第19話 託された願い
「じゃ、お先にどうぞ」
魔王は手のひらをドアへ向ける。
ロウはドアノブに手をかけた。息を吐くと、腹の傷がズキッと痛んだ。
ロウは行き先を念じ、ドアを開けた。
そこは、暗い場所だった。灯りがなく、何も見えない。
目をあけられないロウにとっては明るかろうが暗かろうが関係のない話ではあるが、それでも静かすぎるその場所の雰囲気に、心臓が激しく鼓動する。
足を踏みだし、気配を探る。
「くらいね。光を――」
魔王がロウの後ろからヒョイと前を覗き込みながらそう言ったとたん、
剣が振り下ろされる音がした。
魔王はさっとロウの後ろへと引っ込む。
ロウの体からブシュッと血が吹き出し、そのままゆっくりと前へ倒れた。
暗闇の中に人の気配がする。
どうやらロウは暗闇に潜んでいた見張りに斬られたようだ。
「あらら、死んじゃった」
魔王はロウの遺体を見下ろす。ロウが死んだことで、通ってきた扉も消えた。
両サイドから人の殺気を感じ、魔王は姿も確認せず小さな針を数本作り空中に浮かせ、相手の体に次々と突き刺した。
攻撃自体は地味なものだった。姿の見えない相手に、当てずっぽうで針を刺しまくる。
一撃で仕留める魔法を使わなかったのは、イトに魔力を感知させないよう、最小限の魔力に留めたかったのだ。
人影は剣を振り上げたままピタッと止まると、そのまま倒れ動かなくなった。
暗くて見えないが、大量の針が体に刺さっているのだろう。
「狭いなあ」
2人すれ違うのがやっとの幅しかない、細長い通路だった。暗闇のせいでどこまで続いているのかわからないが、しばらく進んだ奥に大きな魔力を感じる。
イトがいる部屋だ。
魔王は魔力を消し、気配を頼りにゆっくりと歩いた。
魔王は先程の3人との戦いを思い出し、もうあんなへまはしないよう、まず魔力探知で部屋の状況を確認した。
「魔力の反応は、国の結界だけ。魔法の武器もなければ、シールドも張ってない。すべての魔力を結界に注いでいる。これじゃ、そもそももう他のこと何もできないじゃない」
魔王は小声で呟いた。
確実に部屋へと近づいているが、依然イトの魔力に変化はなかった。
魔王は確信した。
気づかれていない、と。
そして、扉の前に来た。
暗くてよく見えないが、かなり頑丈な扉のようだ。
監獄みたいな場所だと魔王は思った。この扉を壊すのはかなり強力な攻撃でもない限り不可能だ。外部の音も、きっと聞こえていないだろう。
魔王はドアノブに手をかける。
魔王は再度イトの魔力を探るが、やはり変化はない。
魔王は息をとめ、扉をあけた。
魔王はあけた瞬間、部屋の灯りが差し込むだろうと思ったが、通路同様何も見えなかった。
どうやら部屋も真っ暗なようだ。
魔王は光を出そうか迷ったが――。
バンッ!!
「……!?」
部屋の灯りがつく。
そこにいたのは、間違いなくイトだった。
イトは部屋の真ん中に立ち、その手には、すでに銃が握られていた。
そして、魔王は胸を撃たれていた。
どうして――?
魔王は確かに確認した。魔力探知では何も引っかからなかった。結界の魔法しか使っていなかった。武器なんて出していなかったはずだ。
違う――。
イトが握っているその銃は、魔法で作ったものではなく、実物の銃だった。
この銃は、魔王と戦った街で、イトがたまたま拾い使っていた銃だった。
シアンに見せようと、持っていたものだった。
消えゆく意識のなか、魔王は自身の失態を悔いた。
そうだ。
何も魔法だけが魔王を殺せるのではない。ナイフでも槍でも銃でも、人が魔王を殺せるものはたくさんある。
魔王も所詮は人間なのだから。
魔王は、まさか自分がそんなものにやられるとは微塵も思っていなかった。ただの銃なんかに、自分が殺されるわけがない。
はなから魔法での勝負しか頭になかったのだ。
だが、だからといって、この暗闇でなにも見えないなか、一発で急所を撃ち抜くなど、誰にできようか。
最初の一撃が別の場所にあたってさえいれば、魔王は2発目を撃たれる前にシールドを張れたはずだった。
イトのもつ才能を、魔王は知らなかった。
暗闇だろうがなんだろうが、イトは必ず一撃で敵を倒せることを。
「ガキだな」
「経験値が違うのよ」
ゼンタとシアンの笑い声が魔王の頭に響く。
これで、終わり――。
魔王は思った。
私はいったい何だったのだろう、最後まで何もわからないまま、死ぬんだ。
どうすればよかったんだろう。この黒い感情をコントロールすることができれば、他の道があったのかな。普通に生きることが、できたのかな。
今更後悔しても遅い。
だけど、一つだけわかっていることがあった。
それは、私は、また生まれてくるということ。今回はまだまだ殺し足りなかったけど、また今度やればいい。
それにしても、いつまで続くんだろう。
きっと、ずっとこれの繰り返しなんだ。
いつかこの繰り返しが終わる時がくるのかな。
本さえ見つかれば、こんなことをしなくても、よかったのかな。
本当は、私だって――。
「ぼく、やったよ」
動かなくなった魔王を見下ろして、イトは無事に役目を果たしたことに安堵した。
廊下に出て灯りをつける。
するとかなり先に倒れているロウを発見した。
「ロウ? ロウ? ねえ、ぼく、魔王倒したよ?」
イトは駆け寄り、動かなくなったロウの体を優しく揺らした。
「シアンとゼンタはどこかな? ロウはドアで来たんだよね。2人は別の場所かなあ」
イトはあたりをキョロキョロする。近くで死んでいる見張りのことは目に入っていないようだ。
「あ、ロウメガネしてないんだね。だから目を開けられないんだね。よし。ぼくが運んであげるよ。2人のところ、一緒に行こうね」
イトはロウを背負う。
すると、階段を降りてくる足音が聞こえた。
別の見張りだった。
「これは!?」
血まみれの通路を見て、ただごとではないことが起こったのだと見張りは驚愕する。
「どちらへ!? その男性は!? 向こうにいる人は!? いったい何が!?」
「ああ、あれ、魔王だよ。殺したから、あとはよろしく」
見張りは驚きのあまり、口をパクパクさせた。
「なっ!? どういうことですか!?」
イトは慌てふためく見張りの横を通り抜けよつとした。
だが、見張りが道を防ぐ。
「待ってください! どこへ行くのですか!?」
「なあに?」
「事情を話してください!」
「いま、そんな気分じゃないんだ」
「気分などと言っている場合ではありません! 事情を」
「どいて」
兵士は戦慄した。
イトの冷たく凍るような声と目に、邪魔をすれば、間違いなく殺される、そう思った。
見張りは道をあけ、イトを通す。
「あの……。その背負っている方は、もう……」
イトはちらっと振り返る。その目に光はなかった。
兵士はその場から動くことができず、イトを止めることはできなかった。
イトは長い階段を上る。イトは地下にある部屋にいたのだ。
ほとんど牢獄に近い仕様がなされている部屋だった。外を見ることもできず、外の音も聞こえない部屋だった。
そこから久しぶりに出た。
「ロウ、今日は重たいね。前より重たくなったんじゃない? ほら、昔ロウが倒れたときドアが使えなくて、近くの村までぼくがずっとおぶってたことあったよね。シアンとゼンタは腰がいたいとか腕がいたいとか、しょうもない言い訳するから、ぼくが運んだんだよ。
でもほんとは、シアンは歩きながらロウの目を治せないかずっと試してたし、ゼンタは少しでもロウがよくなるように、魔力を渡してたんだよ。2人とも素直じゃないよね」
返事が返ってくることはない。
「早く2人に会いたいね。シアンにこの銃見せなきゃ。お腹もすごく空いた。何か食べたいな」
それでも、イトは話しかける。
「なんだか、眠たく、なってきたかも。……どうしてだろう。ぼく何も攻撃、うけてないよね」
一歩一歩が重く、なかなか前に進まない。
「まえが、よく、見えない……」
視界が狭まる。
「ロウ、ごめんね。ちょっと……、あれ? ロウ?」
振り返ると、背負っていたはずのロウがいなかった。
「あれっ? なにこれ」
あたりが真っ白になった。
お疲れ様でした。
「……だれ?」
あなたがたを呼んだ者です。神、と呼ばれることが多いですね。
「神? ああ、神様か。久しぶりだね」
はい。お久しぶりです。
「ロウはどこ? 一緒にゼンタとシアンに会いに行かないと」
みなさん、この世界にはいません。もとの世界へと戻りました。
「ああ、そうなんだ。魔王を倒したんだもんね。よかった」
はい。本当にありがとうございました。
「楽しかったよ」
魔王を倒してくださったお礼に、あちらで一度だけ使える魔法を授けます。
「ああ! そうだね。ええとね、向こうでみんなに会えるようにしてほしい」
わかりました。みなさん、いる場所はバラバラなので、イトさんには、3人の居場所がわかるようにしておきます。
「うん。それでいい。自分で探すよ」
わかりました。
「あ、あとさ、ちょっとお願いごとがあるんだけど」
なんでしょう?
「えっとねー、」
……わかりました。
「じゃ、よろしくね。さよなら」
イトさん。
「ん?」
必ず、またみなさんと会えます。どうか、信じて、進んでください――。
声が聞こえなくなり、イトの意識はどこかへ引っ張られるように、その体から離れていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。