第32話 悪役貴族、死中に活を求める

 ――クソっ! 何やってんだ、俺はっ!


 胸中で自分に吐き捨てると、俺はすぐにサディアへの心肺蘇生法を開始する。

 サディアの衣服の胸元を開いて、心臓マッサージを行った後、彼女の鼻をつまんで口から口へ息を送り込む。

 俺は必死に心肺蘇生法を繰り返しながら、呆然とへたり込んでいるエリスに声をかけた。


「君も手伝ってくれ!」

「あっ……は、はいっ!」


 エリスはようやく我に返ると、俺に代わって人工呼吸を受け持ってくれる。

 俺は祈るような気持ちでサディアの胸を押し込み続けながら、自分のバカさ加減を呪わずにはいられなかった。


 ――どうして、こんなことになっちまったんだ。


 俺がもっと早く、カティナの思惑に気づいていたら。

 ジーク達と分かれて行動すると決まった時に、サディアを巻き込まなければ。

 いやそもそも、もっと早く奴隷契約を解消して、サディアを自由の身にしていれば。

 彼女を救う方法なんていくらでもあったはずなのに、俺の見通しの甘さのせいで彼女の命を危険にさらしてしまった。


 前世の記憶も、原作の知識も、何一つうまく活かせていない。

 ……やっぱりゼオンみたいなクズが、主人公ジークの代わりをするなんて到底不可能なんだ。


 俺は自責の念で涙を流しながら、必死でサディアの心臓マッサージを続け――


「げほっ……」


 ようやく、サディアが水を吐き出した。

 脈拍も戻り、呼吸も正常になっている。俺は安堵のあまり、思わずその場にへたり込んだ。


 よかった、サディアが生きててくれて……

 エリスも安堵で脱力してしまったらしく、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、治癒魔法を全員にかけていく。


「……ず、ずみまぜん……ずみまぜん、ゼオン様……わ、私のせいなんです。サディアさんは、私を激流の直撃からかばってくれて、そのせいで……」

「君のせいじゃないよ、エリス。それより……」


 状況を改めて確認する。


 カティナの魔法ひとつで、俺達は壊滅的なダメージを受けた。

 サディアはまだ意識を取り戻していないし、取り戻したところですぐに戦える状態ではない。

 エリスが回復魔法で打撲や傷は回復してくれるが、カティナに植え付けられた恐怖や、激流の中でもがいた疲労をやすことはできない。


 その上、カティナはまだ、実力の一端を見せただけに過ぎない。

 彼女が本気を出していれば、俺達を一撃で殺すこともできたはずなのに、あえてそれをしなかった。

 俺を殺してしまったら、ユークラッド家を操ることができなくなるからだ。俺達が生き残れたのは、カティナが手加減したからに過ぎない。


 ――終わりだな。

 これ以上の抵抗は無意味どころか、サディアやエリスの身まで危険にさらす愚行でしかない。

 俺の身柄を差し出すだけで二人の安全が確保できるのなら、安い買い物と考えるべきだ。


 俺が覚悟を決めて立ち上がろうとすると、腕にエリスがしがみついてきた。

 怪訝けげんに思って視線を向けると、彼女は泣きすぎて赤くなった目で、真剣に俺の目を見つめてきた。


「ゼオンさん、やめてください」

「何の話だ?」

「お忘れですか? 私ののこと」

「……そうだったな」


 エリスは聖痕せいこんの力で、漠然と未来を『予知』することができる。

 おそらく、彼女は感じたのだろう。サディアとエリスを守るために、俺がカティナに自分の身柄を引き渡す未来を。

 だがエリスに止められたからといって、俺の決意は揺らがなかった。


「これしか全員が生き残る方法はない。悪いが、何を言われても……」

「あの人が、私達を見逃してくれると思いますか?」


 問われ、俺は思わず言葉に詰まった。

 俺の動揺を見て、エリスはたたみ掛けるように続ける。


「私が先ほど感じた未来は、でした。ゼオンさんは教団の傀儡かいらいとして廃人になり、私とサディアさんは命を失う……」

「でも、あいつが君らを殺す理由なんて……」

「冷静に考えてください。教団は交渉に応じてくれるような相手ですか? 交わした約束を、律儀りちぎに守るような相手ですか?」

「それは……」

「私とサディアさんは、すでにカティナ先生の正体を知ってしまいました。教団からしたら、カティナ先生は新しい金脈を探すための重要なポジションです。カティナ先生を学院から外すような真似、教団がするとは思えません」


 ……確かにその通りだ。

 教団はカティナを使って、まだまだ学院で金づるを探したいはずだ。それを考えれば、カティナの目的を知ったサディアとエリスは邪魔でしかない。

 教団からしたら、二人を殺さない理由を探すほうが難しい。


 だが。


「……なら、どうすればいいっ!? 俺は一体、どうすれば君達を守れるんだっ!?」


 俺はほとんど八つ当たりのように、エリスに問いをぶつけていた。


 これ以上、俺のせいで誰かが傷つくところなんて見たくない。

 ましてや、俺のせいで二人が死ぬようなことがあったら、とてもではないが正気ではいられない。

 俺がすがるような目でエリスを見つめると、彼女は力強い眼差しで俺を見返し、自分の胸に手を当てた。


「私を信じてください、ゼオンさん。私のは、全員が生き残る道はあると言っています」

「……本当か?」

「間違いありません。それがどういう方法なのか、すべて見通せているわけではありませんが……」


 エリスは悔しそうに唇を噛むが、俺は急速に思考を巡らせ始めた。


 俺達に残されている力はわずかしかない。

 エリスの『予知』と回復魔法。教団が金を引き出すために、殺すわけにはいかない俺の命。ほんのわずかだけ残った魔道具。刀身の短くなった長剣。

 ……かなりつな渡りだが、エリスの『予知』に賭けてみるか。


 俺はもう一度腹をえると、エリスの肩に手を置いた。


「エリス。君の命、俺に預けてくれるか?」


 彼女は一瞬だけきょとんとした顔をしてから、少し呆れたように笑った。


「私のについてお話した時点で、私の命はゼオンさんのものですよ」

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