん〜」
僕は少し考えて答えを出す。
「体のいい逃げ場?」
「体のいい逃げ場?ふうん。その心は?」
「その心?」
僕が首を傾げると、ユズが言った。
「こう言ったらアレだけどさ。アスナ、アサカと連絡先を交換してから結構変わったって思わない?」
「そう?」
変わったようには思えないけど。
連絡先を交換してからなんだかんだ毎日電話してるし、ウチに乗り込んでくるようになった以外は変わってない気がする。メイド喫茶でのやり取りも別に今までと変わらず。ダベって、愚痴を聞いて、それだけ。メイド喫茶にいるときも、そうでないときも話題に大きな違いはない。
ちなみにアスナと彼女はまだ僕の家で鉢合わせはしてない。2人とも連絡もなしで突撃してくるからどこかで起きるとは思ってるけど、今のところ修羅場らしい修羅場にはなってない。僕的にはそうなる前に許可を取るようにして欲しいけど……ムリだな。
「ふうん。そう来ますか」
満足してないけど、しょうがない、みたいな声で頷いたユズはさらに「月乃は?」と聞いてきた。
「アレを恋愛対象に?ないない」
「なんで?イイトコのお嬢様であの見た目。別に性格だって悪くないでしょ」
「それを差し引いたとしてもカバーしきれないマイナスがあるんだよなぁ」
アルコールが入ったときは特に、と付け加えるとユズも黙った。
「いや、まあ、わたしが言うのもアレだけど、男子がいないときの女子なんてあんなもんだよ?」
「パンイチで部屋を人ん家をウロウロするのが?」
「そんなことしてんの!?」
ガタッと椅子が音を立てた。
しまった。反射で言ってしまった。
「いや、たしかに面白半分、本気半分でやってるみたいなことは言ってたけど――ううん……」
なにやらブツブツ言いながらユズが頭を抱えてる。
曲がりなりにも友達が人の家、それも恋人でもなんでもない、ただの異性の家でパンイチでウロウロしてるなんて聞いたら僕だって頭を抱えるかもしれない。
「今さらだけどさ。ほんとに付き合ってないの?」
「付き合ってないよ」
「でも半裸は見てるって……もしかしてそういう関係?」
言葉にしづらそうに俯いた。
「そういう……ってどういう?」
「カラダだけ〜的な……」
ユズがチラ……僕に目を向ける。
「なわけないでしょ。見てるっていうか、一方的に見せられてるんだよ。僕からはなにもしてない」
「ええ?どうして?」
「なんでってこっちが聞きたいんだけど。どうにかなんないの?」
「ううん……」
またユズが頭を抱えてしまった。
「いやでも、お嬢様だから家は堅苦しいんでしょ。で、その反動が――」
「僕って?」
「見方を変えてよ。そうやっても大丈夫って思われてるわけ。どう?」
妙に彼女を推してくるユズに僕は同じように聞いてみる。
「じゃあ、僕がそんなふうにユズの家にいたとしたら?彼氏にする?」
「わけないじゃん――あ。」
慌てて口を手で塞いだけど、時すでに遅し。
「や、違う。そうじゃなくて」
ちがうちがう、と手を振って慌てて否定するけど、もう遅い。
「付き合うにはならないでしょ」
「わたしは、って話!そもそもアサカなんて好きでもなければ彼氏にしたいとも思ってないし!」
ユズの言葉が心に突き刺さった。
「あ。や!違う!そういう意味じゃなくて!友達?くらいなら……まあ、100歩譲って……」
「100歩譲って……」
「あ。や、そうじゃなくて……ううん」
まったくフォローになってない言葉に沈む僕にユズはまた頭を抱え込んでしまった。
いや、いいんだけどさ。別にこれからも会うのはここだけだろうし。ユズがいるフロアにも行く気はないし。
「なんていうか……言葉って難しいね」
汗をかいたグラスに口をつけた。
「思ってる言葉が思った通りのまま伝わんないんだもん」
「はっきり言えばいいだけじゃないの?」
「じゃあ聞くけど。さっきの質問、おもしろがって聞いてると思ってるでしょ」
「違うの?」
「アスナに関しては違うよ。だって友達だよ?」
友達……友達ねえ。
「月乃も最初はお嬢様同士からだったけど、今はフツーにリア友だし」
「そうなの?」
それは知らなかった。っていうか、彼女の交友関係、案外メイド喫茶がきっかけの人ばっかじゃないのか?と思いはじめてきた。そういえばこの前の飲み会だって友達との飲み会って言ってたのに、実態はメイドの集まりだったし。
だからって、僕がそこまでケチを付けられるのか、と聞かれたら、彼女以上に交友関係が狭い僕が他人のことは言えないんだけど。
「だからさ。どっちを選ぶかわかんないし、どうなるかもわかんないけどさ。今んとこの感想っていうか、そういうのは聞いておこうかなって」
「ふうん」
てっきり面白半分で聞いてるのかと思ったけど、そうじゃないのか。
スズとか面白半分で聞く奴らばっかだからユズもそうじゃないか、って思ってたけど、考えを改めた方がいいのかもしれない。
「ま、どっちと付き合うのかの賭けには参加してるけどね」
全然改める必要なんてなかった!っていうか、何それ!?賭け!?聞いてないんだけど!?
コーヒーを吹き出しそうになった僕を笑いながらユズが話してくれた。
「や〜ほら。月乃もあんなだし、アスナもベッタリじゃん。そりゃあ、どっちと付き合う?ってなるに決まってんじゃん」
「だからって賭けなくてもいいでしょ!?」
「そこはほら。飲み会の席だから」
しょうがないでしょ、って言われて誰が納得すると思ってるのか。
「ちなみに発案者は月乃」
何やってんの!?
「へべれけになるまで酔っ払わせて無茶苦茶に煽ったけど、これ以上にないってくらいにいいものが見れたよね」
ケラケラ笑うユズの横で僕はズキズキ痛む頭を押さえる。
「金持ちボンボンよりアサカがいいし、イケメンよりアサカの方がいい、だもんね。あれは傑作だったなぁ。なんで誰も動画に残してなかったんだろ」
「言わせたんでしょ?」
「言わせてはないよ?どっちがいい?とは聞いたけど」
言わせたようなもんじゃん……。
「でもさ。ウチらだったらボンボンの方がいいし、イケメンの方がいいのよ。どっちか、って話ならね。それを全否定してアサカを選ぶんだよ?それってもうさ、言ってるようなもんだと思わない?」
「まあ、そうかもしれないけど」
なんか間接的に告白されてるような気がしてなんとも居心地が悪い。
「つっても、アサカはそういうの気にしたことないでしょ」
「なんで?」
「ん〜……なんていうか、女の子とちゃんと付き合った経験があるってイメージがない」
「失礼な。僕だって付き合った経験くらいある」
「ふうん?いつ?」
「中学も高校も」
「は?」
ちょっと?冗談でしょ?みたいな顔しないでほしいんだけど?
「いやいや。ええ?」
「なんでビックリしてんの?」
「いや、だっておかしいじゃん。え?夢じゃなくて?」
ひどくない?なんで夢にするのかわかんないんだけど。
挙げ句の果てに証拠を見せろ、とまで言ってきた。
けど、そんなのとうの昔に消してしまって残ってるのは僕の記憶の中だけ。
「えっと……じゃあ、もしかして童貞でもなく?」
「まあ……それなりには」
ユズは「へえ」とか「ふうん」とか言いながらなぜかスマホを出した。で、ものすごい速さで画面をタップしはじめた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます