第8話 悪役貴族、迷宮に潜る (1)

 迷宮ダンジョンの第一階層は、すでにたくさんの生徒で溢れていた。

 地下への階段を降りてすぐに大部屋があり、そこから正面と左右に三つの道が続いている。大部屋や通路の壁には光源となる魔道具が配置されており、地下でも視界が暗いということはない。

 大部屋ではいくつものパーティがたむろしており、どのルートを進むのか真剣に議論を交わしていた。


 俺とサディアは事前に打ち合わせていた通り、正面の道へ入っていった。

 俺が前衛、サディアが後衛となり、周囲を警戒しながら先を進んでいく。

 迷宮とはいえ、最上層の第一階層で出てくる魔物と言えば、スライムと吸血コウモリくらいのものだ。

 奇襲されても致命傷を負うような相手ではないし、仮に危険な状態に陥っても声が届く範囲に他の生徒達がいる。よほど間抜けな行動を取らない限り、命の危険はないはずだ。


 正面のルートをまっすぐ進んでいくと、生徒達が魔物と戦っているのを何度も見かけた。

 どのパーティも初めての実戦でおっかなびっくりではあるものの、さして苦戦しているようでもない。戦闘の邪魔にならないようにそそくさと横を通り抜け、俺達はどんどん奥へと進んでいく。

 下階へ降りるルートを真っ直ぐに進んでいるが、すでに誰かが先行しているらしく、道のあちこちで黒焦げになったコウモリや飛散したスライムの残骸が転がっていた。


「まぁ十中八九、ロレインだろうな」


 ロレインは優れた火属性魔法の使い手で、このレベルの魔物なら何匹襲いかかってこようが瞬殺できる。

 近接戦闘能力が高く、光属性の回復魔法が使えるジークもいるので、彼らは俺達同様、第二階層へ真っ直ぐ下りるルートを選んだようだ。

 死骸をたどるように進んでいくと、魔物と戦うことなく下りの階段にたどり着いた。


「第二階層も魔物の種類は同じだし、予定通り下りる感じでいいか?」

「問題ありません」


 念のためサディアに確認するが、彼女は物怖じした様子もなくうなずいた。

 ロレインやジークほどではないが、サディアも一年生の中では戦闘能力が突出している。

 その彼女が魔道具で武装までしているのだから、こんな最上層の魔物相手に苦戦することはまずないだろう。


 俺達は第二階層に下り、より慎重に迷宮の中を進んでいく。

 さすがに第二階層に下りた生徒は少ないようで、第一階層と違って生徒達の声があちこちから聞こえてくることもない。

 魔物の死骸はたまに見かけるものの、生徒の姿を見かけることはなかった。

 通路に沿ってしばらく歩くと、スライムの群れがたむろする部屋に出た。


 スライムは半透明の水色で、一メートルほどの大きさのゲル状の魔物だ。

 顔も体もなく、一見すると水の塊が動いているだけのように見える。


 ゲル状の体の中には、紫色の小さな石が浮かんでいる。

 それこそが魔物を魔物たらしめている魔石であり、様々な魔道具に利用される貴重な素材でもあった。

 魔石は下手に砕くと、内に込められた魔力が暴走して爆発を起こす。

 魔物の魔石を砕けば一撃で魔物を殺すことができるが、魔石が回収できなくなるため、実際にやる者はあまりいないらしい。


 スライムの攻撃手段は体当たりしかなく、ゲル状の体内に引きずり込まれて窒息させられさえしなければ危険はない。

 仮に引きずり込まれたところで、武器による攻撃や初級魔法で内側から破壊できるので、小さな子どもでもなければまず命の危険はない。


 室内のスライムの数は五体。俺は事前に取り決めた作戦通り、長剣を抜いて群れの中に切り込んで行った。

 群れの中央にいたスライムを上段から斬り捨て、一撃で命を奪う。


 同時に、左右に展開した四体のスライムが俺めがけて殺到してくる。

 その内、右から来た一体を横薙ぎの一撃でほふりつつ、もう一体に向けて事前に準備していた火弾ファイア・バレットの魔法を放つ。

 右側のスライム二体が完全に活動停止した頃には、左側のスライム二体も、サディアの長弓型魔道具『氷牙ひょうが魔弓まきゅう』から放たれた初級魔法、氷柱矢アイシクル・アローによって撃ち倒されていた。

 俺はスライムが落とした魔石を回収してから、後ろを振り返った。


「フォロー助かった、サディア」

「いえ。作戦通りに動いたまでです」


 サディアは構えていた長弓を下ろすと、こちらに歩み寄ってくる。


「この程度の相手なら、苦戦することはなさそうですね」

「油断は禁物だけどな」


 実際のところ、スライム相手に遅れを取ることはまずないだろうが、何が起こるかわからないのが迷宮だ。


 改めて気を引き締めながら、俺達は迷宮を進んでいく。

 スライムや吸血コウモリと何度か出くわしたが、苦戦どころかまともに魔力を消耗することなく片付けて、先へと進んでいった。

 そうこうしている内に、俺達は再び下に続く階段にたどり着いてしまった。


「今、時間はどのくらい経った?」

「まだ迷宮に入って三十分程度かと」


 ということは、迷宮に入る前にロレインと揉めた時間を含めても四十分程度しか経過していない。第三階層に下りても、二時間で戻ってくることは十分可能か。

 正直、初日からそんな張り切って探索を進めるつもりはなかったのだが……


 階段部屋の中を見渡すと、明らかに直近で戦闘が行われた跡が残されている。

 恐らく、ロレインとジークがすでにここを通り、魔物を撃破して先に第三階層へと進んでいったのだろう。


「……ロレインのやつ、らしくないな」


 普段の彼女なら、公爵令嬢という自分の立場も考えて、もっと冷静かつ慎重に迷宮を進んでいるはずだ。

 そんな彼女が、こんな無鉄砲に探索を進めているのは……迷宮探索前の俺とのいざこざが、よほど腹に据えかねたのだろう。

 いつもの冷静な判断力を欠き、憂さ晴らしできる魔物を求めて、無計画に探索を進めているように見える。

 第三階層まで下りたとしてもそれほど危険はないはずだが、こんなペースで迷宮を進んでいくのは、迷宮探索者としてあるまじき無謀さだ。


 しかし、まずいな。

 このままロレインの暴走を見過ごして、万が一ジークとロレインに何かあったら、原作で起きる『世界の危機』を防げる人間がいなくなってしまう。

 さすがにそれは、俺としても見過ごすわけにはいかなかった。


「……はぁ。仕方ない。お転婆娘を止めに行くか」

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