第26話 悪役貴族、失踪少女救出作戦を決行する

 俺とサディア、エリスの三人は地下を出ると、二階に上がった。


 二階も賭博場になっていたが、様相は一階とは違っていた。

 魔法で強化したガラスでフロアの中央を隔離し、それを囲むように環状に観客席が設けられている。中央の隔離されたエリアでは、半裸の男同士が素手で互いを激しく殴り合っている。

 いわゆる拳闘、というやつだ。どこの世界でも原始的な殴り合いに興奮を覚える人間は多いらしく、観客達はヤジや歓声を飛ばしながら試合に釘付けになっていた。


 彼らの様子を横目で見つつ、俺達は二階をうろつきながら石ころを配置していく。

 石ころにはロレインが込めた設置魔法が付与されており、軽い衝撃を与えると小さな爆発を起こすように設定されている。

 人死にが出るほどの火力ではないが、あちこちで爆発が起きれば大騒ぎになることは間違いない。


 ――俺がロレインに話した作戦はこうだった。

 一階以外の場所に設置魔法を仕込んだ石ころを事前に仕掛けておき、カティナ先生による正面入口からの陽動と同時に、設置魔法を起爆させる。

 これによって賭博場の客は泡を食って裏口から逃げ出すはずなので、それに紛れつつ地下に囚われていた少女達を脱出させる……という、至ってシンプルな作戦だ。

 加えて、守衛室の連中のケープや衣服を彼女達に着せておくことで、逃走時に脱走者だと気づかれないようにカモフラージュも図る予定だ。


 当然、この作戦も完璧ではない。ロレインに渋られる可能性は十分にあった。

 だが結局、囚われた少女達を助けたいという気持ちはロレインも同じだった。細かいところを詰めるだけで、最終的には彼女もこの作戦に同意してくれた。

 ロレインの覚悟を無駄にしないためにも、俺は絶対にこの作戦をやり通さなければならない。


 二階に石を配置し終えてから、俺達は三階に上がった。

 三階は事務所フロアになっているようで、左右に伸びる長い廊下にはまばらに部屋が並んでいた。

 当然客は一人もおらず、一、二階のような喧騒もない。ほとんどの人間は賭博場エリアに出払っているため、人の気配もほとんど感じられなかった。


 周囲に人がいないのを確認してから、エリスが俺の腕を引いて小声で言った。


「あの……ジークさん達のほうは大丈夫でしょうか?」

「あいつらの腕なら心配いらないとは思うが、連絡手段がないからな。二人を信じて、俺達のやるべきことをやるしかないさ」

「そう……ですよね。すみません、ゼオンさん。私がわがままを言って、ゼオンさんについてきたから……」


 言って、エリスは申し訳なさそうにうなだれる。

 二手に別れて行動すると決めた際、俺はエリスをジーク達と一緒に地下で待機させるように提案していた。


 だが、エリスはそれに強硬に反対した。

 ジークパーティはジークが回復魔法を使えるのに対して、俺とサディアは回復魔法が使えないため、二人だけで行動するのは危険すぎる――そう言われ、ロレインやジークも納得してしまったため、エリスの同行を受け入れることになったのだ。

 実際、『血霧ちぎりの旅団』の構成員に変装しているせいで、サディアの持っている魔法薬ポーションも多くはない。

 それを踏まえると、エリスの加入は大変ありがたいのだが……同時に俺は、不安を覚えずにはいられなかった。


 ……もしかして俺、エリスがジークパーティに加入するフラグを完全にへし折ってしまったのでは……?


 聖痕を打ち明けられたあたりからなんとなく察してはいたが、こうなるともう否定する材料がない。

 当然、彼女に対して悪感情はない。むしろ好ましいし、魅力的な女性だとも思っている。


 だが、彼女は本来ジークパーティに加わるはずの人間だ。それを横からかっさらうような真似はしたくないし、これが原因で原作の歴史が改変されるのも困る。

 ジークにはなんとしてもハーレムパーティを作ってもらい、今後の戦乱を解決する中心人物でいてもらわなければならない。

 それが、俺が平穏に生きるための絶対条件なのだ。


 俺が懊悩おうのうしていると、横からサディアがささやきかけてきた。


「物思いにふけってないで、フォローしてあげてください。エリスさん、相当落ち込んでますよ」


 見れば、エリスはどんよりとした顔をして足取りも重くなっていた。

 ジーク達への心配と自責の念で悶えているらしく、ぶつぶつと独り言も漏らしている。


「あぁ……やっぱり私が余計なことを口出ししたせいで、ゼオンさんはお怒りなんですね……大恩人を怒らせるなんて、私は本当にどうしようもないクズです……これでもしジークさん達の身に何かあったらどうしよう……」


 うおぉ、いつの間にか陰キャモードに突入している!


「わ、悪い! ちょっと考え事をしてただけなんだ。君がヒーラーを買って出てくれたのは、むしろありがたいと思ってるよ」

「ほ、ホントですか……? 『このクソ陰キャヒーラー、出しゃばりな上にめんどくせぇな』とか思っているんじゃ……?」

「そんなわけないから! それに、ジーク達のことは心配しなくても大丈夫だ。二人の実力は確かだし、よほどのことがない限り心配はないよ」

「ですが……」

「二人が心配なら、俺達の仕事をさっさと終わらせよう。仕込みの時間が短いほど、二人の危険は減るからさ」

「そ、そうですよね! わかりましたっ」


 エリスはぱっと顔を上げると、小走りに廊下を走り出す。

 俺はサディアと苦笑し合ってから、彼女を追おうとして――


「おいお前ら、どうしてこんなところをほっつき歩いてんだ?」


 背後から声をかけられ、足を止めた。

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