第21話 ゼンタ


 あたしが声をかけると、そいつは驚いたのか、ビクッとして固まった。



 それを見てなぜだか、

 ああ、この人には、まだ心があるのね。



 そう思った。







「早く殺れ! 殺らないなら俺が殺るぞ!」

「おい! オレに殺らせろよ!」

「その前に身ぐるみ全部剥がそう! うす汚え顔を拝んでやる!」

「ただ殺すだけじゃだめだ! たっぷりと痛めつけて、拷問してからだ! 情報を聞き出す」

「これまでの怨み、思い知らせてやる」

「ビビって固まってるぞ! 逃げられる前に拘束しよう!」



 木の裏に隠れながら、仲間は誰がこいつを始末するか、どうやって痛めつけるかで揉めていた。



 本当、嫌になる。



 仲間が撃たれたっていうのに、そのことはもう頭にない。

 眼の前に現れた敵のほうが、よぽど人間味があるように感じた。



 だけど、彼らも元からこうだったわけじゃない。家族、大切な人を殺され、残っているのは敵を根絶やしにしてやろうという復讐心だけ。すべて戦争のせいだ。



 そして、彼らことをとやかく言う権利は、あたしにはない。あたしは復讐することに疲れてしまった、ただの抜け殻。命令を遂行するだけの、人殺しの道具でしかない。


 以前のあたしなら、きっと彼らと同じような言葉を吐いていただろう。





「おい、おまえ」


 あたしはそいつにナイフを向け、もう一度話しかけた。

 そいつはまたビクッと反応したけど、応答がない。


 まさか、言葉がわからないの? 言語は同じはずなんだけど。



「おまえ、言葉は、わかるか?」


「…………あ、うん! わかる!」



 少し間をおいて、そいつはなんとも緊張感のない返事をした。

 子供みたいな口調ね。



 だけどこんな大きな子供がいる?

 190くらいあるように見える。

 気の抜けた返事も、油断させて攻撃するための作戦かもしれない。


 敵とここまで接近するのは初めてだ。何が起こるかわからない。あたしの体は緊張で満ちていった。



「おまえが、こいつを撃ったのか?」


「うん……」


 服とメガネのせいで顔は見えないが、叱られた子犬のようにうつむいた。



「外したのは、わざとか?」


「えっ!?」


 そいつはパッと顔をあげ、倒れている仲間を見る。

 仲間は腹部を撃たれていたが、ギリギリ急所は外れている。



「いき、てるの……?」


「? おまえがそうしたんだろ?」



 そいつはじっと地面の1点を見つめるように棒立ちになっていた。



「ぼく、無意識に、外したんだ……。よかった……」


 それはあたしにしか聞こえていなかったけれど、ほっとしたように漏らしたその言葉は、本心なのだとなぜかわかった。



「おまえ、顔を、見せることはできるか?」


「うん。いいよ」



 こいつはどんなやつなんだろう。あたしは単純に興味がわいてきた。

 普通ならこんな状況で顔を見せるやつはいないと思うけれど、そいつは言われるがままにフードやサングラスを外していった。



「はい。これで顔、みえてるかな?」





 ……驚いた。

 あたしだけでなく、ガヤをとばしていた他の仲間も息を呑んだ。





 そいつは、およそ同じ人間とは思えないほど、神秘的な容姿をしていた。


 夜風に揺れてキラキラと輝く白い髪、大きくて真珠のような白い瞳、透き通るような肌。

 暗闇を照らす月のような、空想の中から飛び出てきたような、人間離れした美しさだった。



 あたしたちはそいつが敵だということを忘れ、しばらく釘付けになっていた。



「あとは? どうしたらいい?」



 そいつに話しかけられて、あたしは我に返った。



「あっ……、ええと、そうだな……。その、銃を、地面に置いてくれないか?」



 あたしは毒気を抜かれてしまったかのように、普通のトーンで話しかけていた。



「わかった」


 そして、なんの迷いもなく、2つの銃を地面に置く。



 不思議なくらい従順なんだけど。

 こいつは本当に、敵なの?



「それで?」


「3歩、後ろへさがってくれ」


「いち、にー、さん。はい。さがったよ」



 よし。とりあえず武器から離すことには成功した。

 これですぐに攻撃されることはない。


 木の裏に隠れていた仲間も安心したのか前にでてきた。



 そいつは次の指示を待っていたけれど、あたしを見て首をかしげた。



「ゼンタ、なんか、話し方違うね。シアンみたいだ」



「……何の、ことだ?」



 さっきから言っている『ゼンタ』とは、あたしのことを言っているのだろうか。



「あっちでは、あたし〜とか、いやだわあ〜とか、タイプじゃないの〜とか、もっとくねくねした話し方だったのに」



「!?」


 息が、止まるかと思った。

 どうして……。



 それは、誰にも打ち明けたことのない、あたしの秘密だ。




 そいつはあたしを見つめる。まるで全部知っていると言わんばかりに。

 あたしの体が板のように硬直した。




「はははっ!!」

「男がそんな女みたいな話し方するわけねえだろ。なあ?」



「あ、ああ。人違いだな……」



「やめなさいよねえ〜」

「やだあ、あなた、あたしのタイプよお」

「うおっ、気持ちワリイ! 寒気したわ!」


 3人が馬鹿にしたように騒ぐ。



「ははっ……」



 乾いた笑い方しかできなかった。

 本当の自分のことなんて、誰にも言えるはずなかった。



 こいつらは仲間といっても、戦争のためにさまざまな地域から集められただけの集団。みな少数民族の出身で、戦争の道具としてこき使われている。


 こんな着慣れない服を着て、持ったこともない武器を持たされて、自由を奪われて。この白い軍服も、目立つために着させられているだけにすぎない。これだけ白くては、敵に撃ってくださいと言っているようなものだ。おかげで夜でもよく見える。

 



 仲間が笑っているのを見て、そいつは眉をひそめた。



「ねえ、ゼンタ、この人たちは人間? 人間じゃないなら、殺していい?」



 そいつは彼らを指差し、あたしに聞いてきた。



「あ? 何言ってんだガキ」

「誰を殺すって?」


「そのしゃべりかたの何がいけないの? 自分の好きなようにしゃべればいいでしょ? それ以上ゼンタのことを悪く言うと、殺したくなっちゃうんだけど」



 こいつは、あたしのために言っているのだろうか?



「へえ、やっぱおまえ、頭おかしいわ。平気で人を殺しまくる異常者だ。おまえの仲間もみんなそうなんだろ?」


「何も知らねえガキのくせして。調子のってると、殺すぞ?」




「やってみれば? その前に殺すけど」



 そいつの雰囲気が、変わった――。


 

 銃は数歩先に置いてある。反撃しようとしてきても、こちらがナイフを投げつけるほうが速い。

 この状況で何ができるわけでもないのに、こいつに睨まれた仲間は、まるで化物でも見たかのように青ざめていった。風が刺すように冷たくなり、背筋が凍った。



 手を出せば、確実に殺される――。

 そう思わせる何かが、こいつにはあった。





 

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