第2話 悪役貴族、従者に全力土下座する

「ゼオン様、入ってもよろしいでしょうか?」


 ノックの後に続く感情のない声に、俺は反射的に背筋を正していた。


「あぁ、入ってくれ」


 返事と同時に、ドアの向こうから美しい女生徒が入ってきた。


 腰まで伸びた長い金髪に、宝石のような碧色の瞳。

 どんな貴族令嬢にも劣らぬ白皙はくせきの美貌に加え、前世ならモデルとしても通用するような完璧なプロポーション。

 エルフらしい尖った耳やすらっとした長身も含め、思わず息を呑むような美しさだ。


 ただ――彼女の顔にはまったくと言っていいほど表情がなく、その碧眼には絶望の色が濃く浮かんでいる。

 その上、首には奴隷契約の象徴である隷属の魔導具『隷呪れいじゅの首輪』がかけられている。


 彼女こそゼオンの従者、サディアだった。

 原作では奴隷契約のせいでゼオンの元を離れることは叶わず、最後まで主人公に助けられる機会がないまま、ゼオンと運命をともにした。

 ゼオンの死後に奴隷契約が解除されるが、ゼオンの下で強要されてきた悪事の罪を償うために自死を選び、ジーク達主人公一行と数多のプレイヤー達に、トラウマとゼオンへのヘイトを刻み込んでいった少女だ。

 ジークの攻略対象でもないというのに、その悲劇的な結末故に絶大な人気を誇り、熱狂的なファン達がサディア救済ルートの実装を制作会社に嘆願するほどだった。

 かく言う俺も、彼女の最期に何度となく涙した人間の一人だった。


 サディアはベッドの前まで歩み寄り、俺に視線を向けるが、その目は俺を見ているようでどこか遠くを見ているようだった。


「申し訳ありません、ゼオン様。私のせいで不要な争いに巻き込んでしまいました」

「いや、君は悪くない。それより――」

「いえ、すべて私のせいです。ゼオン様の名に泥を塗るような事態になってしまい、本当に申し訳ありません」


 うつろな目で何度も頭を下げるサディアを見て、俺は吐き気をこらえるのに必死だった。


 ――ゼオンの野郎、なんてクズなんだ。

 いや、今となってはゼオン=俺なんだが……前世の記憶を取り戻す前の行動があまりにもひどすぎて、自分でも吐き気を催すレベルだった。

 サディアに性的な暴行を加えたことはないが、侮辱的な言葉をかけるのは日常茶飯事、教育と称して手を上げることも少なくなかった。

 何より――何の罪もない少女に奴隷の身分を押し付けて、こんな風にすべてを諦めたような顔をさせるなんて。


 俺は瞬時にベッドから飛び降りると、体が痛むのも構わず、医務室の床に額を擦り付けた。


「本っっっ当に、申し訳ございませんでしたぁ――――っ!」


 床に顔を伏せているため、サディアの反応はわからない。だが、とにかく俺は頭を下げたまま謝罪を続ける。


「今までのわたくしめの行動のすべてについて心から謝罪を申し上げますとはいえ謝罪したところで許されるとは思っていませんし御身おんみの肉体的及び精神的な傷が癒えるわけもなく個人的には死んでお詫びしたい所存ですがわたくしごときが死んだところで御身の現状が変わるわけでもなしせめてこれからの人生すべてをかけて御身への贖罪と賠償のために尽くさせていただければと思う次第でありますっ!!」

「……………………あの」


 か細い声が聞こえてきて、俺は反射的に顔を上げた。

 見上げたサディアの目には、先程までと変わらない、感情の擦り切れた諦念が浮かんでいた。


「今回は、そういうお遊びなのでしょうか?」


 …………マジで死んで侘びたほうがいいんじゃないかな、ゼオン

 凄まじい罪悪感でうっかり自死しそうになるが、俺はなんとか踏みとどまった。

 代わりに、真剣な目で彼女に訴えかける。


「今までの行いがあるから、俺を信じられないのはわかる。でも今回ばかりは本当だ。可能な限り早く、君の隷属魔法が解呪されるように手を尽くすし、君の故郷にも帰れるように手配する。これからの俺の人生すべてを使って、罪を償わせて欲しい」

「それを私に信じろ、と?」

「信じてくれなんて、俺に言う資格はない。それでも、君に対して決意表明をしておきたかったんだ」

「……なら、ひとつ聞かせてください。なぜ、急に心変わりをされたのですか?」


 問われ、俺は思案する。

 前世の記憶が蘇ったから……などと言っても、到底信じてはもらえないだろう。むしろ「またいつものお遊びか」と誤解され、サディアは一層俺に疑念を抱くに違いない。

 ここはひとつ、主人公様のご威光を借りるとするか。


「あのジークとかいう平民に負けて、俺はやっと気づいたんだ。あの男の言う通り、俺の行いは間違っていた。身分や種族に関係なく、すべての人が平等に扱われるべきだって。だからまず、これまで不当に扱ってきた君への贖罪をしたいと思ったんだ」

「……そう、ですか」


 サディアの瞳には、いまだ諦めと絶望の色が滲んでいる。当然だが、俺の言葉を信じられずにいるのだろう。

 ならば、これから行動で示して見せるまでだ。


 ――俺の行動の結果、彼女がジークのハーレムに組み込まれてしまうのだとしても、サディアが幸せになれるならそれでいい。


 胸に微かな痛みを感じたが、それを無視して俺は話題を変える。


「それで、これからの方針について相談させて欲しいんだが」


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