第35話 悪役貴族、医務室で事後報告を聞く

 目が覚めると、そこは学院の医務室だった。


「ようやく目が覚めたみたいね」


 ベッド脇の椅子に座っていたのは、ロレインだった。

 彼女はつんと澄ました態度を取っているが、どこかほっとしたように表情が緩んで見えた。

 俺はベッドから上体を起こすと、ロレインに尋ねた。


「俺、どのくらい寝てた?」

「丸一日以上寝こけてましたわよ。よほど魔力を消耗したみたいね」

「……そうか。悪いな。事後処理を全部押し付けちまって」

「構いませんわ。どのみち、私がやったほうが話が早いことばかりでしたし」


 ロレインは言って、近くの窓のカーテンを開けた。

 昼の日差しが差し込んできて、その眩しさに俺は思わず目を細める。

 ぽかぽかとした陽気に当てられてぼーっとしかけるが、ロレインの切り出した言葉で一気に気が引き締まった。


「カティナ先生は一命をとりとめて、王立魔法騎士団の牢獄に収監されましたわ。彼女がロプトル教団員という裏は取れたものの、尋問に対して口は割っていないみたいですわ」

「だろうな」


 連中がそう簡単に、教団の情報を吐くわけがない。長い時間をかけたとしても、望んだ結果を得られるかは疑わしいところだ。

 ロレインもそれはわかっているようで、それ以上言及せずに次の話題に移る。


「『血霧ちぎりの旅団』は完全に壊滅して、彼らの財産は国が没収することになりましたわ。恐らく、貧民街の人々の福祉に当てられることになると思います」

「そいつはありがたいが……もしかして、君が進言してくれたのか?」

「わたくしはただ、お父様に献策けんさくしただけですわ。今回のことでわかったように、犯罪組織の裏には教団がひそんでいる可能性がある。貧民街を味方につければ、教団の尻尾をつかめるかもしれないと」


 ロレインの実家であるグズルーン公爵家は、王立魔法騎士団の重要なポストを代々になう軍部の重鎮だ。

 ロプトル教団の壊滅は騎士団全体の悲願であり、グズルーン家にとっては宰相への道を切り開く大目標でもある。

 グズルーン家が動くのは納得ではあったが、ロレインがそんな風に実家の権力を利用するように立ち回ったのは、正直意外だった。


 俺の表情で何を考えているのかわかったのか、ロレインはなぜかほんのりほほを赤く染めた。


「家の力を借りるなんて、正直抵抗はありましたが……あなたが貧民街にしたことを思い出して、家の力を借りることそれ自体が悪ではないと思い直しましたわ。それについては、礼を言っておきます」

「……ん? 俺、何かしたっけ?」

「忘れてるんですの? あなたは貧民街の人々に食事を振る舞い、彼らに仕事をあてがったと聞きましたわ」


 あー……そう言えばそんなこともしたっけな。あまりに色んなことがありすぎた一日だっただけに、すっかり忘れていた。

 俺が記憶をたどっていると、ロレインが椅子から立ち上がった。


「とにかく……今回の件で、あなたの功績は王立魔法騎士団を始め、王都の要人達の耳にも入ったはずですわ。相応に注目もされるでしょうから、くれぐれもみっともない姿は見せないようにしなさい」

「いや、別に功績なんかいらんので、君とジークにもらって欲しいんだが……」

「バカを言わないでちょうだい。あなたはロプトル教団の教団員を生け捕りにしたのよ? そんな途方もない功績の肩代わりなんて、できるわけありませんわ」


 ロレインは苦笑しながら言うと、医務室を出ていった。

 ロレインが医務室を出ていくのと入れ替わるように、エリスが医務室に飛び込んでくる。

 えらくタイミングのいい訪問だったが、おそらく俺の回復を『予知』で見たのだろう。


「ゼオンさん、目を覚まされたんですねっ!? 本当に良かった……」


 エリスはベッドのそばに駆け寄ると、椅子に座って俺の手を両手で握りしめた。

 彼女の手のひらから伝わるぬくもりにどぎまぎしつつも、俺は彼女に笑いかけた。


「心配かけてすまない。君の回復魔法のおかげで、この通り無事だよ」

「そんな……私にもっと力があったら、ゼオンさんやサディアさんをあそこまで危険な目に合わせることもなかったのに……」

「それはお互い様だろ? それどころか君のがなかったら、カティナに勝つこと自体無理だったよ」

「お力になれたのならいいのですが……」


 エリスがまだ思い詰めたような顔をしているので、俺は苦笑して話題をそらすことにした。


「それより、貧民街は今どうなってるんだ?」

「そっ、そうでした! 今日はそのこともご報告したかったんですっ! ゼオンさんのおかげで貧民街の方が雇ってもらえるようになって、街全体が少し明るい雰囲気になってるみたいです。それに、ケイトとジェナも元気にしていて、司祭様もゼオンさん達にすごく感謝していました!」

「そうか……」


 ささやかなことしかできなかったが、それでも彼らに希望を与えられたのならよかった。

 俺がほっとしていると、エリスは両手で包みこんだ俺の手を自身の胸元に引き寄せた。


「エ、エリス……?」


 エリスの両手と豊満な胸に手が挟み込まれ、俺は顔が熱くなるのを感じる。

 だがエリスは自分のしていることに気づいておらず、神に祈りを捧げる敬虔けいけんな信徒のように真剣な目をしていた。


「ゼオンさん。今回の件、本当にありがとうございました。冒険者ギルド経由で報酬が行くかと思いますが、前にもお伝えした通り、とても危険に見合った報酬ではないと思います」

「お、おう」

「ですので、私は必死にゼオンさんの御恩ごおんに報いる方法を考えましたっ! ゼオンさん……私を、正式にゼオンさんのパーティに入れてください! まだまだ未熟な身ですが、ゼオンさんの役に立つことなら何でもしてみせますっ!」

「あ、あの……この状態で何でもするっていうのは、誤解を招くと思うんだが……」

「え……? あっ!」


 俺が指摘してようやく気づいたらしく、エリスは火がついたように顔を真っ赤にしながら、俺の手を胸の谷間から解放した。


「あ、ああ、あのっ、そのっ……な、何でもするというのは、そういうつもりではなかったのですが、ゼ、ゼオンさんが望まれるのならやぶさかではないと申しますか、むしろ望むところと言いますか……!」

「お、落ち着けエリス! もっととんでもないこと口走ってるぞ!」


 俺はエリスにツッコミを入れつつ、あたふたしている彼女に続ける。


「とにかく、俺のパーティへの加入は心から歓迎するよ。これからもよろしくな、エリス」

「は、はいっ! こちらこそよろしくお願いしますっ! で、では私はこれでっ!」


 エリスは顔を真っ赤にしたまま頭を下げると、せわしない様子で慌てて医務室を出ていった。


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