第20話 イト
バンッ、バンッ。
バンッ、バンッ。
バンッ、バンッ。
何かの音がする。
規則正しく何かが聞こえる。
遠く離れたことろから、音がする。
聞いたことのある音だ。
ぼんやりとそんなことを思いながら、ゆっくりと目を開けた。
目を開けてもそこはまだ真っ暗だった。だけどぼくは暗闇でも物を見ることができるから、別に問題はない。
地べたに寝転んでいた。
土の匂い、ひんやりとした風が吹いていて、ザーッと木々の揺れる音がする。
体を起こそうとすると、コンっと硬いものが体にあたった。
何かを抱えながら寝ていたみたいだ。
これは、銃だ――。
大きな銃。ぼくの身長と同じくらいあるんじゃないかな。
ゆっくりと体を起こした。
真っ黒の服を着ていた。真っ黒のズボンに、真っ黒の上着。上着にはフードがついていて、それをおでこが隠れるくらいしっかりと被っていた。
上着のファスナーも一番上まであげられていて、それが鼻まで隠れるようになっていた。
それから黒いメガネ。
全身真っ黒な物で覆われていて、肌がまったく見えない。
腰には、小さな銃が入った袋がさげてあった。
他には何も持っていなかった。
持ち物は、2つの銃だけ。
あたりを見回した。
森の中だ。
バンッ、バンッ。
また音がした。左からだ。
近くで誰かが撃ってるんだ。
バンッ、バンッ。
今度は右からだ。
ぼくは気になって、とりあえず右に進んでみることにした。大きな銃はベルトがついていたので、背中に背負った。
代わりに小さいほうの銃を手に持ち、何かあってもすぐ撃てるようにしておいた。
少し歩くと、ぼくとまったく同じ格好をした誰かがいた。
大きな銃を肩に担いで、正面に向かって撃っていた。
「ねえ、ちょっといい? 聞きたいことがあるんだけど」
ぼくは声が届く距離まで近づいて話しかけた。
だけど、何の反応もなかった。
何度か話しかけたけど、やっぱりダメだった。
思いきって近づいて、肩をトントンとしてみたけど、それでもこっちを向いてくれないし、返事もしてくれない。
ずっと前だけを見て、たまに撃って。
戻って左にいた人にも同じことをしに行ったけど、結局ダメだった。
どうすればいいんだろう。
そのとき、空から何かが降ってくる音がした。次にドカンと大きな爆発音が聞こえて、地面がグラグラ揺れた。
「えっ? なにこれ?」
思わず声がでた。
ぼくが戸惑っていると、ぼくに似た格好の誰かは一目散にそっちに走っていった。
さっきまで声をかけても何の反応もなかったのに。
「まって!」
ぼくは気になってついて行った。
走っていると、爆発音がしたところから煙が上がっているのがみえた。
近づくにつれて焦げくさいにおいもしてきた。
そこには大きな穴があいていた。
爆弾が落ちたのかな。
ぼくが持つ銃と同じ物がいつくもあたりに落ちていて、それからぼくと同じ服装の誰かが何人か倒れていた。
爆発に巻き込まれたのか、体がぐしゃりとまがったり、なくなったりしている。
だけど血がでているようには見えない。
倒れている人のフードが風でめくれて、ちらっと白い髪がみえた。
ぼくと同じ色だ――。
あれ、なんでぼく、自分の髪が白って知ってるんだろ。
ぼくより先に来てた誰かは落ちている銃を回収していた。
死体はどうするんだろうと思ってみてたら、不思議なことに、死体がどんどん小さくなっていったんだ。
服がシワシワになっていって、まるで風船がしぼんでいくみたいだった。
中身はどうなってるんだろう。
あの爆発のせい?
さっき見えた白い髪も見えなくなっちゃって、誰かがいたところには服だけが残っていた。
銃を回収していた誰かはその残された服も拾っていった。
さっきまで誰かが着ていたはずなのに、本当に消えちゃった。
そこにあったものはまたたく間に回収されて、もう何もなかった。
誰かたちは銃と服を持って、後方へと走っていった。
ぼくはついていこうか迷ったけど、なんとなくそうしたくなくて、もといた場所までトボトボと戻った。
木にもたれながら、いろいろ考えてみた。
ここはどこなんだろう。
ぼくは何をしているんだろう。
とても静かで、聞こえるのはたまになる銃声だけ。
さっきの爆発音みたいなのはあれ以来聞こえない。
しばらくそうしていると、正面の方で何かが動いた。かなり距離があるけど、木の側にちらっと白い何かが見えた。
それを見た瞬間、ぼくは無意識に背中の銃を肩に担ぎ、そして、
撃った。
その一発で、白い何かはパタリと倒れた。
そうだ――。
思い出した。
ぼく、これをしてたんだ。
いつからかわからないけど、ずっとこれをしてた。
『何か』を、撃ってたんだ――。
もし、もしも、あれが、『人間』だったら、どうしよう。
いままでぼくがしてたことが、『人間を殺す』ことだったんだとしたら――。
無性に気持ち悪くなった。
何かを吐くとか、そんな感じじゃなくて、自分のことが、すごく気持ち悪くなった。
そして、また、動く白い何かを見た。
まだ遠くてはっきりとは見えないけど、何かが動き回っている。
さっきぼくが撃った何かの側に、その何かがいる。
それを見た途端、また反射的に銃口をそちらへ向けてしまった。だけど、今度は引き金を弾くのをぐっと堪えた。
よく見ないと。
あれが、何なのかを。
暗闇に目を凝らす。
集中して見ると、動き回る人影がだんだん輪郭をおびてきた。
白いズボンに、白い上着。
銃とかは持ってないみたいだけど、手にキラッと何か光る物が見えた。ナイフ、かな。
見た目は、人間に見える……。
もう少しでちゃんと顔が見えそうだ。
「あっ――」
心臓をぐっと掴まれたみたいに胸が苦しくなって、体に電気がビリッて流れたみたいな衝撃があった。
そして、いても立ってもいられなくなって、大慌てでそっちに走っていった。
間違いない。
間違いない。
あれは、あの人は。
ゼンタだ――。
そうだ。
ぼくは、イトだ。
思い出した。ぼく、全部覚えてる。
約束したんだ。
みんなに会うんだ。
ぼくは走った。
どのくらいの距離があるかなんて考えてなかった。ゼンタのいたほうへ、ひたすら走った。
たぶんものすごいスピードで走ってたと思う。木がビュンビュン視界から消えていく。
ゼンタの他には、倒れている人と、あと3人。
もう少しで声を出せば聞こえそうなところまで来た。だけど、走る音が大きかったみたいで、向こうがぼくに気がついてしまった。
前からナイフが飛んできた。
ぼくは全速力で走ってたから、突然の攻撃をうまく避けられなくて、ナイフが右腕を少しかすめてしまった。
肌を軽く切った感覚はあるけど、痛みはまったく感じなかった。
向こうではケガしたら痛かったんだけどな。
ぼくは止まった。
向こうもぼくを見ている。
2人は木の後ろに隠れ、1人は前に出て松明を持っている。
それと、さっきぼくが撃った人は倒れたままで、そして……。
「……ゼンタ」
ゼンタがいた。
「ゼンタ。ゼンタ」
ぼくは何度も名前を呼んだ。
目と髪は紫じゃなくて茶色だし、あっちじゃ腰まであった髪はこっちじゃすごく短いけど、それでもゼンタだ。
「ゼンタ!」
ゼンタが近づいてくる。手にはナイフを持っていた。
そして……。
「おまえが、やったのか」
ゼンタはぼくを見て、そう言った。
その目は、ぼくの知らない目で、体がビクって固まっちゃうくらい、冷たい目だった。
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