第34話 悪役貴族、従者を奴隷から解放する

 賭博場を出ると、賭博場の正面入口ではロレインとジークが大勢の憲兵達をひきいて立っていた。

 ロレインは俺の顔を見るなり、泣きそうな顔をして俺の前に歩み寄ってきた。


「ゼオン・ユークラッド! 無事だったのね……よかった……」

「あぁ、なんとかな。心配かけて悪かった」

「だ、誰があなたの心配なんかっ! あなたの無茶にサディアさんやエリスさんが巻き込まれていないか、心配だっただけですわっ!」


 ロレインが顔を真っ赤にして怒ってくるのに、俺は苦笑してジークに視線を向けた。

 ジークはにかっと笑って俺に拳を突き出してくるので、俺は拳を当てて応じた。


「ジークも、作戦に乗ってくれてありがとな」

「バカ言え。礼を言うのはこっちのほうだ。お前の作戦のおかげで、奴隷にされかけてた子達は全員無事に脱出できたしな」

「そ、そうでした! ケイトもジェナは無事なんですかっ!?」

「あぁ。一足先に教会に帰して、司祭に任せてきたよ」

「よ、よかった……」


 ジークの返答を聞いて、エリスは緊張の糸が切れたようにその場にへたり込んだ。

 ロレインがようやくいつもの冷静さを取り戻し、俺に向き直る。


「それで、中で一体何があったんですの? カティナ先生は一体どこに?」

「それなんだが……」


 俺がここまでの経緯いきさつを説明すると、ジーク以外の全員が顔を青褪あおざめさせた。


「まさか、学院内にロプトル教団の人間が……? なんてことなの……」

「ロプトル教団? なんだそれ?」

「ジーク、あなた教団のことも知らないんですの!? ロプトル教団というのは、ヴォーダン聖教の壊滅を目論む最悪の邪教集団ですわ。邪神をあがめるだけでなく、各地でテロを起こしたり、犯罪組織の糸を引いていると噂されていますわ」

「ふーん。『血霧ちぎりの旅団』みたいなもんか?」

「その数万倍はタチが悪いですわ。彼らは大陸全土に支部を持っていて、その気になれば国家より高い武力を持っているらしいですわ」

「マジかよ……そんなやばいやつらなのか……」


 ジークが身震いするのを横目に、ロレインは俺に聞いてくる。


「それで、カティナ先生は死んでいるんですの?」

「あー……それなんだが……ちゃんと確認する余裕はなかったが、たぶん生きてる、と思う」


 カティナの元を離れる前に、念の為とどめを刺そうとしたが、それをエリスに止められた。

 そのほうがいい未来につながると言われたので、エリスを信じてとどめを刺さずに置いたのだが……こういう時は説明に困るな。

 ロレインは呆れたように額を押さえると、盛大に嘆息を漏らした。


「……本来なら『詰めが甘い』と言いたいところですが、今回ばかりは僥倖ぎょうこうですわ。ロプトル教団の教団員を生け捕りにできるなんて、めったにない功績ですわよ」


 ロレインは憲兵隊に向き直ると、カティナの捕縛と増援の要請を指示する。入口に数人の見張りを残して、憲兵隊のほとんどが一斉に内部へ突入していった。


 それを見送ってから、俺はサディアに視線を向けた。

 サディアは一人で歩ける程度にまで体力が戻ってきたようだったが、ずっと暗い顔をしてほとんど口を開いていない。

 彼女の様子は気がかりだったが、今は先に片付けておきたい問題があった。


「ロレイン、ついでにいいか?」

「何ですの?」

「地下で眠らせた連中の中に、奴隷術師がいた。そいつを叩き起こして連れてきて欲しい。サディアの『隷呪れいじゅの首輪』を解呪したいんだ」

「……いいんですの?」

「もちろんだ。彼女は自分の意志で、自由に人生を選べるべきだ。それを邪魔する権利なんて、本来俺にあっちゃいけなかったんだ」

「わかりましたわ。ジーク、行きますわよ」


 言って、ロレインはジークと憲兵を一人伴って賭博場の中に入っていく。

 賭博場の入口に取り残された俺達三人は手持ち無沙汰ぶさたになり、その場に静寂せいじゃくが訪れる。

 重い沈黙を破ったのは、サディアだった。


「……ゼオン様、お役に立てなくて申し訳ありません」

「ん? 何の話だ?」

「カティナと戦った時、私はたった一度の魔法で戦闘不能になってしまいました。一番お役に立たなければいけない時に、一人だけ気を失っていたなんて……自分が恥ずかしいです」

「君がエリスをかばってくれたおかげで、突破口が開けたんだ。むしろ、君がいなかったら全滅していたよ」

「ですが……」


 サディアが言いかけたところで、ロレインとジークが鷲鼻わしばな禿頭とくとうの奴隷術師を連れて戻ってきた。

 不安そうにきょろきょろと周囲を見回す奴隷術師に対して、ロレインは腕組みして告げる。


「少しでも妙な真似をしたら、あなたを生きながら焼き尽くしますわよ?」

「へ、へへっ。わ、わかってますって、お嬢さん」


 奴隷術師は露骨に卑屈な声で応じながら、サディアの首輪に向けて手を伸ばす。

 ジークが長剣の柄に手をやり、余計なことをしたら奴隷術師の腕を切り飛ばせるように警戒している。

 その威圧感もあって、奴隷術師は爆弾処理でもするような慎重さでサディアの首輪に指を触れさせ、闇属性の魔力を注ぎ込んだ。


「えーっと……この奴隷の主人の名は……?」

「ゼオン・ユークラッドだ」


 俺が応じると、奴隷術師はユークラッドの名に恐れをなしたようだった。

 目をぎょっと見開いて、緊張でつばを飲み込んでから、作業を続ける。


「主人ゼオン・ユークラッドの許しを得て、この者の奴隷契約を正式に破棄する」


 パキッ――と音がして、『隷呪れいじゅの首輪』にヒビが入り、バラバラに砕けて地面に崩れ落ちる。

 奴隷術師はサディアの首元から素早く手を引くと、ロレインに向かってごまをするように揉み手をし始める。


「こ、これであっしの罪は軽くしてもらえるんですよね?」

「約束を破ったりはしませんわ。お父様に話を通しておきます」

「へ、へへっ。そいつはありがてえ……」


 憲兵の手で後ろ手に縛られながら、奴隷術師はロレインに感謝を述べる。

 奴隷術師が憲兵に連れられて駐屯所に去っていくのを見送りながら、俺はようやく、今まで張り続けていた緊張の糸が切れるのを感じた。


「ゼオン様っ!?」

「ゼオンさんっ!?」


 サディアとエリスが悲鳴のような声を上げるのを、ぼんやりと聞きながら。

 俺は疲労の限界に達し、その場で意識を失った。


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