第30話 悪役貴族、黒幕と対峙する

「カティナ先生、一体どういうことですかっ!?」


 廊下の向こうから現れたカティナに、エリスが疑問の声をぶつける。

 だが、俺は一瞬ですべての謎が解けた気分だった。


 なぜ、『ロプトル教団』しか持っていない魔薬まやくを、ハガンが持っていたのか。

 なぜ原作と違って、カティナ先生が『血霧ちぎりの旅団』からの奴隷解放作戦に協力することになったのか。

 なぜ、迷宮ダンジョンの第三階層でゴブリンやゴブリンロードが暴れていたのか。


 そして――なぜ、原作でゼオン・ユークラッドはロプトル教団の側につき、ジーク達と対立し続けたのか。


「……すべて、あなたが黒幕だったんですね」

「あら、思った以上に察しがいいですね。以前のゼオンさんは、もっと血の巡りが悪い方と思っていたのですが」


 婉曲えんきょく的に『前のお前はバカで扱いやすかったのに』と言われているが、その通りなので何も言えない。

 実際、原作のゼオンはこの人の手のひらの上で踊らされていたわけだしな。


 俺とカティナの会話の意味がわからなかったらしく、サディアが口を挟んでくる。


「ゼオン様、一体何の話をしているのですか?」

「簡単な話だよ。『血霧の旅団』のボスは、ってことだ」

「えっ……」


 背後でエリスとサディアが絶句した気配を感じるが、俺はカティナに視線を向けたまま説明を続ける。


「ハガンは賭博場自体への攻撃を、まったく意に介していなかった。それはボスに『賭博場への攻撃は無視していい』と言われていたからだ。そうでなければ、俺達みたいなガキどもの相手より、旅団の収入源である賭博場の安全を優先していたはずだ。

 そして、ボスがハガンにそんな指示を出す理由なんて、ひとつしか考えられない。つまり、だ」

「なかなか正鵠せいこくを射ていますよ。正確にはボスの一人、ですけれど」


 カティナは優秀な生徒を褒めるように、控えめな拍手をしてきやがった。


「『血霧の旅団』は、ロプトル教団の数ある収入源のひとつに過ぎません。いわば、教団全体がボスのようなものですね。私はたまたま、旅団との連絡役を任されていただけです」

「ハガンと連絡を取り合ってたのは、俺が貸したのと同種の魔道具を使ったんだろう?」

「ご名答」


 言って、カティナは髪をかきあげて右耳を見せる。

 そこには俺が貸したイヤーカフス型の魔道具とは別の、もうひとつのイヤーカフスがついていた。

 思い返せば、ハガンの耳には大量のイヤリングやイヤーカフスがついていた。そのひとつが、カティナと連絡を取り合うための魔道具だったのだろう。

 そして、カティナはハガンに命令したのだ。『怪しい動きをしている黒髪黒目の子どもを見つけたら、ただちに捕獲せよ』と。


 サディアとエリスはまだ理解が追いついていないらしく、俺の背後から疑問をぶつけてくる。


「ま、待ってください、ゼオン様! カティナ先生は学院の教員ですよ? そんな方が犯罪組織のボスだなんて、いくらなんでも現実感が……」

「そ、そうですよっ! 第一、カティナ先生が敵なら、どうしてケイトとジェナの救出に手を貸してくれたんですか!?」

「それは……、だ」


 言って、俺は確認するようにカティナの顔をにらむ。

 やつは感心したようにうなずいてから、俺の推理を裏付けてきた。


おっしゃるとおり、我々ロプトル教団の狙いはゼオン・ユークラッドさん、あなたです。ご自身が狙われる理由についても、すでに察しがついているようですね?」

「……大陸有数の財を持つユークラッド家を、教団の道具にしたいから、だろう?」

「本当に、すっかり賢くなられましたねぇ」


 カティナは幼子おさなごを褒めるように言うが、それが余計にかんに障った。


「あんたは最初から、ロプトル教団の教団員だったんだな。学院の教員になったのは、教団の道具にできそうな貴族を物色するためだったんだろう? そこに、俺という格好のカモが入学してきた」

「ええ。本当に、絵に描いたようなカモでした。わがまま放題で周り中に迷惑をかけ、従者を不必要に虐げ、婚約者には忌み嫌われている。

 しかも、同学年には正義感の塊のような都合のいい対抗馬までいた。あなたとジークさんが決闘した時は、快哉かいさいを上げましたよ。ぶつけようと思っていた者同士が、何もしなくても勝手にぶつかってくれるんですもの」


 カティナは口元を押さえ、上品に微笑む。


 ――やはり、こいつの目的は俺とジークを対立させることだったのか。

 原作でジーク達にハガンを倒させたのも、ジークの名声を高めることで、ゼオンがよりみじめになるように仕向けたのだろう。

 思えば、俺が学院裏の森で魔法研究をしていた時も、カティナ先生にしか見られていないのに、同級生の間では「ゼオンが森を焼こうとしていた」などという無茶苦茶な噂が立っていた。

 今思えば、あれもゼオンを孤立させるための策略だったに違いない。


 カティナのやったことは、それだけではない。


「迷宮の第三階層にゴブリンやゴブリンロードを仕込んだのも、あんただな?」

「……あら、そこまでバレていたんですね。本当に察しのいいこと」

「モラン教官が言ってたからな。生徒達が迷宮に入る前に、モラン教官とあんたとで事前に迷宮に入っていたって。

 大方、サボり癖のあるモランの目をかいくぐって、魔物を使役する魔道具を使ってゴブリンロードを第三階層に移送したんだろう?」

「ええ。ゴブリンロードは文字通り、ゴブリン達の主君です。ゴブリンロードを操れさえすれば、芋づる式にゴブリンどもを従えることもできますからね」


 そこまで言ってから、カティナはあごに手を当てて嘆息をついた。


「てっきり、ゼオンさんは尻尾をまいて逃げ出すと思っていたのですが……まさかゴブリンロードを倒すだなんて、思ってもみませんでした」

「ハッ。無様に俺が逃げ出したあと、ジーク達がゴブリンロードを倒したように裏から手助けする……あんたの狙いはそんなところか?」

「それもご明察です。想定ではうまくいくはずだったのですが、ゼオンさんは何度も私の想定を越えてきました。

 それで……前回の反省を踏まえ、今回は直接あなた達に接触し、を取らせてもらいました」


 すべての思惑を吐露とろし終えた後、カティナは子どもをあやすような声音で告げる。


「さて、答え合わせはもう十分でしょう。そろそろ、目的を果たさせてもらいますよ?」

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