第18話 なんのために
ロウは渾身の力を振り絞り、魔王に剣を振り下ろす。
魔王のシールドが砕け、ロウの剣は魔王の肩からみぞおちのあたりまでを斬った。
魔王も負けじと左手でロウの腹に触り、思いっきり魔力を込めで砲撃した。
お互いの攻撃が直撃し、少し後ずさりながら、それでもどちらも倒れない。
体は傷だらけ。立っているのがやっとだ。
ロウは魔王の生命力をあなどっていた。
この小さな体でまだ生きていられるなんて。
ロウは魔力がほとんど残っていない。
ロウたちは捨て身の作戦のため、魔力を使い切る覚悟でいたが、魔王はそうではない。万が一のとき、自身が逃げ切れるだけの魔力は残したいはずだ。
おそらく、魔王のほうが少しだが魔力が多い。
魔王は逃げる選択肢もあったが、馬鹿にしてきたこいつらを殺さなくては気がすまないらしく、ここで終わるつもりはないようだ。
心の奥底から、怒りが湧き出てくる。このまま逃げるなど、できるわけがない。
だが、こんな体でどう戦うのか。
魔王も体力の限界だった。
傷口を止血し、魔王はなんとか考える。
そして突然魔法で黒い槍を作ったかと思うと、ニヤッと笑い、ゼンタの遺体を槍で刺し始めたのだ。
ロウは目を閉じていたが、その気持ちの悪い音が何を意味するのか、すぐに理解した。
「何してる!! やめろっ!!!」
ロウは叫んだ。
ゼンタの体をシールドで覆うが、強度が足りず魔王の槍で壊れてしまい、魔王はまたゼンタを刺す。
「やめてほしい? じゃあさあ、白い子のとのろに、連れて行ってよ」
「!? イトさんの、ところに?」
「そう」
「……自分で、行ったらどうですか?」
「こんな体じゃ、無理だよ。あなた魔法ですぐに別の場所にいけるんでしょ? 街でやってるの見てたよ。あれ、やってよ。連れてって」
「……」
「それか、国の結界を無理やり破壊して、みんな殺してからあの子を探してもいいよ。好きな方選んで」
自分にはまだ余裕があると言わんばかりの物言いだった。同じくらい重症だというのに、魔王はまるでもう痛みなど感じていないかのように涼しい顔をしていた。
わずかに魔王の魔力がロウを上回っており、このまま戦っても勝てる見込みはない。
「……わかりました」
ロウはなんとか残りの魔力を絞り出し、扉を作った。それはなんの飾りもない、ただの灰色の扉だった。
「なんか、普通の扉だね。どのへんにつながってるの?」
「うっ……、イトさんがいる、部屋の、近くに……」
もう魔力が充分になく、いつものようなかっこいい扉を作る余裕はロウにはなかった。
下をむき、かすかに目をあけると、腹部を押さえる自身の手が血で真っ黒に染まっていた。
もう、時間がない――。
「ふーん。そこには誰かいないの?」
「見張りが、いる、はずです」
「じゃ、あなたさきに入ってよ。私その後ろついていくから」
「あなたなんて、イトさんなら、一発ですよ」
「確かに白い子の攻撃は速いけど、向こうが銃をかまえてるなら、私もシールドを出しておくだけの話だよ」
「あなたがシールドを出していれば、一度戦ったことのあるイトさんなら、魔王が来たと魔力で気が付きます。
イトさんがあなたと対峙した瞬間、国の結界をすべて解除すれば、イトさんの魔力は、余裕であなたを上回ります。今のあなたでは、到底太刀打ちできないでしょう。あなたの負けです」
「まあ、確かに、それは負けちゃうね……」
魔王はどうしたものかと考える。
「じゃ、警戒されないために、前もってシールドは張らないでおこうかな。そうすれば向こうも私が来たって気付かないよね」
「……死にますよ?」
「扉をあけた瞬間に撃たれても、私がそれより速くシールドを張ればいいだけの話だよ。私のほうが速いのはもうわかってる。
それに、4国分の結界を張っている間は、攻撃に回す魔力なんてほとんど残ってないでしょ? そんな弱っちい攻撃なんて、簡単に防げる。要は、結界を解除される前に白い子を殺せばいいの。それよりもさ」
魔王はくるっと振り返ってロウを見る。
「その力、便利だね。私もそれができれば、探し物すぐに見つかったのかな」
「さがし、物?」
「本」
「本?」
「どこかに、不思議な本があるんだって。そのことを聞いたとき、『それだ!』って思ったの」
不思議な本?
いきなりよくわからない話をされて、ロウは困惑した。
「私はなんのために、こんなふうに生まれたのか、それが知りたい。誰も同じ人はいなくて、私はずっと1人。だけど誰にも魔王だなんて言えないし、誰にも手伝ってなんて言えないし。だから、本を見つけて、それを読めば、自分が生まれた意味が、わかるのかもしれない。自分がなんなのか、知りたい」
遠くを見つめ、どこかかげりのある表情をした。そのときだけは、魔王がただの女の子に見えた。
ロウは同情するつもりはなかった。
だが、『なんのために生きているのか』、その意味を探す魔王の姿は、向こうでの自分と重なった。
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