第20話 怖い怖い事情聴取
「ふうん?月乃が、ねえ?」
お隣さんからの氷のように冷え切った視線を向けられた僕の背中に冷たいものが走った。
「っていうかさ。呼び出されたからってなんでそんなとこに行くわけ?別に行っちゃいけないってわけじゃないけど、危機感なさすぎ。出禁になったらどうすんの?言ったでしょ?気をつけてって」
「おっしゃる通りで」
そんなこと言ったら今の状況も大概だと思うんだけど――、なんて言い出せる状況では全くない。
なんせ隣にいるのは不満を頬袋にパンパンに詰め込んでブンむくれてるアスナ様。メイド服ではなく、薄着の私服姿で手にはよくわからない呪文のような長ったらしい名前のフラペチーノ。お値段960円なり。
そして、その手元のテーブルに置かれたスマホには、ついさっき撮られたばかりのユズとの2ショットが表示されてる。
「まったく……なにやってんの……」
文句を言いながらスプーンのようなストローで掬ったクリームを口へ運ぶ。
「こんなのまで撮られちゃって。バッカじゃないの?顔までくっつけちゃってさ」
カツカツ、と爪でスマホの画面を叩いた。
「いや、それは完全に不意打ちだったんだって」
「撮られてるってのが問題なの。わかれバカ」
その通りだった。なにやってんだ、僕は。
「で?何人のメイドから連絡先をもらったわけ?」
「もらったわけじゃないんだけど……?」
なんで連絡先が入ってるってわかったんだろう?僕なんかさっき知ったってのに。
「勝手に入ってようがなんだろうが、登録されてるならもらってるのと一緒。こういうのは見た側がどう思うか、ってだけなんだから。ってことで、スマホを出して」
なにか言い返そうと思ったけど、何も思い浮かばなかった僕は渋々スマホを出してメッセージアプリを立ち上げる。
アスナに誘導されるまま連絡先を表示すると、覗き込んできたアスナが画面をスクロールしていく。
「ちょっと?ほとんどメイドじゃない?これも、これも、コイツもそうじゃん。なにやってんの?繋がるなって言われてんのに、なに繋がってるの?見る人が見たら出禁だよ?なにやってんの?」
「いや、だから僕がやったわけじゃ……」
「じゃあ、誰がやったの?」
そう聞かれると僕も困ってしまう。誰がやったか、なんて1ミリもわからない。勝手に登録されていて、ご丁寧にメイド名と自撮り画像まで添付されていた。それに気づいたのもついさっき。僕のスマホをぶんどったユズが「結構メイドいるね」って言ってきたからだった。彼女からの連絡が来ない限りこのアプリなんて開かないし、来たところで返信したらすぐ閉じちゃうからまったく気にしてなかった。
「さあ?」
「さあ?で、済む問題じゃないんだけど。いや、っていうか、そもそもよ。なんでわたしより先にほかのヤツが入ってんの?そこはわたしじゃないの?」
クリームが半分近く減ったカップを置いてアスナが僕を睨んだ。
「え?じゃあ、教えてくれる――」
「わけないでしょ。バカ。まだメイド辞める気はないんだけど。ってか、繋がってクビになるって、そういうのが目的だったって思われるじゃん」
そう、なのかな?わかんないけど。たしかに連絡先をご主人と交換したのがバレてクビになるメイドは月に数人はいる。もちろん、その場合はご主人も出禁になるとか。
「でも、学校の友達って言えばセーフになるから交換しても大丈夫って言ってたけど?」
「友達じゃないでしょ」
そう言われるとぐうの音も出ない。
「100歩譲ってほかのフロアの子は友達って言えるかもしんないけど、6階の子はダメでしょ」
「6階……どの子?」
僕が聞くとアスナはため息をついた。
「ほんと、アサカってほかのメイドに興味ないね」
「そりゃあ、ねえ?アスナと話すのを目的に来てるのに、ほかの子と話してアスナと話す時間がなくなったら意味ないじゃん」
「それはそうかもしれないけど。もうちょっと塩加減を抑えめにして。なんか塩すぎて対応に困るって言われてるんだから」
そう言われても。興味ないものに興味ありますって装うのってめんどくさいんだよなぁ。
「で、6階の子だけど――」
とアスナが「この子と、この子。この子も」と指していく。
どの子もメイド姿が想像できなくて6階にいるって印象がまったくない。
「この2人は最近店舗になったからわかんないかもしんないけど……これだとどう?」
と、アスナが呟きなアプリを開いて見せてきた。6階のカウンター席を背景にポーズを取ってる画像が写ってるけど、まるでわからない。
「これが?」
「この子」
メッセージアプリのアカウント名に「みらい」と表示された子を指した。
「いや、わかんないよ」
メイクとか髪型のせいかもしれないけど、自撮り写真とメイドのアカウントを比べると完全に別人だった。
いや、ほんと。マジで誰?ってレベル。
「ん〜……じゃあ、消すよ。わかんないし」
「それはダメ」
「なんで」
「なんか面倒なことになる気がする」
なんてアスナが言ったそばからメッセージを知らせる通知が届いた。
「ほら」
「アスナが言ったんじゃないの?」
「アンタと話してるのに言うわけないでしょ」
そんな話をしてると、今度は2回連続で通知が届いた。
「『月乃がメイド服の方送らないとわかんないかもって言ってたから送るね』……?いや、いらねえよ」
「やっぱり月乃か……アイツ……」
呪詛を唱えそうなアスナの横で僕は送られてきた画像を見てみる。
送られてきたのはヘアメイク前の降ろしたメイド服姿と、ヘアメイク後のメイド服姿の2枚。どっちも薄ら記憶にあるかないかくらいだけど、結局頭の片隅にも引っ掛からなかった。
「いや、わかんねえな」
「ぷっ」
頭を捻った僕にアスナが吹き出した。
「マジでわかんないんだけど。だれ?」
「だから書いてあるじゃん。みらいちゃんだって。覚えてないの?」
あの場にいたかなぁ?マジで覚えてないんだけど。
「まったく記憶にない」
「ほんとに?」
なにが面白いのかアスナはずっとクスクス笑ってる。
「両腕を引っ張られてる間に話しかけてきたり、乗っかってきたりされたんだよ?覚えてるわけないじゃん」
「……へえ?」
楽しそうに笑っていたアスナの周りの気温が一気に下がった気がした。
「ふうん?両腕を引っ張られて、乗っかられたんだ?」
ヤバい。なんかいきなり地雷原に踏み込んじゃった気がする。
「そりゃそうだよね?アルコール入りの女子会に1人で突撃したんだもんね?そのくらいは起きるよね?」
「いや、だからそれは呼ばれたからで――」
「中に入るかどうかは選べたでしょ?」
「選べた……いやあ。そんなことなかったけど」
だって右に彼女、左にユズが腕を組んで連れて行かれたのだ。逃げられる余裕なんてほぼなかった。
「しかも入ったら一番奥。床には食器が散乱しててさ」
「月乃に仕込まれたね」
事情を事細かに説明すると、アスナは唸りながら呟いた。
「やっぱり?」
「月乃じゃないかもしれないけど。この子、めっちゃ潔癖なんだよ?その子が黙ってたんでしょ?なら仕込んでたんだよ」
そう言って指したのは、これまた知らない女子の名前。ただ、この子には見覚えがあった。
「ああ。出入り口のところにいた――」
「この子は覚えてるんだ?ふうん?まったく覚えてない、ってわけじゃないんだね?」
マズい。また何かを踏んだ。
「いや、片付けっていうか、食器を戻すときに一番動いてたから。名前は覚えてないよ?」
「そういうことじゃないんだけど。ふうん」
なんだろう?アスナの頭のメモ帳に記録されたような気がする。
「でも覚えてるのってそのくらいだよ?あとはみっちょん?ミツキ?」
「みっちょん?」
「なんか異常に対抗してた」
「月乃と?ふうん。みっちょん……」
アスナはフラペチーノのクリームを掬い取りながら呟いた。
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