第3話 悪役貴族、悪評返上のための計画を語る

第3話 悪役貴族、今後の展望を語る


「まず第一に、君の身柄についてだ」


 俺は床に正座したまま、真面目な顔で続ける。


「さっきも言った通り、可能な限り迅速に隷属魔法を解き、君を自由にするつもりだ。ただ、『隷呪れいじゅの首輪』を解呪できる人間を見つけるのはかなり難しい。親父殿のツテも使って全力で探すつもりだけど、時間はかかってしまうと思う」

「……そうでしょうね」

「すまないが、隷属魔法の解除までは今まで通り従者として行動してもらうことになる。そうでないと、首輪が契約違反と判断してしまうからな」


 隷属魔法に逆らおうとすると、『隷呪の首輪』が締まって奴隷の呼吸を強制遮断する。

 それでも命令に逆らい続けると、より強力な力で首輪が締まり、奴隷の首を切断する。

 彼女を自由にする前に、そんなことになったら元も子もない。


「来週から魔法学院の実技演習で、生徒同士のパーティを組むことになる。親父殿の命令もあるので、すまないが君は俺と組んでもらうことになるだろう」

「わかっています」


 親父殿の命令というのは、サディアに俺の実技演習の補佐をせよ、というものだ。


 一般的に貴族は魔力量が多いとされているが、はっきり言って俺の魔力は平民並かそれ以下で、実技演習で上位の成績を出せるとは到底思えないお粗末な魔力量だった。

 そのため、親父殿は奴隷のサディアを無理やり学院の生徒としてねじ込んで、サディアに「ゼオンが実技演習でしくじらないように補佐しろ」と厳命したのだ。

 ……まぁ、ジークにこてんぱんにされた今となっては無意味な気もするのだが、親父殿の顔を立てておかないと後々面倒なことになりかねない。


「それと、君の家族についてだが……俺が君を買った時、奴隷商も君の家族について知らなかったようだった。努力はするが、君の家族を探すのは本当に難航すると思う。君は何か、家族について覚えていることはあるか?」

「……いえ。特には」


 特には、か。明らかにをしているな。


 俺がサディアを買った時、確か俺も彼女も十歳かそこらのはずだ。家族の記憶がまったくないほうが不自然だ。

 恐らく、俺に家族の情報を漏らしたことで、家族にまで危害が及ぶ可能性を危惧しているのだろう。

 隷属魔法を使って無理やり口を開かせるという方法もあるが、そんなことをする気には微塵もなれない。少しずつ彼女の信頼を得ていくしかないだろう。


「なら、君の家族についてはゆっくり情報を集めていくことにしよう。それで……情報収集もかねて、魔道具レンタルを始めようと思ってるんだが」

「魔道具レンタル、ですか?」

「あぁ。さっきも言った通り、生徒同士のパーティで迷宮ダンジョンに入る実技演習が始まる。この授業は例年、重傷者や死人が出ることもある危険な実習だ。当然、初めて迷宮に潜る俺達一年生は、装備や道具を万全に整えてから挑むはずだ」

「それで、魔道具を同級生にレンタルするわけですか」


 俺はうなずいてから続ける。


「レンタルの代価は、エルフ族の情報か労働力だ。エルフ族の情報が直接得られればよし。そうでなければ、街で聞き込みをしてエルフ族の情報を集めてもらう。地道だが、何もせずに待ってるよりは遥かにマシなはずだ」

「……そう、ですね」


 サディアはどこか不安そうに応じる。やはり、俺に家族の情報を握られるのは不安なようだ。

 だとしても、彼女を本来いるべき場所に帰すためには必要なことだ。

 情報を集めた上で、家族の元に帰るか、学院で過ごすことを選ぶかは彼女次第になるだろうが……彼女にとっても、選択肢は多いほうがいいはずだ。


「レンタルする魔道具はどうやって集めるつもりですか?」

「そこは俺の家名と財力を使わせてもらうさ」


 ゼオンの実家であるユークラッド伯爵家は、ガリア王国東部に位置するユークラッド領の領主であり、東部での交易によって莫大な富を築いた大陸屈指の成金貴族だ。

 その力は侯爵はおろか公爵にも匹敵し、公爵令嬢であるロレインを婚約者として差し出されるほど、貴族社会では無視できない存在となっている。

 商人であれば尚更、ほとんどの者がユークラッド伯爵家の関心を得たいに決まっている。

 もちろん相応の代価は支払うが、数ある商会から質のいい魔道具を安く仕入れられるのは凄まじいアドバンテージだ。


「ですが、よろしいのですか? お父上の不興を買う恐れがあるのでは」

「その時はその時だ。どうせ元々ドラ息子なんだ。親父殿に叱責されたり、ぶん殴られるくらいいつものことさ」


 魔道具レンタルで得られるメリットは、俺からしたら計り知れないものがある。

 良質な魔道具を貸し出すことで、ゼオンの汚名をすすげる上、サディアの家族の情報も集められる。

 俺にとっては一挙両得の策だし、何より多くの学生達の危機を未然に防ぐことができる。


 原作を知ってる俺は、今後この学院が幾度となく争いの舞台になることがわかっている。

 戦火の中で、大勢の生徒が死んでいくところを何度となく見届けてきた。

 前世では、あくまでゲーム内の出来事として受け止めていたが――あの惨劇が目の前で起きるとしたら、黙ってなどいられない。


「サディア。すまないが、君にも協力を頼みたい。エルフの薬草知識や魔法薬ポーション製造技術は、きっとレンタル魔道具の主軸になる。危険を冒すつもりはないが、いざって時のために強力な魔法薬が欲しい、ってやつは多いはずだからな」

「それは構いませんが……」


 何かを言いかけ、サディアは口をつぐむ。

 彼女が何を言おうとしたのか気になったが、今は追及してもごまかされるだけだろう。


「今日はもう授業もないし、自由に過ごしてくれ。俺はもう少しここで休んでから、部屋に戻るとするよ」

「いえ。それでは従者の役目が……」

「あー……じゃあ、だ。今日は自由時間を与える。色々あって混乱してるだろうから、気持ちや考えを整理する時間として使ってくれ」

「……かしこまりました」


 サディアが恭しく頭を下げてから、医務室を出ていく。

 しかし、俺の介護から逃れるためにも命令が必要とは……本当に、一刻も早く隷属魔法の解呪をしてあげないとな。

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