第12話 悪役貴族、強敵と遭遇する (2)

「足を止めろ、ですって?」


 ロレインは正気を疑うような目で、俺を睨んできた。


「それができていたら、とっくに逃げ出していますわよ」

「身動きを取れなくしろって言ってるわけじゃない。数秒でいいから、やつをその場に足止めして欲しいんだ」


 俺の言葉に、ロレインはやはり半信半疑といった視線を向けてきた。

 だが、どのみちこのまま戦っていてもジリ貧だと理解したのだろう。彼女は大きく嘆息してから、俺の提案を受け入れた。


「……いいでしょう。あなたが何を考えているかわかりませんが、他に手はないようですし、あなたに賭けてみますわ」

「ありがとう」


 俺に礼を言われて、ロレインはぎょっとしたようだった。まさか悪童ゼオン・ユークラッドが感謝するなんて、想像もしていなかったのだろう。


「ついでにもうひとつ頼みがあるんだが」

「な、なんですのっ?」

「こいつに設置魔法をかけて欲しいんだ」

「これに……?」


 俺が渡した物を見て、ロレインは不思議そうに首を傾げる。

 それも無理はないだろう。俺が彼女に渡したのは、火弾の指輪だったからだ。


 ロレインは訳がわからないながらも、指輪に爆発の設置魔法を仕掛ける。

 ロレインの設置魔法は、地面を踏みしめた時の荷重など、一定の圧力をトリガーに発動する中級の爆発魔法だ。

 指輪にそれを付与することに何の意味があるのか、ロレインが疑問に思うのも当然だった。


「これでいいんですの?」

「あぁ。助かった」


 俺は指輪を受け取ると、ゴブリンロードが砕いた床の破片を土魔法で加工していく。

 鋼鉄以上に硬い迷宮ダンジョンの床材を弾丸の形に変形させつつ、弾頭の中に火弾の指輪を取り込む。

 弾丸は約二十ミリ口径ほどになり、前世で言えば対戦車ライフル並の大きさの弾丸となる。


 出来上がったものを見て、ロレインは怪訝そうに眉をひそめた。


「何なんですの、それ?」

「気にするな。それより、足止め頼んだぞ」

「……仕方ありませんわね」


 ロレインは言うと、こちらに背を向けてサディアとともにジークのサポートに回る。


 それを見送ってから、俺は魔力を練り始める。

 使う魔法は当然、以前学院裏の森で試した複合魔法だ。


 迷宮の床材を変形させて砲台を作る。

 床材が硬い分変形させるのに時間が想定だったが、魔法効果アップの魔道具の恩恵で、普段と変わらない速度で作業が進む。

 ゴブリンロードは絶えずジークを追い回して動き続けているため、狙いを定めやすいように砲身は可動式にする。

 弾丸を装填して照準を敵の胸に向け、弾丸発射のための石弾ストーン・バレットの魔法と、火と風の爆裂魔法を準備する。


 すべての準備を整え、ゴブリンロードが足を止めるまで待つ。ちょうどロレインがこちらを振り返ったところだったので、俺は彼女にうなずきかけた。

 ロレインはそれを確認してから、大声を張り上げる。


「退きなさい、ジーク!」


 声とともに、付かず離れずの距離でゴブリンロードの囮役をしていたジークが真後ろに飛ぶ。

 ジークが十分距離を取ったのを確認し、ロレインが準備していた魔法を発動させる。


炎魔封陣イフリート・シージ!」


 上級魔法が発動し、燃え盛る炎がゴブリンロードの四方を取り囲むように立ち上がる。

 強引に突破しようとするが、その凄まじい火力に触れた瞬間、ゴブリンロードの皮膚にもさすがに軽い火傷ができる。

 火傷の痛みに怯んだのか、ゴブリンロードは数瞬、その場に足を止める。


 その瞬間、俺も魔法を発動させた。

 爆裂魔法の爆風と風魔法が生み出す颶風ぐふうによって砲台から弾丸が発射され、石弾の魔法で更に弾丸が加速する。

 魔道具のおかげで効果が増幅されており、弾丸は音速を越えてゴブリンロードの胸に飛来する。

 ゴブリンロードはそれに気づいたようだが、到底反応が追いつかない。弾丸はそのまま胸の皮膚を破り、体内へと侵入する。

 ゴブリンロードの体内にめり込んだ弾丸は、硬い皮膚を貫く内に形がひしゃげて圧力がかかる。


 その圧力によって、ロレインが仕掛けた設置魔法が発動する。

 弾丸の中で爆裂魔法が炸裂し、それによって弾丸内に仕込んでいた火弾の指輪の魔石が破壊される。

 破壊された魔石は更に凄まじい爆発を呼び起こし、鋼鉄より硬い迷宮の床材で作られた弾丸を

 砕け散った弾丸の破片は無数の弾丸となり、ゴブリンロードの胸を無軌道に食い破る。

 心臓に無数の穴を開けられたゴブリンロードは、顔中の穴という穴から血を流しながら、ゆっくりとその場に倒れ伏した。


 唐突に訪れた静寂に、四人の荒い息遣いだけが響く。


「やった、のか……?」


 ジークがフラグっぽいことを言いながら、敵の死骸に近づく。長剣の先で何度か皮膚をつつくが、当然反応はなかった。

 全員の視線が俺に集まる。称賛と畏怖が入り混じった視線に耐えられず、俺は来た道を戻るために背を向けた。


「片は付いた。これ以上面倒に巻き込まれる前に、さっさと地上に戻ろう」

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