第29話 悪役貴族、犯罪組織の幹部と交戦する (2)
万全の状態のハガンより、遥かに高い魔力量。吹き荒れる暴風のような魔力に圧倒され、俺は足がすくんでしまった。
ハガンはだらりと腕をたらし、瓶が手からこぼれ落ちる。
カラン――と瓶が床に落ちる音と同時に。
ハガンの姿が消える。
俺は必死に目を
用意していた
「――――っ!!」
ゴブリンロード並の一撃を真っ向から受け止めて、全身が悲鳴を上げる。
斬撃が峰打ちでなく、火纏と土纏がなければ、長剣が折れて体まで両断されていただろう。
俺が反撃のために魔法を組み上げようとすると、ハガンは瞬時に空中で身を
肩に凄まじい鈍痛が走ると同時に、ハガンは後ろに跳んでいた。どうやら、俺の肩を踏み台に跳躍したらしい。
ハガンからしたらただ足場に使っただけなのだろうが、俺の肩には確実にダメージが入っていた。おそらく、骨にヒビくらいは入っているだろう。
ハガンは再び腰を落として跳躍すると同時に、サディアの中級風魔法が発動する。
「
狭い廊下に竜巻が発生し、鋭い風による斬撃を伴いながらハガンに直進する。
ハガンはまともに竜巻の中に突っ込み、全身に無数の切り傷を負いながら後方に吹き飛ばされる。
同時に、ハガンに蹴られた俺の肩から痛みと違和感が消えていく。エリスが後方から回復魔法をかけてくれたらしい。
ハガンは全身におびただしい裂傷を負い、血が流れているが、少しも痛みを感じている様子はなかった。
口からよだれをたらし、ガラス玉のように感情のない瞳でこちらを見ながら、
見たところすでに正気を失っているようだが、こちらに対する殺意だけは疑いようもなかった。
ハガンは再度体を落とし、跳躍の予備動作をする。
俺は反射的に身構えるが、ハガンはこちらではなく、真横の壁に向かって跳躍した。
跳躍の勢いで山刀を壁に叩きつけ、壁を破壊して建物の外に出る。
――逃げたのか?
一瞬気が緩みかけるが、すぐに思い直す。
やつは危険な
敵の思惑を瞬時に理解し、俺はサディアとエリスの元まで駆け戻った。
壁に向かって長剣を構え、再び火纏と土纏を使って敵の攻撃に備える。
ほぼ同時に――眼前の壁が壊れ、外からハガンが飛び込んでくる。
俺に作戦を読まれても感情を一ミリも表に出さず、ハガンは飛び込んできた勢いで山刀を横薙ぎに振るう。
左から襲ってきた一撃目はなんとか長剣で受け止められたが、右から迫る斬撃を止める術はなかった。
首筋めがけて放たれた斬撃を、右肩を持ち上げてかろうじて右肩で受ける。右肩に魔力を集中して防御力を高めるが、ハガンの斬撃の前では虚しい抵抗だった。
激痛。と同時に、俺の視界が激しく回転する。
どうやら斬撃の威力を受け止めきれず、吹き飛ばされて
峰打ちだったおかげで肩ごと切り捨てられることはなかったものの、右肩の骨は確実に折られている。これではまともに長剣を振るうこともできない。
「ゼオンさんっ!」
「――っ!
エリスの悲鳴と同時に、サディアがハガンに向けて中級風魔法を放つ。
ハガンは再び風魔法の直撃を受け、壁に開けた穴から外に吹き飛ばされる。
エリスが俺に向けて回復魔法を準備するが、おそらくハガンの次の攻撃までには間に合わない。
――ハガンが戻ってきたら、間違いなくサディアとエリスは殺される。
そんなこと、絶対にさせるわけにはいかない。
俺は瞬時に勝ち筋を計算し、長剣の刀身ごしに壁に手を当てた。
壁を伝って魔力を走らせ、サディア達の前の壁に開いた穴に罠を仕掛ける。
少し遅れて、ハガンが弾丸のような速度で建物の中に舞い戻る。
――ハガンの首が。
「…………っ!?」
首から下のハガンの胴体が、建物内に突入した勢いを殺せずに壁に激突する。
ハガンの首から吹き出す血飛沫を浴びながら、サディアとエリスは何が起こったかわからないといった顔で、呆然とハガンの死体を見つめていた。
俺は床から立ち上がり、のろのろとサディア達の元へ歩み寄った。
「……ギリギリ間に合ったみたいだな」
「ゼオン様、これは一体……?」
「
言って、俺は壁に開いた穴を指さした。
人間大の穴のちょうど首のあたりに、細い鋼の糸がぴんと張っている。
血に濡れて赤く染まった鋼線を、俺は刀身の短くなった長剣で断ち切った。
「長剣の刀身を土魔法で加工して、鋼線にして壁づたいに這わせて、穴に張ったんだ。ハガンが君達に狙いを変えたのはすぐにわかったし、この穴を通るなら首を確実に狙えるしな」
ハガンが防御より速度に魔力を割り振ってるのは、サディアの風魔法でダメージを受けていることからも明らかだった。
ハガンのスピードを活かして、ハガン自身に致命的なダメージを与える――とっさに思いついたにしては、我ながら出来すぎな作戦だったな。
……とはいえ、仕込みが間に合うかはかなりギリギリだった。一秒でも遅れていたら、死んでいたのは俺達のほうだっただろう。
緊張の糸が途切れ、俺はその場にへたり込んだ。サディアとエリスが身を寄せて、左右から俺の体を支えてくれる。
エリスは右側から俺を支えながら、泣きそうな顔をして俺の右肩を治癒してくれた。
「あ、ありがとうございます、ゼオンさん! 死ぬかと思いました……っ」
「……すみません、ゼオン様。偉そうなことを言ったのに、結局また力になれませんでした」
「いや、サディアの魔法とエリスの回復がなかったら、もっと前に全滅してたよ。こっちこそ助かった」
肩の治療が終わると、二人の肩を借りながら立ち上がった。
刀身の短くなった長剣を鞘に戻し、俺は二人に向かって告げる。
「早く脱出して、ジーク達と合流を――」
「残念ですが、それはできません」
唐突に割り込んできた声に。
俺達は一斉に、廊下の向こうの闇に視線を向けた。コツコツと床を叩く足音が、闇の中から響いてくる。
不気味な予感に身震いし、俺は反射的に逃げ道を求めて壁に開いた穴に視線を向ける。
だが、壁に開いた穴は土魔法によって一瞬の内に修復されたところだった。
「この一瞬で逃走経路を確認したのはいい判断ですが、そう簡単に逃がすつもりはありませんよ?」
聞き覚えのある声に寒気を覚えながら、俺はやむを得ず声のほうに視線を戻す。
聞き間違えるはずもない。このゆったりとした老女の声は――
「まさかここまでやるとは思っていませんでした。なかなか手こずらせてくれますね、ゼオンさん」
闇の向こうから姿を現した人物――カティナ先生は、困った生徒に頭を悩ませるように頬に手を当て、
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