第33話 悪役貴族、黒幕と決着をつける

 俺は少しだけエリスと打ち合わせをしてから、ようやく立ち上がった。

 エリスをその場に置いて、激流で流されてきた道をたどって、カティナがいた場所まで歩いていく。


 カティナは元の場所に立っていた。

 俺達が視界の外にいても、逃げたとは思わなかったらしい。カティナは俺に向かって、悠然ゆうぜんと微笑みかけてきた。


「話はまとまりましたか、ゼオンさん」

「あぁ、おかげさまでな」


 答えながら、俺は慎重にカティナに向かって歩みを進める。

 彼我ひがの距離はおよそ二十メートル近く。接近戦に持ち込むにはあまりにも遠いし、カティナからすれば容易に魔法攻撃を仕掛けられる距離だ。

 作戦を決行するには、もっと近づく必要がある。俺はなるべく自然な足取りで、カティナに向かって進んでいく。


「止まってください」


 だが当然、カティナは俺の歩みを止めてきた。

 牽制するようにこちらに手のひらを向け、魔法を構築しながら俺に語りかけてくる。


「それ以上一歩でも近づけば、敵対行為とみなして攻撃します。もちろん、置いてきたお二人に対しても」

「おいおい。こんな無能のガキ一人を相手に、そんなに警戒するなよ」

「あなたはゴブリンロードをほふり、『旅団』の幹部を倒した人ですからね。警戒するに越したことはありません」

「元宮廷魔法師にそこまで警戒してもらえるなんて、光栄だね」


 俺は軽口を叩きながら、降参するように両手を挙げて見せた。


「見ての通り、降参だよ。どうあがいても、あんたに勝てる気がしない。俺を連れて行く代わりに、他の二人は見逃してくれ」


 俺が不貞腐ふてくされたように降伏を宣言すると、カティナは満足そうに微笑んだ。


「いいでしょう。では武装を解除してから、こちらに腕を差し出してください」


 魔道具を入れた革袋と長剣を捨て、カティナに向けて両手を突き出す。

 カティナは攻撃魔法を構築している右手をこちらに向けたまま、左手で指を弾いた。


氷結拘束アイス・バインド


 俺の両手を包み込むように水球が生まれ、水球は一気に冷やされて氷と化す。

 俺の両手は水球ごと氷漬けにされ、手錠をかけられたように拘束されてしまった。


「そのままこちらへ、ゆっくりと歩いてきてください」


 言われるがまま、俺はゆっくりとカティナの元へ歩み寄る。

 武装を隠し持っていないか確認するように、カティナは俺の動きに目を走らせてくる。

 俺が不自然な動きをしていないことを確認して、彼女はようやく武器をすべて捨てたと確信したらしい。


 俺はカティナの眼前まで前進し、一メートルほどの距離を開けて足を止める。

 ――これで完全に接近戦の間合いに入り、俺の準備は整った。


 完全に無力化された俺を見て、カティナは子どものいたずらをしかる教師のように微笑んだ。


「さて、あなたには眠ってもらうとしましょう」


 言って、カティナはもう一度指を慣らした。

 それと同時に――俺の視界が急にぼやけ、鼻と口から水が入り込んでくる。


「――――っ!」


 どうやら、カティナの魔法によって頭全体が水球の中に飲み込まれたようだ。

 俺を酸欠で気絶させたあと、サディアとエリスを始末して、俺を別の場所に運ぶつもりなのだろう。

 俺は空気を求め、水球から逃れようと後ろに下がる。だが水球は俺の動きに追従ついじゅうし、俺から酸素を奪い続ける。


 ぼやけた視界の奥で、カティナが俺を嘲笑あざわらうのが見えたような気がする。


「……っ……ぁっ…………」


 俺は声にならないうめきをらしながら、酸欠で意識を失った――、床に倒れ伏した。


 実際のところ、俺の呼吸にはまだ余裕があった。

 あらかじめ潜水用の初級複合魔法、水呼吸ウォーター・ブレスによっても水中でも呼吸ができるようにしておいたからだ。


 俺が床に倒れ伏して指一本動かさなくなったのを確認してから、カティナはようやく俺の頭を包んでいた水球を消した。

 サディアやエリスを始末するつもりなのだろう。カティナは俺の横を通って、エリス達がいるほうへ歩いていく。

 カティナが俺の横を通り過ぎた瞬間――俺は立ち上がって、カティナの背後に襲いかかる。


「――っ!」


 カティナは俺の動きを察知し、すぐに振り返って俺に魔法を放とうとする。

 だが、カティナは魔法を放つ前に一瞬躊躇ちゅうちょした。致命傷を与えない程度に、俺の行動を奪える魔法を計算する必要があったのだろう。


 当然、そのすきを逃すわけがない。

 俺は氷漬けにされた両腕を頭上に振り上げると、カティナの頭頂めがけてハンマーのように振り下ろす。


 カティナは結局、中級魔法で俺を吹き飛ばすことに決めたらしい。

 瞬時に構築した魔法を、俺の攻撃より速く解き放つ――と思いきや、カティナは突然、耳を押さえて動きを止めた。


 ――でかしたっ、エリス!


 俺は内心で快哉かいさいの声を上げながら、氷漬けにされた両手を全力でカティナの頭頂に叩きつけた。

 頭部に受けた重い打撃に、カティナがふらつく。彼女はそれでも必死に魔法を組み上げようとするが、うまく組み上がらずに霧散むさんする。

 魔法を構築するには相応の集中力が必要だ。それゆえ、魔法師にとって頭部への打撃は致命的だった。


 ふらつくカティナの頭を、何度も何度も殴りつける。

 殴り続ける内に両手を拘束していた氷が砕け、俺は左手でカティナの首を締めながら、右手で氷の破片をつかんで更に彼女の頭を殴り続ける。

 殴って、殴って、殴り続けて――カティナが泡を吹いて白目をいたところで、俺はようやく動きを止めた。


「やった、のか……」


 安堵した瞬間にどっと疲れが押し寄せてきて、その場にくずおれる。

 全身が疲労で悲鳴を上げるのを感じながら、俺は最大の勝因であるエリスに感謝した。


 カティナの動きは、完全に俺の計算通りだった。

 サディアやエリスを見逃してくれと頼んだことで、カティナが俺の意識を奪ってから二人を殺しに行くように仕向けた。

 その後、気絶したフリをしてカティナの背後を取り、カティナに奇襲を仕掛けるのもうまく行った。

 予想外の奇襲に加え、俺を方法を考えるために、カティナは完全に頭をフル回転させていたはずだ。


 ――そこで、更なる奇襲がカティナの動きを邪魔したのだ。


 俺は

 カティナに陽動のタイミングを知らせるために付けていたイヤーカフスは、あらかじめエリスに渡していた。

 そしてエリスの『予知』が「今だ」と告げるタイミングで、エリスは打ち合わせ通り

 エリスの大声は超音波と化して一瞬で空気を伝播でんぱし、カティナの右耳で炸裂さくれつした。


 予期せぬタイミングで耳元から大声をくらったカティナは、当然集中を欠いて魔法を構築し切ることができなかった。

 カティナが魔道具を外していないかと、エリスの『予知』が完璧にタイミングを合わせられるかは完全に賭けだったが……エリスのおかげで、何とか命を拾うことができた。


「ゼオンさんっ、ご無事ですか……っ!?」


 サディアに肩を貸しながら、エリスが廊下の向こうから歩いてくるのが見える。

 心配顔の二人に向けて、俺は笑って手を振って無事を示してみせた。

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