第32話 隠しデレ
「やりすぎ」
聞こえた声だけでぶっくり頬を膨らませてるアスナだというのがわかった。
「過剰なくらいがちょうどいいんだって。気配なくなったでしょ?」
「そうだけど、それにしたってやりすぎでしょ。くっついた風を見せれば良かったんだから。がっつり!き、キスなんてしちゃって――!なにやってんの!?」
「そこは……まあ、アレだよね。感情の昂りを止められなかった、と言うか……ね?勢いって大事だと思うんだ。わかるでしょ?ってことでアスナもやっちゃえ!無防備な今がチャンス!」
「しないっての!」
「しないの?」
「寝てるところにしてもコイツから見ればノーカンでしょうが」
まったく、とアスナが不満そうに言った。
「で?これで憂いはなくなったわけ?」
「たぶん?初めては自分じゃないとダメ、みたいなとこある人だから、さすがにあの光景見せれば近寄ってくることもなくなると思う。うっさい親からもとやかく言われることもなくなるし、晴れて自由の身!」
「ふうん」
どうでもいい、みたいな言葉の中にほんの少しだけの安堵を感じた。
「どっかの誰かさんが素直にならないからギリッギリだったけど。マジで時間切れを覚悟したんだから。そこら辺、ちゃんと責任とってもらわないと」
「うっさいな。こっちにはルールってのがあんの。わかるでしょ?クビにされたら困るの」
「合法的に会えなくなるもんね。あ、今も合法っちゃ合法か。ちょっとグレーだけど。グレーなアスナ……ふ、アリかも」
「キッモ」
ジュル、とヨダレを拭いた彼女にアスナはドン引き。
「ここだけの話。アンタ、知ってたでしょ?」
一息ついたアスナが彼女に聞いた。
「なにを?」
「コイツとわたしが同じ学校にいるっての」
「さあ?どうだろね?」
と、彼女。
「同じ大学で同じ学部、同じ学科。クラスだけが違うってだけでここまで接点ができないんだ、とは思ったけど」
ケラケラ笑う彼女にアスナはため息を一つ。
「ま、結果的には繋がったんだからよかったでしょ?」
「……まあ。――いや、まあ、じゃないわ!なんで頷いた!?違う!そうじゃないし!!」
「素直じゃないねぇ。そこがかわいいんだけど。そういうの、もっと見せてあげればいいのに。喜ぶよ?そういうの好きだから」
「見せられるわけないでしょ。恥ずかしい」
ガサガサと、ビニールが擦れる音が耳に入ってきた。が、なぜかすぐに止まった。
「いや、待って?なんて言った?」
「ん?もっと素直になればいいじゃん」
「違う。その後」
「もっと見せてあげればいいのに?」
「もう一声」
「喜ぶよ?そういうの好きだから――?」
「いや、なんで知ってんの……?」
アスナが引っかかったことで僕もようやく気づいた。と、同時にそこはかとなく嫌な予感が背筋を撫でてきた。
「そんなの決まってんじゃん。ロフトの枕元の左の段ボールの中」
「は?」
「入ってるよ。みっちり」
「へえ」
背筋に冷たいものが走った。
「アンタのそれもそこから?」
「違うよ?」
「違うの?じゃあ、なんでそんなカッコなわけ?アピールにしたってアサカに効かないのわかってんでしょ。一歩間違えなくても痴女だよ?わかってる?」
「え?服もこれも別にアピールでもなんでもないよ?いつもこれ。ラクなんだよね〜。締め付けがないから。特に胸のあたり」
「――」
プシッ!と缶を開ける音がした。
ゴッ!ゴッ!と喉の音が聞こえること数回。ぷはー!と聞こえればこれはもう昼間っから飲んでるいつもの光景の出来上がり。
「ッあ〜 ……マジでウマい。勝利の美酒!って感じ」
「にっが……よくこんなの飲めるね……」
あれ?彼女はともかくアスナは今日も飲むの?
気になる。でも起きるとつまみを作る係に任命されそう。もう少しこのままでいいかな。
と、思ったところで、ふと枕がいつもと違う気がした。なんというか、あったかい?
「まだ起きない?つまみが欲しいんだけど」
「起きてないっぽい」
もぞ、と枕が動いた。
「あ〜そうだ。アンタに振り回されてたから忘れてたけど、マンガ読みに来たんだった」
「振り回すって失礼な」
「実際そうだったでしょうが。なにあれ?時間がない、とは聞いてたけど、あんなのがいるなんて聞いてなかったんだけど?」
「言えるわけないじゃん。常連と繋がってんだから。ってか、最近は見ないし、アスナが入る前だったからだけど、アレも常連界隈の一人だからね?しかも中学生にまで声をかけるタイプ」
「あ〜……めんどくさ。」
これ、あげるわ、とアスナの声。その後にもう一度缶を開ける音がした。
「甘くない?それ」
「わたしにはこれがちょうどいい、かな」
そう言ってアスナはまた一口。さっきから気になってたけど、なんでアスナの声が上から聞こえるんだろう?
「にしてもアスナも素直じゃないね」
「なにが?」
「見えるところでデレてあげればいいのに。なんでそういうとこでデレるかな。見えないアピールなんて意味ないのわかってるでしょ?」
「……それはそれ。これはこれ」
「気づいてくれればラッキーとか思ってるならわたしがいただくよ?」
「飲んだくれ、って認識が外れない限りアンタは対象外だから。安心して?」
平穏な雰囲気はどこへやら。一気に寒気を覚えるくらいピリピリした空気が漂い出した。
「膝枕ごときで靡くと思ってたら大きな間違いだよ?」
と、彼女が言えば、アスナも応戦。
「酔っ払いがスタンダードだと思われて素っ裸でいても何にもされなかった人に比べたら圧倒的に上だと思うんだけど?」
「な、なぁ!?」
アスナの言葉に彼女が狼狽えた。
「誰から――!って決まってるか。喋ったの!?」
「喋ったよ?普通に。すっごい迷惑そうだった」
「はあ!?あんなにジロジロ見といて!?このヤロウ……!!」
「見てないって言ってたけど?というか、見慣れすぎてて興味ない――って言ってたし」
「かはっ!?」
撃ち抜かれたように彼女は胸を押さえた。
「アスナなら興味あるって?」
「それは聞いてないけど」
「聞けよ。チキンが」
ふ、とアスナが笑った。
「そんなこと聞かなくても視線でわかるから。最推し――じゃない、最古参オタクとわたしの関係舐めんな」
ビッ!と中指を立てたアスナに彼女が唸る。
「ぐぐ……!くっそぉ!!」
そう言って彼女はテーブルを叩いた。
「うっさいっての。ここ2階」
「こっちはそれどころじゃないの!わかるでしょ!?」
マズい、ヤバい、の声が彼女の口から漏れてくる。
「いや、アンタさ。わたしがこういうのもアレだけど、最初っからこうなるってわかってたでしょ?」
「わかってたよ!わかってたけど、現実を突きつけられるのとそれは別でしょ!?」
「バカじゃないの?」
「ぐっ!」
たった一言。されど一言。研ぎ立ての切れ味鋭い言葉が彼女の心を切り裂く。
「既成事実を作れれば――とか思ってたんでしょ。バカすぎて笑えないんだけど」
「いや、違うんだって」
「違うの?」
否定する彼女にアスナは首を傾げた。
「いや、まあ、そうなればいいな、くらいは半分――いや、8割くらいはあったけども……」
「ほとんど全部じゃん」
「アスナだって人のこと言えないでしょうが」
「は?そんなことないけど?どこらへんでそう思ったわけ?」
「へー!ほーん!そんなこと言っちゃうんだ!知ってんだぞ!チェキ撮るとき、わざとくっついて反応楽しんでんの!」
「なっ!?」
指を差されたアスナがたじろいだ。そうなの?
「い、いや!あれはあーでもしないとイイ感じに写らないからで――!」
「へー!イイ感じに写らない!じゃあ!なんでほかのご主人様にはしないのかなぁ〜?むっさい常連にしないのはわかるけど、アサカほどじゃないけど、そこそこ仲が良さそうな常連にもしないじゃん!なんでかなぁ〜?」
「よさそう、ってだけでしょ!積んでもらった分だけ返してるだけだって!」
「ふうん?そんなこと言ったらアサカより積んでるご主人だっているでしょ?」
「お金積まれたところでわたしには入んないんだなぁ〜コレが」
「いや、少しは入るでしょうよ」
「お情け程度は入ったにならんのよ。だからお情けレベルのお返し。コイツとは歴が違うんだよ、歴が」
僕の頭に手が置かれた。
「そもそもほかのメイドにも行かないし。前にも出ない。イキリ散らして一番を自慢こいてるご主人のずーっと後ろにただいるだけ。もうね、絶対的な安心感っていうの?違うんだよね。いるのといないのとじゃ」
つっても、最近はほかのメイドにも遊ばれてるみたいだけど――。と、僕の頬をつねった。痛い。
「あ、やっぱそう?なんか妙に女の気配がするなって思ってたけど、やっぱメイドと会ってる?」
「会ってる会ってる。今日はユズと会ってたし、この前も――」
不穏な空気を感じた僕は寝てると思わせるくらいに身体を動かして、温かい枕と頭を撫でる手に身を任せた。
メイド喫茶のオタク、メイド激推しの二日酔いの限界女子に絡まれる 素人友 @tomo_shiroto007
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