第5話 悪役貴族、魔法の特訓を始める

 サディアの部屋を出てから、俺は学院の本校舎裏の森に移動した。

 森とは言ってもあくまで学院の敷地内なので、魔物の類が紛れ込んでくる余地はない。

 この森は実技演習のためのエリアとして活用されており、放課後は生徒達が魔法の練習などに使っている。

 学院には実技演習用の訓練場もあるが、こちらは主に試合形式の訓練用に貸し出されているため、今回の俺の目的には森のほうが向いていると判断した。


 サディアには言わなかったが、原作通りであれば、ゼオンとサディアは迷宮ダンジョンでの実技演習で危機に遭遇する。

 回避できる類のものなので避けるつもりではいるのだが、万一に備えて強くなっておくに越したことはないだろう。


 俺は周囲に誰もいないことを確認してから、地面に腰を下ろした。

 図書館から借りてきた数冊の魔導書を開き、ざっと目を通していく。


 ゼオンの魔力量は平民と同じレベルしかないが、それにも関わらずゼオンは原作の『ミズガルズ・サーガ』において、最後の最後まで主人公の敵として立ちはだかっていた。

 何故そんなことができたのか。理由は大まかに言って二つある。


 理由の一つは、自らの弱点を数々の魔道具で補ってきたからだ。

 足りない魔力量を特殊な魔法薬ポーションによるドーピングで補い、秘宝アーティファクトに封じられた大火力の魔法を複数操り、強大な魔物をも使役する魔道具まで駆使してジークと戦い続けた。

 当然ドーピングには副作用があり、物語が進むに連れて、ゼオンの心も体も到底まともな人間とは言えない状態になっていった。

 俺としてもそうなりたくはないので、なるべく魔法薬による強化には頼りたくはないところだ。


 もう一つの理由は、ゼオンの魔法の才能だった。

 ゼオンは魔力量には恵まれなかったが、複数属性の魔法を操る才能には恵まれていた。

 魔法は一人一属性使えるのが一般的とされ、複数属性の魔法が使えるのは稀有な才能とされる。

 そんな中、ゼオンは火、水、風、土の四大属性魔法を操ることができ、特殊な才能とされる光魔法と闇魔法を除けば、全属性の魔法を操る素質があった。

 乏しい魔力量がコンプレックスとなって、ゼオンは魔法の練習をまともにしてこなかったようだが、俺はそこに強くなる可能性がある気がしていた。


 魔導書をパラパラめくりながら、事前に当たりをつけておいたページを読む。


「複合魔法、か」


 複合魔法というのは、二つ以上の属性を混ぜることで成立する魔法のことだ。


 例えば、火弾ファイア・バレットに風属性を付与すると、通常より弾速の早い風火弾エリアル・ファイア・バレットになる。

 また、風刃ウィンド・エッジに土属性を付与すると、当てた相手を毒にする毒風刃ポイズン・ウィンド・エッジになる。

 うまく扱えれば、戦術の幅が大きく広がるはずだ。


 複雑な複合魔法になると、扱える人間が希少すぎるため、効果に関する記述が曖昧になっていく。

 まぁこのあたりは俺にはまだ早いので、初級の複合魔法を覚えるところから始めるとするか。


 いくつか初級の複合魔法を試し撃ちしてみたが、五回ほど魔法を打ったあたりで魔力欠乏によって息切れが始まる。

 複合魔法とはいえ、初級魔法五回で息切れとは……思った以上に魔力が少ないな。

 普通の貴族なら十倍くらい撃って、ようやく息切れするところなのだが……


 原作の『ミズガルズ・サーガ』はレベルアップすることでMPの増加が見込めたが、あれはあくまでRPGの話で、この世界にレベルなんてものが存在するかは今のところ不明だ。

 とにかく今は、地道に魔法の練習をするしかない。


 魔力が回復するまでの間、魔導書に目を走らせていると、突然視界に影が差し込んだ。


「あら、珍しいですね。ゼオンさんが自主的に勉強なさってるなんて」


 顔を上げると、年老いた女性教師――カティナ先生が立っていた。


 白髪交じりの黒髪を背中で束ね、魔法師らしいローブを着た、おっとりした性格の先生だ。

 問題児の俺とはほとんど接点のない人だったが、そんな彼女でも思わず話しかけてしまうくらい、魔導書を熱心に読む俺は珍しかったらしい。

 俺は若干気まずい思いで頭をかきながら、カティナ先生に答える。


「はい。自分の少ない魔力量でも、まともに戦える方法がないかと思いまして」

「よい心がけですね。私に協力できることがあったら、いつでも頼ってくださいね」

「ありがとうございます、カティナ先生」


 俺が頭を下げると、カティナ先生は頭を下げて立ち去っていった。

 ……しかし、放課後に教師がこんなところを歩いてるなんて、珍しいな。森に何か用事でもあったんだろうか?

 思わず余計なことを考えてしまうが、俺はかぶりを振って魔導書に意識を戻す。


 魔導書を読んでいる内に気づいたのだが、魔法というのはどうにも非効率な部分が多い。

 魔力量に応じて身体能力も向上するため、攻撃魔法の多くは攻撃対象の素早さを想定して、上位の魔法になればなるほど威力とともに攻撃範囲も広がっていく。

 だが相手を足止めさえできれば、もっと少ない魔力で高火力の魔法を当てることが可能なのではないだろうか。


 例えば……前世で言うところの銃のような。


 当然、火薬の銃をそのまま持ってきても、こっちの世界の魔物相手に通用するとは思えない。シンプルに防御力が段違いだからだ。

 だが……圧縮した魔法を弾丸のように撃ち出すのなら、どうだろう?


 俺は早速、魔法を構築してみる。

 まずは土魔法で弾丸を撃ち出す砲台を作り出す。長さ一メートル程度の砲台を生み出し、砲身内には簡単にライフリング用の溝を施す。

 次に、弾丸の形に削り出した石を土魔法で硬質化し、砲台に装填する。

 石弾ストーン・バレットの魔法で弾頭を砲身から射出すると同時に、薬莢やっきょうにあたる部分で風魔法を付与した爆裂魔法を解き放つ。


 銃声。

 と同時に凄まじい勢いで弾頭が飛んでいき、眼前の樹の幹に直撃する。

 石の弾頭は樹の幹をあっけなく貫通し、その先にある樹の幹まで二、三本貫通してから、ようやく動きを止めた。


「これは……思った以上の威力だな」


 俺の知識だと、少なくとも中級魔法よりは断然威力が高そうだ。


「……まぁ、このままじゃ実戦で使えないけどな」


 第一に、発動までに時間がかかりすぎる。

 砲身の設置や弾丸の加工だけでも時間がかかるのに、発射時に石弾と爆裂魔法のタイミングを完璧に合わせる必要があるため、発動までに五分近くかかってしまった。

 実際の戦闘で五分も魔法を構築していたら、その間に大体の戦闘は終わってしまうだろう。

 これに関しては、とにかく練習して練度を高めるしかないな。


 もう一つは、効果範囲が狭すぎることだ。

 文字通り石弾を貫通させるだけの魔法なので、石弾分の穴しか開けることができない。

 これが魔物の腕や足に当たったとしても、運良く神経を切断しない限り相手の行動を制限することはできないだろう。

 心臓や脳に当てたとしても、即死せずに数秒は動く時間が残るかもしれないし、その数秒が致命的になることだって十分に考えられる。


 理想を言えば、着弾後に爆発するなりして効果範囲を広げられるのが理想だが……ここに関しては、もっと工夫する必要がありそうだな。


 新たな課題に頭を痛めながらも、俺は複合魔法の練習を再開するのだった。

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