第19話 悪役貴族、少女失踪事件の調査を始める

 方針が固まると、ジークは早速立ち上がった。


「じゃあ、早速聞き込みに行くか」

「そうですわね」


 ロレインが同調して席を立ち、ジークと二人で食堂を出ようとする。その背中に、俺は慌てて声をかけた。


「ちょ、ちょっと待ったっ!」

「何ですの、一体」

「お前ら、エリスも連れて行かないとダメだろ」


 俺が指摘すると、ジークとロレインはおろか、エリスまで困惑したように首を傾げやがった。


「エリスさんはわたくし達ではなく、最初にあなたを頼ったのよ? だったら、あなたが責任持って守るのが当然でしょう」

「私もそのつもりだったのですが……あ、あの、私、もしかしてご迷惑ですか?」


 エリスが小動物のように身を縮め、不安そうな顔をする。

 そんな顔をされた上で「迷惑だ」などと言ったら、この場の連中にボコボコにされてしまいそうだ。

 俺は諦め半分で覚悟を決めることにした。


「いや、迷惑なんてことはないよ」

「ほっ……よかったです。私、精一杯このあたりをご案内しますねっ!」


 エリスが細い腕を上げて、両手でガッツポーズを取る。彼女の華奢きゃしゃな腕ではいかにも頼りなく見えるが、微笑ましさで場の空気がなごんだ。

 ただ、なぜかロレインだけは少し不機嫌そうに唇を尖らせていた。


「……ふんっ。ゼオン・ユークラッド。貧民街は治安が悪いんだから、スリや強盗にあわないようにせいぜい気をつけなさい」


 捨て台詞のように言ってから、ロレインはジークを伴って教会を出ていく。

 俺とサディアとエリスも、早速教会を出て聞き込みに向かうことにした。


 教会の西側のエリアは主に居住区になっており、店の類はほとんどない。

 代わりに、生活に困窮していると思しき住民達が道端で横になっていたり、物乞いがじろじろとこちらを睨んでいる。

 エリスが教会の人間だと知っているからか、直接ちょっかいをかけてくるやつはいなかったが、とても貧民街の住民から歓迎されている雰囲気ではなかった。


 ちなみに、ジーク達が向かった東側のエリアには酒場、違法賭博店、闇市などが並んでおり、こちらと比べて更に治安が悪い。

 治安が悪いとは言っても、原作のジーク達はちんぴらに絡まれても普通に圧倒していた。

 更に、ジーク達は俺からいくつか魔道具を借りているため、原作より戦闘能力が向上している。よほどのことがない限り、彼らを心配する必要はないはずだ。


 俺達は物乞いや浮浪者にケイトとジェナについて聞き込みをしてみたが、成果はまったく上がらなかった。

 彼らはこちらを警戒しているし、仮に情報を持っていたとしても話すメリットがない。当然、こうなることは予想していた。

 しばらく聞き込みを続けた後、エリスは重い溜息をついた。


「やっぱり、そう簡単には情報を得られませんね……すみません、ゼオン様。このようなことに巻き込んでしまって……」

「いや、わかってたことだから気にしないでくれ。それに、さっきも言ったが俺のことはゼオンでいい。敬語も使わなくていいぞ」

「ほ、本当によろしいんですか? ゼ、ゼオン……さん」


 頬を朱に染めて、勇気を振り絞った感じでエリスが言う。

 原作でも、エリスがジーク相手に敬語をやめることはなかった。様付けがなくなっただけでもよしとしよう。

 横から視線を感じて、俺はサディアのほうに目を向ける。サディアが半目で俺を睨んでいるのを見て、思わず尋ねる。


「どうした、サディア?」

「いえ。ゼオン様が青春を謳歌おうかしていらっしゃるなぁと思っただけです」

「普通に雑談してただけだろ。それと、君も様付けとかやめていいんだぞ?」

「奴隷の私に、過分な心遣いをありがとうございます」


 皮肉たっぷりにかわされてしまい、俺はそれ以上追及することはできなかった。

 迷宮ダンジョン探索以降、サディアは感情を表に出すことが増えた気がする。表情はほとんど変わらないが、ロレインと話している時などに、時折こうして不機嫌そうな態度を見せることが増えた。

 諦めと絶望に染まった彼女を見るよりはマシだが、自覚なくサディアの機嫌を損ねていることは猛省しなければならない。


 サディアの件は一旦棚上げしつつ、俺はエリスに向き直った。

 メインシナリオはジーク達が進めてくれるだろうから、本来俺は何もしなくていいはずだが……貧民街の住民を見るエリスの目が悲しげなのを見て、自分のやれることはやるべきだという気がし始めていた。


「ここはひとつ、作戦を変えるとするか」

「作戦、ですか?」

「あぁ。ちょっと手間がかかるが、ここの住民が積極的に協力したくなるようにしよう」

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