第25話 ロウ
その人は、優しい声でおれの名前を呼んでくれた。
今日も、ここには誰も来ない。
おれは一生、こうして終わる。
こんな体で、何ができるんだろう。
窓のない殺風景な病室。
体にはたくさんの管がついている。食べることも排出することもできない体の処理を、代わりにしてくれている。
自分の意思では何もできない。
1ミリだって、どこも動かせない。
筋肉が弱らないよう、定期的に機械がおれの手足をほぐしたり動かしたりする。
目を閉じることだって、機械に頼らないといけない。まぶたを開閉するための機械か頭についていて、目が乾燥しないようにしてくれる。
だけど、寝たい時に寝ることも、起きたいときに起きることもできない。
呼吸もうまくできないから、酸素マスクは必須だ。
おれには、何もないんだ。
こんな体で、生きている意味なんてあるのかな。
死にたい。
だけど、それすらも言えない。
伝えられない。
ただ大事な証人として、人質として生かされているだけだ。
わかってる。
誰もおれを必要としない。
父も母も、小さな妹も、死んでしまった。
おれは1人だ。
死にたい。
ここからは空が見えない。
昔は大きな窓のある部屋だったから、空が見えたけど、今は窓のない部屋に移動させられてしまったので、何もない。
万が一、おれが襲われないように、との配慮らしい。窓から侵入者がくるかもしれないからと。
故郷のやつが、おれを殺そうとしているんだ。
おれたち家族の乗っていた飛行機が墜落したのは、偶然でもなければ、おれが今いるこの国のせいでもない。
国王、つまり父を邪魔に思い殺そうと計画していた者たちがいた。
彼らが行う非人道的な実験について、国王はずっと反対していた。おれはそれがどんなものなのか、具体的には知らないけど、危険なことだというのは、父の顔を見れば一目瞭然だった。
それにしびれを切らした者たちが企てた、計画的な犯行。
おれたちはこの国を訪問する予定だった。そこを狙われた。
ただ、飛行機が落ちた場所が想定外だったらしく、そこは他国、つまり今おれがいるこの国の領土だったんだ。
飛行機のなかでこの計画を聞かされた父は戦い、墜落するのを遅らせたのだ。
飛行機は運良く海の上に落ち、タイミングよくこの国の船が近くを通っていた。
おれはたまたま助かった。
「運が良かった」と、みんな言う。
これが――?
父も、母も、妹も死んで、おれのこの姿を見て、それでも「運が良かった」なんて言えるのか?
いつか真実をバラされるのではないか、国の反逆者たちはそれが怖いんだ。だからおれを狙っている。
やつらは国王の飛行機を墜落させたのはこの国だと主張し、俺を返せと要求しているそうだ。
こうしてこの戦争は始まった。
本当のことを知っているのは、おれだけ。
でも、おれは話せない、動けない。
何も伝えられない。
医師が何度も意思疎通を図ろうと試みていたが、何もできなかった。
この国は本当のことはまだ突き止めていないが、一応こうしておれを守ってくれている。
感謝、するべきなのかどうか、わからないけど。
唯一、心が安らぐ時間がある。
看護師がテレビをつけてくれるときだ。
テレビを見るのは楽しい。
特にアニメは大好きで、かっこいい武器とか服とか、戦闘シーンとか憧れる。
自分もそんな世界に生まれたかった。もしそんな世界があるのなら、そこに行きたい。
そしたらきっと、おれの体なんて魔法で治せるし、悪いやつらとも戦える。
それで、一生の仲間と出会って、一緒に旅をするんだ。
ありえないってわかってる。
でも、希望を捨てられない。
いつか奇跡が起こるかもしれないと思うことをやめられない。
神様に、願わずにはいられない――。
今日は久しぶりに看護師の手があいているみたいで、ベッドごと移動させて窓のある部屋に連れて行ってくれた。
ベッドを起こし、顔を窓のほうへと向け、外が見えるようにしてくれた。わずかな間だけでも、いつもと違う景色が見れるのは嬉しかった。
灰色の建物が乱立していて、向こうの方には大きな森が広がっている。
ほんの少し窓が開いていて、外のにおいがした。
ふと、何かが聞こえた。
バタバタと走り回る音がする。大きな話し声も。何かあったのかな。
看護師が何か怒鳴っているのが聞こえたが、それを無視するかのように足音はどんどん大きくなっていった。
そして、バンッ! と、誰かがドアを思いっきり開けた。
「会いに来たよー!!」
「静かにしろ!」
「あんたもうるさい! 病院なのよ!」
「なぜ私を叩くんだ? 馬鹿になったらどうしてくれる」
「おほはほ、こんなことで壊れるなら、よほど貧弱な頭なのねえ」
「なんかこんなやりとりあっちでもよく見たなあ」
誰?
顔を外に向けているせいで、そっちが見えない。
「あれ? なんでこっち向いてくれないんだろ?」
「あんたっ! なんてデリカシーのないことを!」
「どう見てもこいつにそんなのはないだろう」
看護師がその人たちを怒る声が聞こえた。何かを話しているようだ。
「じゃ、ぼくが動かすよ」
「え、おまえ、大丈夫か? 首の骨折るなよ?」
「なんかあたし、すっごく不安なんだけど」
「2人ともぼくのことまだ思い出してないくせに、失礼だよね」
誰かが近いてくる。
「ロウ。おまたせ。……あれ? ロウが子供だ……。もしかしてロウは大きくしてって神様にお願いしたのかな? 髪の色は金色? 目は夜の湖みたいな色だね」
名前――。
家族だけが呼んでくれる呼び方。
「さわるよ?」
誰かが、おれの顔に触れる。
そして、ゆっくりと顔をそちらに向けてくれた。
そこにいたのは、緑の軍服を来た黒髪の男性と、白い軍服を着た茶髪の男性、そして白髪の、まるで物語から抜け出してきたかのようにきれいな男の子だった。
おれは3人から目を離せなかった。
もちろん、離そうと思っても自分ではできないのだから、当然そうなるんだけど。
どれくらいそうしていたのかわからない。
だけど、何かを、何かを思い出しそうな、そんな気がして、3人をずっと見ていた。
するとそっちの2人も、おれやお互いの顔を不思議そうに見つめはじめた。
その様子を、白髪の男の子は嬉しそうにニコニコしながら見ていた。
そして突然、忘れていた夢の内容を思い出したかのように、すべてを理解した――。
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