第29話 もう1つの願い


「あたし、決めたわ」



 ゼンタの力強い声が沈黙を破った。

 研究者は一度退席し、病室は4人だけとなった。



「あたしの力、イトに使うわ」


「ゼンタの?」


 イトはきょとんとする。



「ええ、うまくいくかわからないけれど、やってみる価値はあると思うのよね」



「んー? それってー、つまりさあ」


「あたしの寿命、あんたにあげる」


「ええ!? いらないよ!」


 イトは驚いて目を丸くした。



「全部あげるわけじゃないわよ〜。ちょっとよ、ちょっと〜」


 ゼンタはおほほと軽く言ってみせたが



「うそだ! そう言って、ぜったいいっぱいくれるんでしょ!」


 とイトは断言した。



「ぼく、ゼンタに長生きしてほしいんだよ」


「あたしも、イトに長生きしてほしいのよ」



 ゼンタにまっすぐ見つめられ、イトはたじろぐも、反論の言葉がないか考えていた。



「はあーーー。ま、それが1番だわな」


 シアンは頭をかく。



「俺のもやるよ」

「おれも、あげます」


 ロウもベッドの上で前のめりになる。


「おまえは駄目だ」

「えっ? なんで、ですか」  


 が、シアンに止められた。



「おまえは少しでも長く生きて、国のみんなを導いてやれ。おまえは希望なんだ。おまえの家族が守ってくれた命だろ。おまえは、おまえと、国のために使え。子供がいっちょ前に命を削るな。おまえにはそういうのはまだ早えよ」



 ロウは何も言えなかった。


 ロウはまだ子供だ。

 向こうにいたときよりも、ここにいるゼンタとシアンはとても大きくみえる。



 ロウは自分の小ささ、不甲斐なさを実感した。

 言い返しても、きっと敵わない。自分にはまだ何もかも足りていないからだ。経験も、知識も、自信も、覚悟も。



「いやだって! そんなことしても意味ないよきっと!」


 イトが立ち上がり、椅子が倒れる。



「あたしに不可能はないのよ」



「イト」

「シアンも! そんなことしたら怒るよ!」



「イト。寿命をもらっても、おまえは別におれらに感謝する必要はねえ。ずっと恨んでくれてもいい。おれらは、自分のためにそうするんだ」


「じゃあ、じゃあ、ぼくの意思は関係なくそうするっていうの?」


 イトは少し拗ねたように聞く。



「まあ、本当ならお互い納得するまできちんと話をすべきだが、今回は急を要する。おまえの意見は聞かねえ」


「もう口聞いてあげないよ?」


「おまえが少しでも長生きできるなら、構わねえよ」



 そう言われて、イトはもうどうすることもできなかった。

 嬉しい気持ちと、悲しい気持ちがイトの心にいっぺんに押し寄せた。



「…………っずるい! ずるいよ! ぼくなんにもしてあげられないのに! ぼくはここでなんの役割もないのに! 戦うしかできないのに! 長く生きてどうすればいいの? 食べることもできないのに! 他に好きなことないのに! みんなやることがあるのに、ぼくはない! ぼくにはみんなしかいないけど、みんなは他にも大切なこととか、大切な人がいて……。だけどぼくには……何にも……。ぼくは、1人だ……」



 イトはここに来てから不安に思っていたことを吐き出した。

 3人のことを知れば知るほど、自分が何ももっていないことを痛感した。



「なんかおまえ、向こうにいたときより、あれだな」


「なに?」


 イトは目を細めてシアンを睨む。


「なんかワガママつーか、自分勝手つーか」


「わるい?」


 まだ睨んでいる。


「いや、いいんじゃね?」


 シアンはフッと笑った。



「イト、まず、おまえみたいな危なっかしいやつを1人にはさせねえ。なにするかわかんねえからな。人間を襲う危険もないとは言い切れない。それと、おまえはこれから忙しくなる」



「……なんで? 戦争が終わるなら、ぼくに

 使い道ないでしょ?」



「知ることがたくさんあるからだ。おまえはまだこの世界のことをほとんど知らない。良いことも、悪いことも、楽しいことも、苦しいことも。これからそれを知っていくんだ。あと、自分のことそんなふうに言うな」



「……楽しいことなんて、見つからないよ」


 イトはうなだれる。



「それは俺にはわからねえが、生きてみれば、そのうちわかるだろ」


 イトはその言葉の意味を考えた。



「みんな、ほんとに一緒にいてくれる?」


「四六時中は無理だ。俺たちもやることが多い。だが、必ず誰かが側にいるようにする」


「あんた、そこは嘘でも『うん』て言いなさいよ」


「守れねえ約束はしねえ」


 シアンはフンッと腕を組む。



「イトさん、今度、一緒に、アニメ、見ま、しょう」


「……たのしい?」


「はい。おもしろ、いです、よ」




「今度、きれいな景色が見えることろ、連れて行ってあげるわ」


「……うん」




「いい温泉がある。今度一緒に行ってやるよ」


「! 温泉……」



 温泉という言葉にイトがあきらかに食いついたので、3人は思わず吹き出し、むくれていたイトもつられて笑ってしまった。









 そしてイトはゼンタの提案を承諾し、2人から力をもらった。



「さ、これでみんな神様からもらった力は使い終わったわね〜」


 ゼンタはぐーっと伸びをする。



「あ、ぼくまだ叶ってないよ」


 イトは自分の体をペチペチと触る。

 力をもらったことで何かが変わっていないかを確かめているようだ。



「あん? おまえもう叶ってんじゃねえか」


「もう1つあるんだよ」



 イトの謎の発言に、3人が固まった。



「もう、1つ? なにそれ、初耳なんだけど」


「おいイト……。どーいうことだ」



 嫌な予感がしたのか、ゼンタとシアンの顔が強張る。



「ほら、ぼく向こう着いたばっかりのとき、みんなみたいな特別な力、何ももらわなかったでしょ? みんなはもらってたけど、ぼく保留してて。それで、その分の願いも叶えてってお願いしたの。ぼく何にもないのに魔王も倒して頑張ったからさ。だから、願い事、2つ叶えてもらったの」



「えっ!!」

「なっ!!」

「なんですってー!」




 3人のとびきり大きな声に、廊下を歩く看護師がビクッとした。



「何だ!」

「なんなのよ!」


 2人はイトに詰め寄る。



「えーっとねえ。やっぱりナイショだよー」


 だがイトは今までいろいろ言われたことの仕返だと言わんばかりにはぐらかした。



「うわ! やべぇ! おまえぜってぇ変なこと言ったんだろ!」


「なんで言えないのよ!」


「だって、言ったら怒られるかもしれないから」


「最悪じゃねえか!」


「きっとろくなことじゃないわ!」



 ゼンタとシアンはこの世の終わりだと言わんばかりに絶望した。



 イトは「おおげさだなあ」と言いながらニコニコしてロウのベッドに腰掛ける。



「イトさん、こっそり、教えて、くれま、せんか?」


「んー、ロウは大丈夫かな。いいよ」


 イトはロウに耳打ちする。



「あー、それは……。お2人は、嫌がる、かも、しれま、せんね」


 ロウは苦笑いをした。



「おい! なんでロウには教えんだよ! 言え!」


「えー」


「言いなさい!」


「怒らない?」


「ああ? 内容によるな」


「じゃあダメ」


「あんたっ! 余計なこと言わないでいいの!」


 ゼンタがシアンの頭を叩く。



「イト、怒らないから、言いなさい」



 イトはじとーっと2人を見つめる。



「ぼくのお願いはねえ」とイトが言うと、2人がゴクリとつばを飲み込んだ。

 その様子をロウがクスクスと笑って見ている。








「生まれ変わっても、もう一度みんなと会えますように」




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