第7話 悪役貴族、魔道具レンタルを始める (2)
ジークは一週間前の遺恨――決闘で俺をこてんぱんにのして、俺が婚約破棄された一因になったこと――などすっかり忘れたかのように、気安い調子で話しかけてきた。
「で、どんな魔道具があるんだ?」
「あ、あぁ……」
ジークの馴れ馴れしさに圧倒されながらも、俺は革袋に手を突っ込み、指輪型の魔道具を取り出した。
指輪を指につけ、無人の空間に向けてから魔道具に込められた魔法を解放する。
指輪についている魔石が光を放ち、中に封じ込められた
指輪から放たれた火弾は、硬い地面にぶつかって消失する。地面には土を焦がした跡がしっかりと残っていた。
「こいつは火弾の指輪だ。魔力切れになった時の保険としても使えるし、火属性魔法が使えないパーティなら戦術の幅が広がる」
「へ〜。めっちゃいいじゃん!」
俺の実演に対して、ジークは大げさにリアクションしてくれる。おかげで周囲の生徒が輪を作るように、徐々にこちらに集まってくる。
このまま行けば、誰かが魔道具を借りてくれるかもしれない――そんな期待に水を差すように、甲高い声が響いた。
「おやめなさい、ジーク!」
生徒達の人だかりをかき分けるように、ロレインが姿を現した。
ジークと俺の間に割って入ると、見下すような視線を俺に浴びせてからジークを睨んだ。
「あなたは本当におバカですわね、ジーク。あのゼオンが何のメリットもなしに魔道具を配るなんて、そんなことするわけないでしょう」
「そうか? ゼオンのやつ、こないだも教室で改心したって言ってたじゃないか」
「本当に脳内お花畑ですわね……それもこれも、全部裏があるに決まってますわ。今までもそうやって、生徒や従者を罠にかけて小バカにしてきたのがゼオンという男でしょう!?」
散々な言われようだが、
とはいえ……改心してもここまで信用がないとは、さすがにショックだな。言ってる相手が元婚約者というのも、なかなか心に来るものがある。
ショックを受けている俺をよそに、ロレインとジークの口論は続く。
「でも、さっきの見ただろ? 魔道具はちゃんと機能してたぜ?」
「そんなもの、途中から別の効果が発動して敵を強化するとか、急に壊れて賠償を求めてくるとか、いくらでもやりようはありますわ」
「いやいや、さすがに
「あなたはまだ、ゼオン・ユークラッドという男をよく知らないんですわ。この男は自分のプライドを傷つけた相手には、どんな手を使ってもおかしくない男ですわ」
言って、ロレインはゴミでも見るような目で俺を睨んでくる。
気づけば、周囲の生徒達も魔道具への関心はすっかり冷め、俺のことを蔑むような目で見ていた。
……まずい。このままでは魔道具レンタル業が早々に頓挫してしまう。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺はジークに負けて、本当に改心したんだ。皆には迷宮でケガして欲しくないし、危険な目にあって欲しくない。まして、皆を危険にさらすつもりなんて毛頭ない。鑑定用の魔道具もあるから、不安ならそれを使って確認してくれ」
「その鑑定用の魔道具に細工がされていないと、誰が証明できますの?」
俺の弁明をばっさり切り捨てると、ロレインは続ける。
「あなたの真意が善意なのか悪意なのかなんて、わたくし達には判断しようがありませんわ。それに……今更あなたが何を言おうと、今までの行いがあなたの人間性を証明しています。その認識を改めたいというなら、もっと時間と努力を積むことですわね」
ぐぅの音も出ない正論とはこのことだ。
俺が何も言えずに立ち尽くしているのを見て、ロレインは鼻を鳴らしてからジークの腕を引く。
「さ、早く行きますわよ、ジーク。迷宮探索の時間は限られているんですから、余計な時間を使ってる暇はありませんわ」
「お、おいっ、引っ張るなよ!」
ロレインがジークの腕を引っ張って、迷宮の入り口へと入っていく。当然と言うべきか、ロレインは原作通りジークとパーティを組んだようだ。
去っていく二人の背中を目で追っていると、いつの間にか周囲に集まりかけていた生徒達も散り散りになっていた。
最初から何もなかったかのように、各々のパーティで作戦会議をしたり、ジーク達を追って迷宮内へと入っていく。
唯一そばから離れなかったサディアが、いつものように淡々とした口調で言った。
「作戦失敗ですね」
「……サディア。もしかして、こうなることを読んでた?」
「まぁ、なんとなくは」
魔道具レンタルを始めると言った時、サディアが何かを言いかけてやめたことを思い出す。
恐らく彼女はその時から、俺の人徳のなさを俺より客観的に理解していたのだろう。
俺がのんきに魔道具レンタルの計画を立てている時に、「お前から魔道具を借りる脳天気なやつはいねーよ」と思っていたのか。
気づいていたなら指摘してくれればと思わないでもないが、「自分がどのくらい嫌われているか」を思い知るにはこれ以上ない機会になった。
……今は、それをポジティブに捉えるしかないな。
俺は落ち込んだ気分を振り切ってから、サディアに頭を下げた。
「色々頑張ってくれたのに、こんなことになっちまって申し訳ない」
「いえ。
まだ諦めずに魔道具を売り込むのか?――という疑問なのだろうが、さすがにこうなってしまっては、誰も俺から魔道具を借りようだなんて思うまい。
「仕方ない。俺達も迷宮に入ろう」
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