第24話 シアン その2


「背? どういうこと?」


 白服が尋ねる。



「あのね、向こうに行ったとき、ぼくらそれぞれ神様に見た目とかお願いすれば変えてもらえたんだけど、シアンは何も頼んでないって言ってたんだ。だけど、今のシアン、向こうにいた時よりちょっとだけ低いなあと思って」



 カミサマ?

 何言ってんだ。いや、そんなことよりも。



「嘘ついてたってことかしらね? 神様に頼んで、身長を高くしてもらってたのね」



「シアン、身長の話になるとすぐに怒るんだよ。4人のなかで1番低かったから、気にしてたみたい」


「せっかく高くしてもらったのに、結局1番チビだったってこと? かわいそうに」


「ちょっとかわいそうだね」


 2人は俺を哀れみの目で見る。



 マジで殴りてえ。

 いや、そもそもそれ俺じゃねえし。



「だけど、身長がなんだっていうよよ。あたし、低い男も好きよ。その、向こう?ではどのくらいだったの?」


「175センチって言ってた」


「ふーん。あたし、こういうのあてるの得意なのよ。うーん、そうねえ、あなた、今は171センチでしょ」



 なぜわかる。



「おほほほ、図星でしょ?」



 ポーカーフェイスすんのももう限界かもしれねえ。いや駄目だ駄目だ、俺はここでは落ち着いた司令官で通ってる。すぐにキレるような短気なやつだと思われたら舐められちまう。


 ただでさえこんな若造が仕切ってておえらいさんは苛ついてるってのに。



 落ち着け俺。


 白服が椅子に座ると、白髪もマネするように隣に座った。



「ねえ、あたしは何か違いはある?」


「髪の長さが全然違うよ。腰ぐらいまであった」


 それを聞いて、そいつは腕と足を組み、遠い目をした。



「……ああ、なるほどね。確かに、あたしならそうするかもしれないわね。あなたは何を?」


「ぼく見た目はなんにも。そもそも自分がどんなか知らなかったから。心とか言葉を知らなかったから、それをわかるようにしてもらったんだ」


「そのおかげで、今も言葉がわかるっていうの?」


「うん。たぶん神様がそのままにしてくれたんだと思う」


「へええー。不思議なこともあるのねえ」



 何雑談してんだよ。ここは司令室だぞ。


 息を吐き、気持ちを落ち着かせる。




 反対側の椅子を引き、ようやくこれまでの事情を聞いた。

 伝達係は彼らの後ろに立ち、見張っている。





 まさか、見えない敵の正体がこんなやつだったとは――。



 こんなヒョロっとしたやつが、何人も殺してきたっていうのか。

 あんな離れた場所から? 

 どんな射撃技術だ。そもそも肉眼で見えないだろ。



 だが突っ込んだ質問をしても「わからない」「覚えてない」しか返ってこなかった。

 記憶喪失か?



 あらかた聞き終えたところで、白服の男に意地の悪い質問をしてみた。


「きみは、わかっているのか」


「なによ」



「さっきからやけに親しげにしているが、この子供は、きみの家族や仲間を殺しているんだぞ。こいつは、敵国の殺戮兵器だ」


 テーブルの上におかれた白服の指がピクッと動く。


「よく仲良くできるな?」



 我ながら、嫌なことを言わせたら世界一だなと思った。だが、こいつが敵国の兵士だというなら、そういうことになる。



「ぼく、ゼンタの大切な人、殺したの?」


 白髪が少しおどおどしながらそいつの横顔を見る。


 白服はそいつの顔を見ず、少し間をおいて答えた。



「あなたが殺したのかどうかは、今となってはわからないわ。あなたたちに殺られたのは確かだけど、それがあなただと決めつける証拠はない」


 白髪の白い瞳が少し怯えたように揺れた。



「それを聞いて、きみはどう思う?」


 俺はそいつがなんと答えるのか、興味があった。



「……わからない」



 そいつはうつむいて握った手を見つめた。


 本当に殺戮兵器として育てられたのなら、そういう感情は持たないよう、訓練されているのかもしれない。



「きみは、人を殺すことについて何も感じないということか?」


 本当にそうなら、こいつは危険だ。



「わからないけど、昔、ゼンタに言われた言葉があるんだ。

『してしまったことは、もうどうすることもできない。もしそのことであなたが今後辛くなっていくのだとしても、その苦痛から開放されることはない。死ぬまで、苦しんで苦しんで苦しんで、生きていくの。ずっと背負って生きていくの。だからって、許されるわけじゃないけれど』って。ぼくこれよくわからなくて、何度も考えてたんた」



「あんた、なんでそれ……」


 ゼンタと呼ばれた男は小さな声を漏らし、驚いていた。



「ぼく、正直、殺すこととか、殺されることとか、良いとか悪いとか、たぶんまだあんまりわかってない。だけど、向こうでみんなが死んじゃったとき、すごく辛くて、苦しかった。ぼくも一緒に死にたくなったし、少し魔王を憎んだ。そういう気持ちを、ぼくが殺しちゃった人も感じてたんだとしたら、それを想像したら、体がこう、ギュッてなって、息を吸うのが辛くなった」



 そいつは必死に頭で言葉を作り、ぽつりぽつりと口を開く。不安なのか、胸のあたりをギュッと掴んでいた。



「だから、何かをする前に、いろいろ考えてみようって、思ってたんだけど、まだあんまりうまくいってない……。あれ? 答えになってないかも……。うーん、ごめんなさい」



 言いたいことはあるようだがうまく言えないのか、白髪は黙ってしまった。



「きみのしてきたことは大罪だ。何も知らなかったとはいえ、死刑は免れないだろう」


「自分のことを棚に上げるのが得意なようで」


「なんだと?」


 白服の尖った声が俺をさす。



「あたしもたくさん殺したわ。そして、あなたもよ。自分の手は汚してないとでも言うわけ? あんたの作戦でどれだけの人間が無駄死にしたと思ってるの。この子が死刑なら、あたしたちも死刑よ」


 そいつは俺をまっすぐ見てきた。


 わかっている。

 それは俺が一番わかっている。


 だが――。



「私は死ぬわけにはいかない」



「だからねえ、あんたも」


「生きて、償わなければならないからだ」


 白服が目を見開く。



「これまでしてきたこと、死なせた者たちのために、私は生きて、平和のために動き続けなければならない。だから、私は死ねない」



「偽善よ、そんなのは。頑張るから許してくださいって言いたいの? あんたの無謀な作戦のせいで死んでいった人たちがどれだけいると思ってるのよ!!」 


 白服が怒りを込めて俺を睨んだ。



「わかっている。すべて私のせいだ。だが、どう思われても構わない。私にできることがまだあるなら、死んでられない」





 部屋が息苦しいほど、しんと静まり返った。





「ねえ、それは後回しにしない?」 


 その静寂のなかを、気の抜けるような声が通っていった。



「おまえの話をしているんだ。死刑かもしれないというのに、後回しでいいのか?」


 俺はつい『おまえ』と言ってしまった。



「うん、それより今は大事なことがあるから」


 それより大事なことだと?



「ロウのところに行かないといけない」


「ロウ?」



 また知らない言葉がでてきた。



「もう1人の仲間だよ。ぼくら4人仲間なんだ」


 俺が眉をひそめると、白髪は自分と俺と白服の男を指差す。


「なぜ私も入っているんだ」


「それでね、ロウの場所がぼんやりわかっているんだけど」



 無視――。

 こいつ俺のこと完全に舐めてんな。



「あっちのほう。何かある?」


 そいつは部屋の後ろを指差す。



「ずいぶんと適当なんだな」


「ねえ、何かある? あ、この建物のことじゃないよ。もっともっと離れたところ」


 俺は何につきあわされているんだ。



「その方角だと、軍の研究施設、避難所、病院」


「病院?」


 病院、という言葉に、そいつは反応した。



「どうしたの?」


「病院……。なんか、気になる」


「もしかして、そこにいるの? ってことは、入院してるの?」


「そのロウという者は、どこの部隊なんだ?」


「部隊? 部隊は知らない」


「あー、じゃあ、どんなやつなんだ?」


「うーん、見た目が違う可能性はあるけど、ぼくと同じくらいの子供だと思う」


「子供、だと?」


「うん」


 あそこに子供は1人しかいない。



「おまえ、あそこにいる子供が誰なのか、わかっているのか?」


「ロウだよ」


「そーいうことじゃねえよ」


 思わず口調が粗くなった。

 俺のその態度が珍しいのか、伝達係は少し驚いた顔をした。


 ここじゃ俺は冷静沈着な司令官で通ってる。


 だがそれも、もうどうでもいいような気がしてきた。



「いったい誰なのよ」



 こんな機密事項をこいつらに言うべきではないのはわかっている。

 それでも、これはきっと、必要な事なのだ。



「あの病院は軍専用で、軍人しか入れない。が、唯一そこで入院している子供がいる。名をローテシウ・シュトレーベ。この戦争の引き金となった事件の唯一の生き残りであり、敵国、つまりおまえがいたところの国の、今は亡き国王の息子だ」



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