第14話 悪役貴族、夜の来訪者を迎える

 日もすっかり暮れた頃、俺達はようやく寮に帰って来れた。

 飯を食って風呂に入り、すべての疲れを洗い流した後、俺は倒れ込むように自室のベッドにダイブした。


「つ、疲れた……」


 迷宮探索初日で、まさかこんなことになるとは。

 ゴブリンとのバトルイベントは、ゼオンが第三階層に下りさえしなければ発生しないイベントなので、完全に失念していた。

 しかしまさか、ゴブリンロードまでいるとは……原作では発生しなかったイベントだけに、なんとなく不気味なしこりが胸に残っていた。


 ゴブリンどもが階層を移動したのは外的な要因だ、とギルドのお偉いさんは言っていたが……外的な要因ってことは、誰かがゴブリンどもを第三階層まで誘導してきたということだろうか。

 確か、原作でも第三階層にゴブリンがいた原因については語られないままだった。

 自分が知らない情報ということもあり、どうしても不安は拭いきれなかった。


「何と言っても、このイベントがゼオンの人生を狂わせたわけだしな……」


 ゴブリン発生のイベントがなければ、ゼオンは普通に迷宮探索を順調に進めて、ジークに対する嫉妬心を収めることができたかもしれない。

 そうなっていれば、その後ジークに敵対し続けるようなこともなかっただろう。

 序盤で噛ませ犬が転落するなんて、些細なイベントかもしれないが……当事者の俺としては、どうにも無視できない事件だった。


 ベッドで寝転がりながら思案していると、ドアがノックされた。


「ゼオン、起きてるか?」


 聞こえてきたのは、ジークの声だった。俺は意外に思いつつも、のろのろとベッドから起き上がってドアを開ける。


 ドアの向こうには、ジークとロレインが立っていた。

 ジークは緩い部屋着を着て脳天気な笑顔を浮かべていたが、ロレインはかっちりと制服を着込んだまま、不本意そうにぶすっとした顔をしていた。


「よっ、ゼオン。中に入ってもいいか?」

「いいけど……急にどうした?」


 二人を室内に招き入れると、俺はベッドに腰掛けた。

 ジーク達はベッドの対面に置かれたソファに腰を下ろす。

 いまだ不機嫌そうな顔をしているロレインを横目に、ジークは両膝に手を置いて深く頭を下げた。


「ゼオン、今日は助かった! マジでありがとうっ!」

「は……? 何だよ急に」

「お前が助けに入らなかったら、俺達は確実に死んでた。改めて、ちゃんと礼を言っておきたかったんだよ」


 ジークが屈託なく笑うので、俺は思わず口元が緩む。

 彼の裏表のないカラッとした性格は原作でも支持者が多かったが、実際に目の当たりにすると破壊力は抜群だった。


 とはいえ、こちらが一方的に感謝される側に回るのは危険だ。下手に過大評価されて、ジークに同格の存在だと思われたら後々面倒だ。

 俺としては、やはりジークには主人公でいてもらわなければならない。そして俺はこの世界のモブとして、平穏な生活を享受きょうじゅできればそれで満足なのだ。

 そんなわけで、俺は早速ジークを持ち上げることにした。


「気にしないでくれ。第一……俺が君達を助けようと思えたのは、ジーク、君が俺を改心させてくれたからだ」

「改心って……そんな大げさな」

「俺にとっては、それだけ大きなことだったんだよ。本当にありがとう。それに……改めてすまなかった」


 俺がジークと同じように頭を下げると、ジークは慌てたように立ち上がった。


「や、やめてくれよ。命の恩人に頭を下げられちゃ、立つ瀬がないぜ」

「じゃあ、これで貸し借りなし、ってことでどうだ?」

「うーん……それ、お前のほうが損してないか?」

「そんなことないさ」


 俺としては、ジークの敵に回ることなく、厄介事をすべて主人公様に任せてのんびり暮らせるなら、それ以上に喜ばしいことはない。

 ジークはまだ釈然としていないようだったが、ぽりぽりと頭をかいてからソファに座り直した。


「わかった。お前がそう言うなら、それで納得しておくよ」

「助かるよ」


 俺はジークと笑みを交わしてから、ロレインのほうに向き直った。

 ロレインが相変わらず不服そうな顔をしているのを見て、ジークは呆れた顔で言った。


「いつまで不貞ふて腐れてんだよ、ロレイン。ゼオンに礼を言いにいこうって言い出したのは、お前だろ?」

「えっ? そうだったのか?」

「ちょっ、ちょっとジーク! 余計なことを言わないでちょうだい!」


 ロレインが顔を真っ赤にして怒るが、ジークは無視して俺の疑問に答える。


「そうなんだよ。恩人に礼を尽くさないのは、道義にもとるって言い出してさ。その割りに、ここに来たら急に借りてきた猫みたいになりやがって……」

「う、うるさいですわっ! あなたはちょっと黙っていなさい!」


 ロレインはジークを一喝し、咳払いをしてからようやく俺に視線を向けた。


「……わ、わたくしも、感謝していますわ。あなたがいなければ、きっとわたくし達は死んでいたと思います」

「まぁ、今まで君に散々迷惑をかけてきたしな。これでってことで」

「そうはいきませんわ。あなたの下劣な悪行の数々より、命を救ってもらった恩のほうが重いです。あなたが望むなら、公爵家に褒賞を求めることだってできるはずですわ」

「褒賞ねぇ……」


 公爵家に何かを要求して、目をつけられるようなことは正直避けたい。


「じゃあ、同級生達に俺の魔道具を借りてくれるように宣伝してくれないか?」

「……そんなことでいいんですの? ゴブリンロードの件を話せば、お父様だって婚約破棄を再考するかもしれませんわよ?」

「嫌がってる相手と無理やり結婚する趣味もないしな。どっちかと言うと、ゴブリンロードを倒したのは君達ってことにして欲しいんだが……」

「それは無理ですわ。わたくしの倫理観に反しますし、ジークも納得しませんもの」


 ロレインの横で、ジークもうんうんと大きくうなずいている。

 律儀なところは美徳だが、こういう時は面倒くさいな……


「じゃあ、やっぱり魔道具の宣伝を頼むよ」

「そんなことをして、あなたに何のメリットがありますの?」

「サディアを故郷に帰してやりたいんだ」


 俺が魔道具レンタルの目的とシステムを説明すると、ロレインはようやく納得してくれたようだった。


「……そういうことでしたのね。わかりました。それならあなたに全面的に協力しますわ」

「助かるよ」


 話が済むと、二人は部屋を出ていった。

 俺はベッドに横たわり、目を閉じる。一日の疲れがどっと押し寄せてきて、すぐに眠りに落ちていった。

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