第4話 悪役貴族、魔道具をかき集める

 あれから数日が経った。

 記憶を取り戻してすぐ、ジークや迷惑をかけた生徒達に謝罪して回ったが、反応はサディアとまったく同じで「次は何を企んでいるんだ?」という疑念を向けられるだけで終わってしまった。

 やはり、反省は行動で示すしかないようだ。


 そんなわけで、俺は早速魔道具集めを始めていた。

 俺はまだ伯爵家の公子こうしに過ぎず、当然ユークラッド家の資産を全部動かせるわけではない。

 だが帝王学の一環として、親父殿からある程度の資金を動かすことは許可されており、それを利用して魔道具を買い集めた。


 伯爵家の名前と印章を示すと、大抵の商会は好条件の取引を申し出てくれた。

 いくつかの商会はゼオンの悪評を聞いていたらしく、俺との取引を渋っていたが、「魔道具を貸し出して同級生を危険から守りたい」と言うと真剣に話を聞いてくれた。

 商会としても、将来有望な魔法学院の生徒達に、自分のところの商品を使ってもらい、利便性を知ってもらうのはメリットが大きいと判断したらしい。魔道具集めは思っていたよりも遥かに順調に進んだ。


 もちろん、準備しているのは魔道具だけではなかった。


「サディア、入るぞ」


 女子寮のサディアの部屋をノックし、俺はドアを押し開けた。

 サディアの部屋は、一言で言って荒れ果てていた。学院図書館から借りてきた魔導書や図鑑が床に積み重ねられ、脱ぎ散らかした衣服や使用済みの実験道具も無秩序に散らばっている。

 部屋の奥の机では、学生服の上に白衣を羽織った姿のサディアが、魔法薬ポーション作りに没頭しているところだった。


 白皙はくせきの美貌はところどころすすで汚れており、目には魔法薬の効果を鑑定するための眼鏡型の魔道具がかかっている。

 艷やかな金髪はぼさぼさに乱れており、以前までの美しくて完璧なエルフ像は欠片も残っていない。

 全身がほのかに発光しているのは、手に持ったフラスコに魔力を込め、魔法薬の調合を行っている最中だからだろう。

 彼女は今まで見たことがないほど熱心な眼差しで、フラスコの中で生成されていく魔法薬を観察していた。


 ……この状況を客観的に見ると、「汚部屋に住む野暮ったい魔女」って感じだな。

 だが、今まで従者として完璧な容姿や立ち居振る舞いを課されるサディアを見てきたせいか、俺にはこっちのサディアのほうが生き生きしているように見えた。

 魔法薬作成が一段落ついたところで、俺は再び彼女に声をかけた。


「サディア、聞こえてるか?」

「っ…………ゼオン様、いらしてたんですね」


 背後から声をかけると、サディアは驚いたようにびくっと体を震わせてから、こちらを振り返った。

 俺を見る目は相変わらず無感情だが、それについては仕方ないことだろう。

 俺は苦笑しながら、手に持った革袋を掲げた。


「言われてた素材を買い集めてきたぞ」

「申し訳ありません。主人であるゼオン様に、小間使いのようなことをさせてしまって」

「気にしないでくれ。それより、作業の方は順調か?」

「はい。かなり高品質な魔法薬を作れていると思います」


 サディアから差し出された眼鏡で、魔法薬の出来を確認する。

 サディアが作った魔法薬は、市販の魔法薬と比べて効果値が三割近く高かった。


 エルフは森で暮らす性質上、薬草知識が豊富な上、高齢のエルフになると独自の魔法体系を築き上げ、秘宝アーティファクト級の魔道具を生み出すこともあるという。

 その力の片鱗でも引き出せれば、魔法薬作成でも既製品と差がつけられると思っていたが、まさかここまで効果覿面てきめんとは嬉しい誤算だった。

 とはいえ、懸念もあった。


「サディア。今日は何時間寝たんだ?」

「……四時間ほど」


 若干気まずそうにサディアが答えるのに、俺は嘆息した。


「働き過ぎだ。そんな働き方で体を悪くしたら、元も子もないぞ。ちゃんと八時間は寝てくれ」

「……善処します」

「善処じゃなくて、徹底してくれ。それとも、一日十時間休みを取るようしたほうがいいか?」


隷呪れいじゅの首輪』の力は使いたくないが、このまま不摂生を認める訳にはいかない。


 この部屋の有様やサディアの様子を見るに、サディアは魔法薬作りの仕事をかなり楽しんでいるようだ。

 俺に指示されたからといって、睡眠時間を削ってまで効果値の改善を繰り返したりはしないはずだ。

 それ自体はいいことなのだが、休憩を取らないのは問題だ。俺自身もそうだったが、前世で無理な働き方で体調を崩していった人間は何人も見てきた。

 そんな「今にも過労死しそうな人間」を目の前にして、黙っているわけにはいかない。


 サディアはほんの僅かだが、不服そうに唇を尖らせた。


「わかりました。しっかり睡眠を取るようにします」

「そうしてくれ」


 うなずきながら、俺は少しだけ口元が緩むのを自覚した。

 諦念と絶望だけでゼオンに付き従っていたサディアが、少しずつそれ以外の感情を表に出すようになってくれた。

 その変化が自分のおかげだなんておこがましいことは思っていないが、彼女が生きることに希望を持ち始めているのは素直に嬉しかった。


「それじゃ、また欲しい薬草や道具があったら言ってくれな」


 俺はサディアに眼鏡を返してから、それだけ告げて彼女の部屋を後にした。

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