第3話 お人好しの集まり
「あれ? 2人は温泉に行かないのかい?」
ビーフストが片腕にふとんを抱えて部屋に入ってきた。
部屋は2人分の布団を並べたとしてもまだ少し余裕のある大きさだった。クローゼットと小さなテーブルがあるだけで、他には何もなかった。
「もう少し遅い時間に行かせてもらうわ」
ゼンタは椅子に座り、ロウは服も脱がず寝ころがっていた。
「寝ているのか。そういえば、食事のときも眠そうにしてたな。あまり食べてなかったし」
「この子は疲れやすいのよ。布団ありがとう。あとは自分でできるわ」
ゼンタは立ち上がり腕まくりをすると、ビーフストから布団をもらった。
「その腕はどうしたの?」
ゼンタはビーフストのだらんとした左腕を見る。
「うん? ああ、これかい? 5年前、魔王との戦いで攻撃を受けてしまってね。あたりどころがわるかったようで、うんともすんとも動かなくなったんだよ」
「そう……。魔王と戦ったことがあるのね」
「数合わせのただの一般市民さ。シールドを張るくらいしか能のないね。結局魔王は姿を消し、収穫といえば、魔王が攻撃に使っていた魔法の黒い槍くらいだったそうだ。ま、それが手に入ったとして、何になるのかは俺にはわからないがね」
「ああ、それなら『黄の国』にあるそうよ」
「『黄の国』に? もしかして、魔王を倒す手がかりになるのかい?」
「そこまではわからないけれど、ロウが見たことがあるって」
「そうかい。何かの役にたってくれれば、この腕をなくしたかいもあるんだがね」
ビーフストは右手で左腕を掴み、力なく笑った。
「俺も質問をいいか? その手の模様はなんだい?」
ビーフストはゼンタの左手にある入れ墨が気になっていたようだ。
「故郷の村の風習なの。大人になったらするのよ。片方の手の1番長い指からスタートして、肩、背中、お腹、そして片方の足の一番長い指先がゴール。そうやって、体のいろいろな場所を通って、一筆書きみたいに花の模様を彫っていくの」
ゼンタは服の上から体をなぞっていく。
「へえ、そんなのがあるのか。それにはどんな意味が?」
「自然とともに生きることを誓った証。どれだけ文明が発達しようと、あたしたちはそれに頼らない。古臭いと思われるんでしょうけど、あたしたちは、自分たちの生き方に誇りを持っている。ま、こんな少数民族の風習のことなんて誰も知らないから、これの意味を知ってる人も身内以外にはいないわ」
どこか悲しげなゼンタの横顔に、ビーフストはなんと言えばいいものか、わからなかった。
ゼンタはこの話はこれで終わりにしましょうというようにビーフストに笑いかけ、ロウの隣に布団を敷き始めた。
「この子は起こすのかい? それと、寝てる時にメガネしてると痛くなるんじゃないか? 外して寝ればよかったのに」
「このままでいいの。目が覚めた時、困るからね」
ビーフストはどういう意味だろうと首をかしげた。
「ああ、それと、本当に馬は必要ないのか? 次の街まではかなり距離がある。歩いて行くとなると、何日かかかるぞ。必要なら知り合いに頼んでみるが?」
「ありがとう。だけど問題ないわ。この子がいるから」
ビーフストはまたしても首をかしげた。
「ところであたしたち、目立ってるかしら? 村で視線を感じたんだけれど」
「うん? まあー、小さな村だからな。誰かが来たらすぐに広まるんだ、すまないね。魔王を倒すって言ってるのに、目立ったら動きにくいだろう?」
「それはそうなんだけどね。ま、慣れてるから、大丈夫よ」
「そうなのか? まあ、4人ともそんだけ美形なら、どうしたって目立つと思うがな」
「あら、ありがとう〜。だねどねえ、3人ともあたしのタイプじゃないよのねえ〜」
その時、ドカドカと階段をのぼる足音が聞こえてきた。
「あー! いい温泉だったぜ!」
「聞いて聞いて! ぼくようやく温泉が気持ちいいってわかり始めたよ。ぼくの世界にもあればいいのになー。ロウの世界にはあるって言ってたけど」
「ああ、けどあいつ入ったことはねえってさ」
タオルを首にかけたイトとシアンが戻ってきた。上半身は裸だった。
「うるっさいわね! あんたたちの部屋あっちでしょう! それと人の家なんだから静かにしなさい! あとなんて格好で戻ってきたの!! 服を着なさい服を!!」
「おまえのほうがうるせえわ! 部屋なんてどっちでもいいだろーがッ! あと服は暑い!!」
「あ、ロウ寝てるんだね」
「はは、構わないよ。隣の家とは離れているし、ここには俺だけだからな」
ビーフストは笑った。
「泊まらせてくれて、ありがとな」
シアンはお礼を言うと、ビーフストの左腕をポンポンと軽く叩いた。
ビーフストはなんだか体があたたかくなるのを感じた。
「家族に先立たれて静かに暮らしていたが、久しぶりに賑やかで楽しいよ。こちらこそ、ありがとう。何かあれば、いつでも呼んでくれ」
そう言うと、ビーフストは階段を降りていった。
「よっし。んじゃ、先に結界張っとくか」
「今日はシアンの番だったね」
「魔力は足りてるの? 自転車こいで消費しちゃってるんじゃないのお〜?」
「あれは魔法使ってねえわ! 純粋に体力だけでこいだんだよッ!」
「あらそう。足りないなら恥ずかしがらずに言いなさいよ。集めてあげるから。おほほほ」
「余計なお世話だっつーの」
シアンはあぐらをかいて座り込み、目を閉じる。
シアンの体が薄い水色のベールで覆われ始めた。数秒後、その光がブワッと部屋から村全体へと広がった。一瞬の出来事に、気付く人は誰もいない。
肉眼ではわからない結界が、村全体を覆った。
「シアン、お疲れ。これで今夜はこの村には魔物は入って来れないね」
「安眠を妨害されたら困るからな。夜は戦いずれーし」
「ぼく夜でも見えるから、万が一敵が来ても大丈夫だよ」
「暗闇でも見えんのはおまえだけだっつーの」
「お世話になる村くらいは、守ってあげないとね。あたしたち、ある意味疫病神なんだから」
「ぼくたち目立ちすぎかなあ? でもこれで魔王を呼び寄せられたらいいよね」
「ま、地道にやるしかないわね」
シアンとイトはロウの側に腰を下ろした。
「そういや、温泉に人ほとんどいなかったぜ。これならこいつも入れるんじゃねえか?」
シアンは眠っているロウを見る。
「ぼくもう1回入ってもいいよ! あとでロウと一緒に行ってこようかな」
「おっ! それなら俺ももっかい入るとするか。あがった後の酒がうまいからな」
「ゼンタは温泉いつ行く?」
「あたしはいつも通り最後でいいわ」
ゼンタはそう言うとバルコニーへ出てタバコを吸い始め、「お人好しねえ」と星を見ながら呟いた。
部屋ではシアンが買ってきた酒を飲み始め、イトはおつまみをつついている。
せっかく2部屋用意してもらったというのに、結局こうなるのだ。
魔王を倒せば、みな元の世界へと戻っていく。この4人の旅も、いずれ終わる時がくる。
なのにこの4人ときたら、この世界の命運を握っているにも関わらず、まるで旅行か遠足にでも来ているかのような緩さなのだ。
あの子が望んだことなのだから、文句を言っても仕方ないが――。
翌朝、ビーフストは4人が出ていった部屋を掃除していた。
「やれやれ。嵐でも来たみたいな騒がしさだったな」
ビーフストは笑いながら独り言を呟いた。
その時ふと、左腕に不思議な感覚を覚えた。
彼の左腕はそもそも感覚を感じることすらなくなっていたのに。
ビーフストは左腕を触る。
すると、触っていると、分かったのだ。
驚きのあまり、息がとまる。
そしておそるおそる、左手を動かそうとしてみた。
指が、動いた――。
もう2度と動かない、何も感じることはできないと言われた腕が、わずかだが動いた。
まさか、彼が――?
思い当たることといえば、それしかない。
あのとき触れられて、あたたかいと感じたのは、魔法だったのか。
だがこんな奇跡のようなことが、そんなことができる魔法使いがいるのか。
これまで誰に見てもらっても治ることのなかった腕が、魔王との戦いで使い物にならなくなった腕が、動いた。
『柱』
ふと、ビーフストの脳裏にその言葉がよぎった。ゼンタとの会話を思い出したのだ。
「いや、そんなはずはないか……」
ビーフストはバルコニーへ出て村の外を眺めた。
「また、お礼をしなくてはいけないな」
ビーフストは涙を流し、ありがとう、ありがとうと、何度も何度も呟いた。
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