第6話 悪役貴族、魔道具レンタルを始める (1)

 迷宮ダンジョンでの実技演習が始まった。


 王都の中心地から少し外れた場所、冒険者ギルドのガリア王国本部のすぐそばに、地下迷宮への入り口がぽっかりと口を開けている。

 迷宮内部へ続く下り階段を囲むように外壁が配置され、階段の前には王国の衛兵が二人、守衛をしている。

 俺達魔法学院の一年生は、各々武装して迷宮の入り口前に整列させられていた。彼らの顔にはそれぞれ不安と緊張、そしてわずかな興奮の色が滲んでいた。

 並んだ生徒達の眼前で、見慣れた教官がけだるげに講義を始める。


「見ての通り、迷宮は王国と冒険者ギルドによって完全に管理されているし、迷宮の出入りも厳しく管理されている。間違っても、無許可で迷宮に潜ろうなんて思わないように」


 いつも通り面倒くさそうに講義をするのは、俺達の担任教師で実技演習の担当教官でもあるモラン教官だ。

 金髪に黒のメッシュの入った短髪は、虎獣人とらじゅうじんによく見られる髪色だ。頭頂部からは虎の耳が生え、腰のあたりからは虎縞とらじまの尻尾が生えている。

 すらっと長身には獣のように強靭な筋肉が張り巡らされており、歴戦の戦士らしい貫禄を漂わせている。

 ……無精髭をはやして常時タバコをくわえていなければ、その雰囲気に圧倒されていたかもしれない。


 モラン教官はやる気なさそうにタバコを吸ってから、説明を続ける。


「そんな厳重に管理された迷宮に、なんでお前らガキンチョが入れるのか。理由がわかるやつはいるか?」

「はい」


 高らかに手を挙げたのは、やはりロレインだった。


「生徒の質を落とさないためですわ。ガレリア魔法学院は、ミズガルズ大陸でも有数の魔法師育成機関。優れた魔法技術を学ぶため、国外の王侯貴族すら入学を希望するほど、学院はその名をせています」

「ふむ。それで?」

「学院のブランドを保つためにも、ガレリア魔法学院の卒業生は絶対に優秀でなくてはいけません。そのために迷宮が学院生に開放され、我々生徒は迷宮探索によって高い実戦経験を積み、死の恐怖に抗う術、生き残るために必要な機知を学んでいくのですわ。そして……落第生は自然とふるいにかけられていくのです」


 最後の一言を言いながら、ロレインは俺のほうにちらっと視線を向けてきた。

 ……まぁはっきり言って、この学院の落第生と言えば俺だろうな。親父殿のコネで無理やり入学をねじ込んだようなものだし、バカにされてもしょうがないところではある。


 モラン教官はロレインの説明を聞き終えてから、再度美味そうにタバコの煙を吐いた。


「まぁそんなところだな。お前らも知ってるとは思うが、この迷宮はすでに最深層まで踏破済みで、探索ルートや階層毎の魔物の情報も周知されている。だからと言って、命の危険があることには変わりない。お前ら、死にたくなかったらせいぜい安全第一の行動を心がけるこった」

「はい!」


 生徒達の威勢のいい返事に満足したらしく、教官は壁に背を預けて完全にサボりモードに入る。


「んじゃ、おめーら適当にパーティ組んで中に入ってこい。探索時間は二時間だから、あんま深くまで潜るんじゃねーぞ。遅れたやつはゲンコツかますからな」


 その言葉をきっかけに、整列していた生徒達が散り散りになり、各々事前に組んでいたパーティで集まって作戦会議を始める。

 俺のそばにもサディアがやってきた。魔法薬ポーション研究中とは打って変わって、髪にはしっかり櫛が通され制服にも乱れがない。

 魔法薬鑑定用の眼鏡も今は外しており、手には長弓型の魔道具を持ち、背中には魔法薬が詰まったリュックを背負っている。

 リュックは俺が背負うと言ったのだが、前衛の俺がリュックを背負うのは、俺自身も魔法薬も危険にさらすと主張され、やむなく彼女に任せることになった。


 当然、俺も迷宮探索に向けてそれなりの準備をしてきた。

 腰にいた長剣に加え、右手には魔力増強効果のあるブレスレットをつけ、首には魔法威力アップのペンダントを下げている。

 加えて、腰の革袋には様々な魔道具を入れている。いずれも初級魔法程度の効果しかないが、俺達が潜る最上層の魔物相手には十分頼りになるはずだ。


 俺はサディアと合流してから、他の生徒達に向かって大声を張り上げた。


「皆、魔道具はいらないかっ!?」


 突然の大声に、生徒達の視線が一斉にこちらに集まる。

 注目を浴びて若干気後れするが、俺は構わず続ける。


「ここに、俺が買い集めてきた魔道具や魔法薬がある。今日の迷宮探索の間だけ、これらを無償で貸し出したい」


 初回はうちの商品の良さを知ってもらうために、無償で貸し出すことにした。

 エルフの情報や労働力を代価にする件は、リピーターが出てくる次回以降でいいだろうという判断だ。

 サディアもこの意見には賛同してくれたが、「どっちでもいい」みたいな顔をしていたことは少し気になっていた。


「初めての迷宮探索だ。命の危険もあるかもしれない。今までの俺の悪行に対する謝罪もかねて、万全の準備を整える手助けをさせて欲しい」


 俺が熱弁を振るうが、周囲の生徒は胡乱うろんげな目で見るだけで、誰も魔道具自体に興味を示そうとしない。

 それどころか、ひそひそと俺の陰口を叩く声が聞こえてくる。


「あいつ、正気かよ? 誰があいつに借りを作るんだよ」

「後で何を取り立てられるかわかったもんじゃないよな」

「そう言えばあいつ、この間学院裏の森を焼き払おうとしてたみたいよ? カティナ先生のおかげで、未然に防がれたみたいだけど」

「マジかよ。ついになりふり構わなくなったな」


 ……これはあれだな。完全に罠か悪だくみだと勘違いされているな。

 今までのゼオンの行いを考えれば当然かもしれないが、ここまで信用がないとさすがにしんどいな。

 しかし、へこんでばかりもいられない。俺の平穏な生活と、サディアの失われた人生を取り戻すためには、意地でもここで踏ん張らなければならない。

 俺が意を決し、再度大声を張り上げようとすると――


「マジかよ! ゼオン、お前めっちゃ太っ腹じゃん!」


 声と同時に、一人の男子生徒が無遠慮に俺の背中を叩いてきた。

 思いがけず強く叩かれ、俺は思わずむせてしまう。だが声の主のほうを振り向いた時、背中の痛みなど一瞬で忘れてしまうほどの衝撃を受けた。


 燃えるような赤髪に、人懐っこさを感じる赤い瞳。俺よりわずかに身長が高く筋肉のついた体に、腰にいた長剣。


「ん? なんだよ、ゼオン。俺の顔をまじまじと見て」

「い、いや……なんでもないよ、


 ジークフリート――『ミズガルズ・サーガ』の主人公にして、俺が婚約破棄される原因を作った男。

 ついでに言えば、原作で俺の命を奪った男が、俺のぎこちない態度に不思議そうに首を傾げていた。

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