第27話 悪役貴族、犯罪組織の幹部と遭遇する

 俺達は相手を刺激しないよう慎重に振り返ると、声の主の姿を確かめた。


 一九〇センチはあろうかという長身に、ひょろ長い手足。無造作に伸びたぼさぼさの黒髪に、彫りの深い顔には無精髭ぶしょうひげを蓄えている。

 俺達と同様ケープを身に付けてはいるが、フードはかぶっておらず、ぎょろっとした黒瞳で俺達を見下ろしている。

 耳にはじゃらじゃらとイヤリングやイヤーカフスをつけているが、統一感やファッションセンスのようなものは感じられない。

 動きやすそうな軽装をしており、腰には物騒な山刀マチェットが二本下がっている。


 その外見の男を、俺はすでに知っていた。


「申し訳ありません、ハガン様。道に迷ってしまいまして……」


 俺は素早く頭を下げてから、油断なく無精髭の男――ハガンに視線を戻す。


 血飛沫ちしぶきのハガンとあだ名されるこの男は、『血霧ちぎりの旅団』の幹部であり、この賭博場の警備責任者でもある。

 更に言えば、このイベントで本来ジークパーティが倒すべきボスキャラでもあった。

 原作ではケイトとジェナを逃がしている最中に追手として現れ、教会前で戦うことになるのだが……どうやら、今回はそうもいかないらしい。


 ハガンは俺達をじろじろと睥睨へいげいしてから、問いただしてくる。


「迷っただぁ? 何をどう迷ったら、賭博場じゃねえフロアに迷い込むんだよ」

「実は、怪しい客がいまして。イカサマかどうかハガン様に判断を……」

「そんなもん、一人で呼びにくりゃいいだろうが。三人も雁首揃えて呼びに来る必要ねえだろうが」


 クソっ。無駄に頭が回りやがるな。

 俺が内心で悪態をついていると、ハガンは続ける。


「大体、お前らどこの隊の人間だ? お前らみたいな三人組は見覚えがないぞ。フードを上げて顔を見せろ」


 ……まずいな。こうなると、もう逃げようがない。

 黒髪黒目の俺ならまだごまかしようがあるが、サディアやエリスの容姿は派手で目立つ。彼女らの姿を見られた時点で、侵入者と判断されるのは避けられない。

 なら、やるしかないか。


 俺は一瞬で腹を決めると、ケープのフードを上げながら、設置魔法を仕込んだ石が大量に入った革袋にさり気なく手を置いた。


「ハ、ハガン様、何か誤解があるようで――」


 弁解を続けようとする仕草のまま、革袋をハガンに向けて投げつける!

 ハガンはとっさに山刀マチェットを抜き放って袋を叩き落とすが、その衝撃で石に封じ込められた爆発魔法が解放される。

 単体なら打撲を起こす程度の爆発だが、凄まじい数の爆発を受けてハガンが後方へ吹き飛ぶ。

 それを見届ける間もなく、俺はイヤーカフス型の魔道具を起動した。


「先生、お願いします!」


 カティナ先生に陽動の合図を送ると同時に、長剣を抜いてハガンに備える。

 ハガンは廊下の壁に叩きつけられていたが、特に重傷を負った様子もなく立ち上がった。

 怒りを込めた眼光で俺を睨むと、両手にそれぞれ山刀を構える。


「何だ今のは? 舐めたマネしやがって……」


 ハガンが言い終わる前に、建物全体が激しく揺れた。

 恐らく、作戦通りカティナ先生が正面入口から魔法攻撃をしかけてくれたのだろう。さすが、元宮廷魔法師の魔法はレベルが違う。

 地震のような激しい揺れに、ハガンの顔にも一瞬だけ動揺が浮かぶ。


 だが、まだ俺達の作戦は終わりではなかった。

 二階に設置した石が、揺れの衝撃を受けて設置魔法を発動させる。下階で起きる爆発の連続によって、建物は更に揺れが続く。

 この一連の揺れで、賭博場の客は大慌てで逃げ出すだろう。それに紛れて、ジーク達もうまいこと脱出するはずだ。


 残る問題は……俺達がどうやってこの場を脱出するかだな。


 あいにくと、この建物には窓の類はない。

 つまり、この建物を出たければ一階まで下りる必要がある。

 そして――目の前の男が、それを許すつもりがないのは明白だった。


 ハガンは用心深く山刀を構えたまま、俺に問いかける。


「随分派手にやってくれるじゃねえか。『血霧の旅団』も随分ナメられたもんだな」

「あんたこそ、随分のんきだな。本拠地にこんな大々的に攻撃をしかけられてるのに、俺達みたいな小物を相手している場合なのか?」

「うるせえ、クソガキ。お前を取り逃したら、それこそ俺の命に関わるんだよ」


 言葉の意味はわからなかったが、ハガンに退く気がないことは確かなようだ。

 ハガンは獰猛な笑みを浮かべ、半身になって右手の山刀をこちらに突き出すように構える。


 建物は相変わらず、カティナ先生の魔法攻撃を受けて揺れ続けている。

 石材でできた天井が揺れで軋み、天井からパラパラと石の破片が落ちてくる。

 明らかに崩落の危険性があるというのに、ハガンは建物を気にする風もなく、真っ直ぐに俺達を見据えていた。


 相手は接近戦のプロだ。背後のサディアやエリスを狙われたら、彼女たちはひとたまりもないだろう。

 つまり、この戦いは俺がハガンの動きをどれだけ封じられるかが鍵になる。

 俺はじっとりと手が汗ばむのを感じながら、長剣を握り直した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る