第22話 いや、だからそこまで教えたら――。
「いいのかなぁ」
「ダメに決まってんでしょ。ルール知ってるでしょ?」
ボヤく僕にアスナがツッコミを入れる。けど、その手に握られてるのは僕のスマホ。飲み会のときもそうだったけど、なんであっさりロックを抜けられるんだろ?どっかから漏れてるのかな。
それはともかく。画面の上を軽快に跳ねるアスナの指を見ながら僕はツッコミを入れる。
「口と行動が全くあってないんだけど」
「それはそれ。これはこれ――ってことで、はい」
戻ってきた僕のスマホにはアスナの連絡先が入っていた。もう何人のメイドがここに入ってるのかわからない。ルールはどうした?って本気で聞きたい。
「クラスは違うけど、同じ大学で同じ学部、学科。実はメイドを始める前から知ってた――ってことにするから」
「高校んときからやってるメイドが言ったらおかしいんだよなぁ」
知ってる人がいたらあっさり否定される気しかしないグズグズのアリバイに僕は苦笑しかできない。
「大丈夫だって。同期みんなその中にいたから。バラしたらバラす」
「そんな、目には目を、みたいな」
「逆に知ってるからできない、ってまであるから平気」
なんだよ、その抑止理論。全然平気じゃないんだけど。怖すぎるだろ。
「月乃もそうだけど、ほかのメイドから何か来てもほどほどにしてよ?」
「ほぼ見ないから大丈夫だと思うけど」
「ならいいけど。代わりって言ったらアレだけど、わたしからのはちゃんと返すように」
「ええ……」
それはそれでどうなの?
って思ったのが顔に出てたらしい。
「レポート、手伝ったでしょ」
とアスナに言われて、僕はなにも言い返せなかった。
「せっかく連絡先教えたんだから、使わないともったいないじゃん。ほかのご主人とかお嬢にも教えてないんだよ?有効利用しないと」
「それはまあ、そうだけど」
けど、そうは言ってもルール違反はルール違反なわけで。
僕が返答を渋っていると、アスナが「はぁ……」とため息を吐いた。
「30人も知ってて今さらルール違反とか、なにマジメぶってるわけ?そもそもよ。わたしとアサカは一緒の大学で同じ学部、同じ学科、違うのはクラスだけなんだから連絡先くらい知ってたってなんの違和感もないんだって」
そうかぁ?
って思ったけど、講義で連絡先を交換してる人たちは結構いた気がする。アスナも同じ部類ってことか。だったら、同じ連絡先を知ってる中でアスナのバイト先、つまり僕が通ってるメイド喫茶にご主人様なり、お嬢様なりがいたとしても不思議じゃない。
「いや、でもそれこそ、それはそれ、ってヤツじゃないの?」
アスナの友達に知り合いだったっけ?なんてツッコまれたらどうするつもりなんだろ?
「口が硬い子にはちゃんと教えるけど、それ以外はテキトーに流すよ?っていうか、アサカといたところ見られたとしてもみんななんとも思わないよ?」
「通行人がたまたま並んで歩いてる的な?」
「それ、自分で言ってなんとも思わないの……?」
あれ。なんか思ってたのと反応が違った。
怪訝な顔のアスナに僕は咳払いをして話を戻す。
「口が硬い子には教えるって、それはそれでいいの?」
「隠したってバレるもん」
いや、だからダメなんじゃ……。っていうか、もん、ってなんだよ。もんって。
「それに多少はそういうの?がいた方がいいって言われてるから」
「そういうの」
「なんだっけ?気配、じゃないけど、異性の友達?がいるって」
「ふうん」
友達、ねえ?実態はバイトとバイト先の客なんだけど、まあ体のいい虫除け、くらいに思っておけばいいか。
「でも交換したところでほとんど見ないからあんま意味ないと思うよ?そう思ったからクラスの連中とだって交換しなかったし」
「でも月乃は見るでしょ」
そう返されてしまうと、ぐうの音も出ない。いや、しょうがないんだよ。ちゃんと返信しないと今度は着信が20件とか来るんだもん。バッテリー切れで返信できなかったときの通知の数を見てホラーか何かと本気で思ったからね。それ以来、僕は彼女からのメッセージだけはちゃんと返してる。ほかは見てない。彼女ほど怖くないし。
「ふうん。じゃあ、わたしもそうしようかな。返信5分で来なかったら電話10回」
「やめて。本気で胃に穴が開く」
2人がかりで通知を埋めにくるとか勘弁してほしい。マジで身がもたない。
「とにかく!」
アスナは僕のスマホを指して言った。
「わたしのメッセージはちゃんと返すこと!いい?」
ずいっと勢いをつけて顔を近づけてきたアスナに僕は頷くことしかできなかった。
閉店時間が近くなり、僕らは店を出た。
時間は21時。最後のラストオーダーのちょっと前なこの時間になると、さすがに通りを歩いてる人はほとんどいない。
「帰るよね?」
「そりゃあ、この時間だし」
「だよね。どっち方向?」
あっち、と指すと、アスナは「なんだ、同じ方向じゃん」と僕の手を引いてきた。
「行くよ」
「いや、行くよ、じゃなくて」
僕が視線を握られた手に落とすと、アスナが首を傾げた。
「なんか用事あるの?」
「ないけど」
しまった、と気づいた時にはすでに遅かった。
曇り空が一気に晴れ渡ったように表情が明るくなって、僕の腕を引く力がさらに強くなった。
「なら問題なし!帰ろ!」
スキップしそうなくらい軽い足取りのアスナに引っ張られて、僕は駅へと向かった。
「駅まで同じなのになんで今まですれ違わなかったんだろうね?」
電車に乗ったところでアスナが言った。
聞けばアスナも僕と同じ駅が最寄駅だとか。これも今の今まで話題に出なかったから知らなかったけど、聞けば普通に答えてくれたらしい。
「クラスが違うってだけなのに」
「時間割が違うからかな?」
「どうだろ?」
ってことで、電車を乗り換えたところでお互いの時間割を比べてみる。
「取ってる授業少なくない?」
と僕の時間割を指してきたのはアスナ。向かい合わせから僕の横に位置を変えて僕のスマホを覗き込んできた。スカートが広がってある程度の距離ができてるメイド喫茶と違い、女の子特有の柔らかさを感じられるくらい肩がくっついてる。ついでにいい匂いもする。
「まあ。最低限あればいいかなって。アスナは……割と多いね」
Tシャツからギリギリ見えそうになる丘を視界に入れないように配慮しながらアスナの時間割を見る。
「教職も入ってるから」
「ああ……なるほど」
教員免許を取るには最低限のほかにいくつか取らないといけない講義がある。僕は先生になんてなる気もなかったから取ってないけど、それにしたって結構な講義の数になってる。
「先生になるって?」
「そういうわけじゃないけど。保険っていうか、そういう感じ」
「ふうん」
改めて見ても結構な数の授業が入ってる。逆に僕はスッカスカ。だからだろう。僕が大学に行く時間にはアスナはとっくに大学にいて、僕が大学から帰る時間を過ぎてもアスナはまだ大学で講義を受けてる。そんな状況ならすれ違いが起こるわけもない。
「なるほどね。アサカはスッカスカだから上手く時間合わないんだ」
僕と同じような結論にアスナも達したらしい。
「空いてる時間はなにしてるの?」
「家で読書か……ゲーム?あとは呼び出されてどこかに出かけるとか、かなぁ」
って言っても最近はほとんどゲームなんてしてない。メイド喫茶で読む分を調達してるうちに増えてきたラノベを読んでるのがほとんどで、そのほかは彼女に呼び出されてどこかに行ったり、あとは今日みたいにレポートをやったりって1日が過ぎていく。
「呼び出し、って月乃?」
「そうだけど」
ほかに交流がある人間がいるわけでもない僕は頷く。
「ふうん。まあ、そうなるか」
「ほかにいないしね」
「そんなことないでしょ。クラスの人とか」
「いやいや。住む世界が違いすぎて合わないよ」
50音順で僕の周りにいる学生はみんな陽キャの部類。いろんな人を誘っては合コンをやったり、どこかに出かけたり、とにかくアウトドアな連中ばかり。
それだけならいいけど――。
と、話したところで、アスナは「あー……」と何かを察したように僕の話を止めた。
「わかった。アイツらか。たしかにそれはやめといた方がいいわ」
「でしょ」
そんな話をしてるうちに僕らが乗った電車は最寄駅に着いた。
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