第22話 ゼンタ その2


「か、彼らは仲間だ。殺さないでほしい」


 あたしは思わずそいつと仲間の間に割って入った。



「仲間?」  



 そいつは疑わしそうな目で彼らをじろじろと見て、

「ゼンタ、ぼくら以外に仲間がいるんだ……」

 と弱々しい声で呟いた。



 その声は、どこか寂しそうだった。







 バンッ!!





 突然、銃声が聞こえ、近くの木に穴があいた。


「いっ、うわあっ!! 攻撃だ!」


 敵が狙っている。



「まずい! 別のやつの射程距離に入ってるんだ!! おまえら先に行け!! こいつは俺が背負って戻る!」


 あたしは倒れている仲間を起こそうとしゃがむ。



「やめろ! そんなやつもう置いていけよ!!」

「いいから、早く行け!!」




 またしても弾がとんでくる。

 あたしは間一髪のところでそれを避け、なんとか仲間の体を起こす。

 



「ねえ、もう銃取ってもいいよね?」


 そいつは特に慌てる様子もなく、よっこいしょと地面に置かれた大きい方の銃を手に取った。



「何してるんだ! おまえも早くここから」

「ゼンタ、ぼくが時間をかせぐよ」



 そう言って銃を担いだ。

 再び、遠くでバンッという音が聞こえたが、すぐさまこいつも撃った。



「何を――?」

 


 いったい何を撃ったのかと思ったが、少し先の空中で火花が散った。



「……まさか」



 その弾は、向こうから飛んできた弾にあたったのだ。



 あたしだけでなく、走りはじめていた仲間たちも振り返り、それを見て思わず足を止めた。



 偶然――?




 また向こうから音がなった。

 そしてこちらも撃つ。



 弾はあたしたちには届かず、またしても火花を散らして弾けた。



 あたしも、仲間も、啞然とした。



 そんなことが可能なの?

 この暗闇のなか、向こうから飛んでくる超長距離砲撃を相殺するなんて――。




「おまえは、いったい、何者だ?」



 あたしはそいつの背中に問いかけた。



「ぼくはイトだよ!」


「イト……」



 なぜかしら。

 その名前を何度も呼んだことがあるような気がした。



「ゼンタ、一緒に行こう。シアンとロウも待ってる」



 イトは満面の笑みを浮かべて、あたしに手を差し伸べた。



「行くって、どこへ?」


「どこかはわからはいけど、なんとなく、2人の場所がわかる気がするんだ。神様のおかげかな」


「神様?」


 

「その人は向こうの人に預けて来てさ、今から一緒に行こう?」


「なぜ、私と一緒に行く必要がある?」


「約束したからだよ。4人で集まって、故郷の話をしようって」


 さっきから何の話をしているの?



「それは、本当に私なのか? 勘違いだと思うが……」


「ゼンタは忘れてるだけだよ。神様が言ってたんだけど、直前に3人は死んじゃったから、記憶が不安定になってるんだって。でもみんなと会えば、思い出すってさ」



 馬鹿げた話だと思う。

 会ったばかりの子供の言葉、しかもそいつは敵であり、人殺し。

 


 だけどあたしも人殺しだ。

上の命令に従い、敵をおびき寄せ、集まったところを爆撃で一網打尽にする。

 まさかその敵のなかに、こんな子供までいたなんて。いままで死んでいったひとのなかにも、子供がいたのだろうか。

 

 他の方法はないのかと考えない日はなかった。こんなあたしでも、何かできることはないのかと。

 


 この子、イトと一緒に行けば、何かを変えることができるかしら。


 ずっと探し求めていた光が、見えた気がした――。





「場所は、どっちの方向かわかるか?」



 イトはあたしに差し出した手を上にあげ、ある方向を指差す。

 そちらは、あたしたちに命令し、この戦争を指揮している者たちがいる軍事施設がある方向だった。



「わかった。だがまず仲間をアジトへ運ばなければならない。行くならそれからだ」



「うん! うん!」


 イトは喜びを顔にみなぎらせた。

 そんなに嬉しいの。



「ぼく見た瞬間ゼンタってすぐにわかったんだよ! 神様からもらった力、ちゃんと効いてる。そういえばさ、ゼンタは神様に髪を長くしてほしいってお願いしてたのかな? 今すごく短いもんね」



 本当に何を言っているのかさっぱりだった。

 だけど、なぜかその声は心地よく、あたしの強張っていた表情もいつのまにか緩んでいた。



「ゼンタ、その人ぼくが運ぼうか?」


「いや、おまえはそのままそちらを警戒してくれ」


 あたしはイトに後ろを見てもらいながら、森を歩き始めた。


「わかった。それか、当分撃ってこないように、向こうの銃壊しておこうか?」



 その突拍子もない言葉に思わず足をとめた。



「壊す? 壊すって……どう、やって?」


「撃って」


「どこから?」


「ここから」



 ここから……?



「ここから、あんな離れたところにいるやつの銃を?」


「そう」


「見え、るのか?」


「うん」


「あー、えー、そうだな、あー、そんなことができるのか?」


「うん」


 イトはなんてことないように頷いた。



「そうか……。じゃあ、やってもらおうか」


「はーい。わかったー」


 なんだか驚くのにも疲れてきた。



「だが」

「殺すな、でしょ? わかってるよ。いつも言われてたんだから」


「あ……ああ、わかってるなら、いい」



 イトは少しだけ体を右方向に向け、一発撃った。そして今度は少し左を向き、また一発撃った。


「はい、おわりー」



 それが終わったのかどうかなんて、ここからわかるわけがない。

 けれどそれを証明するかのように、あちらからの攻撃がピタッと止んだ。



 いったいどうなってるの。



「ねえゼンタ」


「なんだ?」


 ついつい返事をしてしまったが、あたしの名前はゼンタではない。

 まあ、そんなことはもうどうでもいいか。



 イトは大きな銃を背中に背負い、小さい銃口は腰へしまった。あたしは仲間をおぶり、並んで森を歩きはじめた。



「ゼンタってさ、どうしてここに戻って来たかったの? あんまり楽しそうじゃないのに」


「戻って?」


 またしてもわけのわからないことを言ってくる。



「別の場所にいて、楽しく旅してたのに、それでもここに戻ってくる理由ってなんなのかなって」


 あたしはそれが本当かどうかはひとまずおいておいて、それを自分のことに置き換えて考えてみた。



「自分だけが幸せになっていいわけがないと、思っているから、かもしれない」


「?」



「大切な人を殺されて、自分だけが生きていて、そして自分も人を殺している。そんな地獄みたいな場所だが、どこにいてもそのことを忘れることはできない。ずっとそれに縛られて生きていく。私はこの戦争から逃げてはいけないんだ。死んだ者たち、殺した者たちから、目を背けてはいけない。戦争を終わらせる、そのために、何かをしなくてはならないから。

 だから、その、別の場所? とかいうところにいても、きっとここのことが気がかりで仕方がないだろうな」



 あたしは弱々しく笑った。



「そっかー」


 イトは空を見上げ、息を吐いた。



「ゼンタは、ずっとがんばってたんだね。えらいね」




 頑張ってた――。


 思いがけないそのねぎらいの言葉が体に染み込み、なぜか、無性に泣きたくなった。




「……アジトに行くということは、おまえにとっては危険なことだ。拷問をうける可能性もある。おまえが目指す場所にすぐいけるかどうかもわからない。距離があるから歩いて行くには時間がかかる。水と食料が手に入れば行けるかもしれないが」



 あたしはわざと話題を変えて、感極まる気持ちを落ち着かせた。



「食料……?」


「どうした?」


 イトの足が止まった。

 何かおかしなことを言ったかしら。



「食べ物……」


 イトは繰り返し呟き、表情を欠いた目で空中の一点を見つめた。



「なんか、変だ……。お腹、すかない」



 それの何が変なのかわからず、特に突っ込むことはしなかった。



 その意味を、考えようとはしなかった。


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