第23話 シアン
そいつはでけえ図体で俺を見下ろしながら、やたらとキラキラした目でこっちを見てきた。
なんか無性に殴りたくなった。
「司令、失礼します」
「どうした?」
俺は顔もあげず、いつものように書類をにらんだまま返事をした。
重苦しいコンクリートむき出しの部屋の真ん中には縦長の大きなテーブルがあり、書類が山のように積んである。すべてこの戦争に関する資料だ。
その周りには10のパイプ椅子がきれいに並べられていた。
だがここに座るやつなんざ、誰もいない。
この部屋には、俺1人だけだ。
作戦に関する指示は伝達係を通して伝えてもらうことになっているため、俺はこの部屋から出ることはほとんどない。
この深緑色の軍服も、きれいなままだ。
俺はこの部屋にいながら、多くの人間を殺している。作戦に参加しているのは、顔も見たことないやつらばかりだ。
長引く戦争に、人員は不足していく。
今では文字や文明の利器を使わない少数民族も戦闘員として戦わせている。報酬として食料や物資を提供することで、なんとか戦ってもらっている。
こうしている今も、誰かが俺のせいで死んでいる。
人でなしのクズ指揮官。
それが俺だ。
そんなある日。
「おかしな2人組が来ていまして」
伝達係が妙な話を持ってきた。
「片方は白服で、5地区担当の戦闘員です。もう1人は黒服で見た目は子供に見えますが、彼らが言うには、敵国の兵士だそうです」
「捕虜か……、ん、まて、5地区ということは……」
「はい。あの5地区です」
俺は顔をあげ、目を見開いた。
そこは広大な森林地帯で、敵国とは陸続きになっており、その国境付近で戦闘が行われている。
そして5地区は全ての戦場のなかで、もっとも不気味かつ苦戦している区域だった。
敵の姿が一向に確認できていないからだ。
どこからともなく飛んでくる弾丸。画期的な兵器を導入しているとしか考えられない。しかも夜でも正確に撃ってくる。
あれほどの距離がありながら、確実にターゲットを撃ち抜けるほど精密な機械を開発できるのなら、こそこそと隠れるように攻撃してくる意味はなんだ。
相手陣地に爆撃を投下した際、何度か偵察隊を向かわせるとに成功したが、そこに人の姿は見当たらなかった。それだけでなく、大きな兵器すらなかったらしい。
だとすると、向こうから飛んでくる弾を撃っているのは何だってんだ。幽霊かなんかか?
「実際に使用していた武器も持参しているようでして」
「それが本物なら、解析すれば対策が練れるかもしれないが、そいつが敵国の兵士だという証拠はあるのか?」
「いいえ、今のところはありません。ですがその子供の容姿が、ですね……、今まで見たことのないくらい、こう、不思議といいますか、現実離れしているといいますか……。少なくともこの国にはあのような人間はいないのではないかと思います」
「容姿……?」
いよいよ幽霊のお出ましか。
「それと、おかしなことを言っていまして」
「なんだ?」
「『シアンに会わせて。イトとゼンタが来たって言って』と。何のことか、ご存知ですか?
「……いや、全くわからないな。もう1人はもしかして、花の入れ墨の部族か?」
「え? あ、はい。先程2人の身体検査を行ったのですが、白服の戦闘員は体に花の入れ墨をしていました。あの……、どうしてご存知なのですか?」
伝達係は驚きの目で俺を見た。
俺のせいで死んでいく者たちの顔を、俺は知らない。だからせめて、そいつらがどんな奴らだったかを知っておきたかった。
俺が奪った命が、何をして、何を思い生きてきたのかを、知らなくてはならないと思った。
いま5地区に派遣している人間のなかに、その風習をもつ部族の者がいたのを思い出した。
自然を愛し、自然とともに生きることを誓った部族が。
今来ているのはそいつではないかと、なぜかふと頭に浮かんだのだ。
「たまたまだ」
だがこれは俺のエゴだ。
誰かに聞いてもらう話じゃない。
「子供は右腕に黒いアザがありました。ナイフでの切り傷だと言っていますが、そうは見えませんでした。ほかは特におかしな点は見当たりませんでした」
うーん。
「どうしましょう」
どう考えても怪しい。
そのシアンとかイトという言葉が実は暗号で、ここに紛れ込んでいるかもしれないスパイとの接触を図るために来た可能性もある。
重大な機密事項を暴くために来たとか、ここを爆破するために来た可能性だって、充分にある。
だがなぜか、そいつらに会わなければならないと、俺の直感が告げていた。
そんな感覚を信じるなんて、どうかしているが。
「そいつらを通してくれ。私が直接話をする。もちろん拘束はしてくれ。武器も回収を」
「はっ! 承知しました!」
伝達係は敬礼すると、急いで出ていった。
「シアン、イト、ゼンタ」
俺は何かを確かめるように、その言葉たちを何度も繰り返した。
急にタバコが吸いたくなった。
この戦争が始まってから一度だって吸ったことはなかったし、吸いたいと思うこともなかったのに。
2人を司令室へ連れてきてもらった。
報告にあった通り、そいつは同じ人間とは思えない姿をしていた。
マジで幽霊に見えるな。
「シアン! 黒髪!? 黒目!?」
シアン?
そいつは俺を見て興奮した様子で近づいてきた。2人とも両手は後ろで縛ってある。武器も回収した。何もできないはずだ。
それにしてもでかいな。となりの男もそれなりにでかいがこいつはさらにでかい。
あと視線がウザい。黒髪と黒目なんて大勢いるだろうが。
「こいつがそうなの? なんか、タイプじゃない」
「はは。それ向こうでも言ってたよ。あ、でもシアン見た目はちょっと違うよ。髪も目もこんな魔王みたいな黒じゃなくて、水色って感じだったよ」
白服の戦闘員は顎に手を当て、俺を値踏みするように見てくる。
こいつの視線もウゼェ。あと魔王ってなんだよ。
「きみが、敵国の兵士か」
「きみ?」
そいつはなぜか首をかしげる。そして俺をなめ回すように上から下まで見てくる。
「おい! それ以上近づくな。ここへ座れ」
伝達係が白髪を注意し、ギーっとパイプ椅子を引っ張る。白髪は一瞬椅子に視線を落とし、伝達係を見つめた。
「ねえ。この人は、シアンの仲間?」
伝達係は白髪に指をさされ、不愉快そうな顔をした。
仲間、という言い方はどうも違うなと思ったが、今はそんなことはどうでもいいだろうと適当に頷いた。
「シアンにも、仲間がいるんだ……」
それがどうしたってんだよ。なんでちょっとしゅんとされなきゃなんねえんだ。
「あ、それとさ、さっきから気になってたんだけど」
さっき一瞬見せた悲しそうな表情はどこかへ行き、もう別のことに関心がいったようだ。
落ち着きのないやつだな。
さっさと座ったらどうなんだ。
あと、やけに馴れ馴れしい。
「何か?」
「あ、やっぱり言えない。言ったら怒られるから」
「ふん。おまえのような者の言葉で司令が心を乱されることなどない」
伝達係が少し馬鹿にしたように言った。まだパイプ椅子を掴んでいる。
「えー、じゃあ言っていい?」
「ああ」
俺は腕を組む。
怒らせられるもんなら、やってみな。
「シアン、背が低くない?」
ピキッ。
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