第26話 ロウ その2
「おも、い、だしたぞ」
「あたしも」
おれも……。
するとシアンさんがゼンタさんをものすごい形相で見て、指を指した。
「おまっ! 男じゃねえか!!」
シアンさんの声が病室に響いた。
「えっ!? 何よ! なんか問題あんの!?」
「ふっざけんなよ! 俺はおまえがほんとは女だと思ってたからいろいろ気を使ってたんだよ!」
ゼンタさんとイトさんは目が点になった。
もちろん、おれも。
「はあーーーー!? 気をつかわれた覚えなんて1ミリもないんだけど!!」
「風呂入んのいっつも1番最後だしよ! 裸見たり見られたりすんのが嫌なんだと思ってたんだよ! 喋り方も女だからそうなんだってな! 髪型もなんかこだわってんし、男好きだしよ!」
ゼンタさんが絶句する。
「あんたって……あんたって、ずっとそんなこと考えてたわけ?」
呆れてものも言えないようだった。
「シアンってほんとずっと何か考えてるんだね。すごいと思うけど、でも賢いのも一周回るとバカになるんだねー」
イトさんは逆に感心していた。
「あのねえ、こっちでは隠してたのよ。だってほら、おかしいでしょ? 笑われるのよ」
ゼンタさんは少し目を伏せて、言いにくそうに話した。
「意味わかんねえな。そんなどうでもいいことにこだわってんのか」
「なっ、あんたねえ! 人がずっと悩んでたことを、どうでもいいって……」
「どうでもいい、まじで。好きにすりゃいいだろ。少なくとも、今ここには笑うやつなんていねえ。やりたいようにしてろよ」
ゼンタさんが驚いたようにシアンさんを見つめた。
「どうしよう。すごく感動したんだけど、あたし、あんたのこと全然タイプじゃないのよね」
「死ぬほどどうでもいいわ!」
「あはははは」
その光景を見て、少し、ほんの少しだけど、奇跡が起こった。
おれは、泣いていた。
あの日から、そんなことはできなかった。
父、母、妹は助からなかったと聞いたときでさえ、泣きたいのに泣けなかった。
扉の近くで待機していた看護師が大慌てで医師を呼びに駆け出していった。
「ロウ、どうして泣いてるの?」
「バーカ。俺に会えて嬉しいんだよ」
「あんたそれ本気で言ってんの?」
ゼンタさんが近づいて、頭をなでてくれた。
「大変だったわね」
シアンさんはおれの体をジロジロと見て、
「おまえ、やっぱ歳ごまかしてたんだな。あんときの泣き方、子供っぽいと思ったんだ。チビだな。ふん」と勝ち誇った。
「なに言ってんのよ、この子これから伸びるわよ。おそらく向こうの姿は成長した姿だったのね。どのみちあんたが一番小さいのよ」
「クソッ。今後俺を見下したら殴るからな」
「でもぼく身長的に絶対見下しちゃうんだけど」
「おまえは黙れ」
その後医師が来て、おれの体に何か変化があったのかを調べた。
でもきっと、涙がでたのは、本当にたまたまだと思う。
その間、シアンさんは廊下で同じ軍服の人たちと話をしていて、イトさんとゼンタさんは、扉の近くでその様子を見ていた。
「シアンは何してるの?」
「ロウから聞いた、この戦争の真実について話をしてるのよ」
「真実?」
「あなたにも関係のあることだから、落ち着いたら説明するわね」
少ししてシアンさんが2人のもとへ戻ってきた。
「戦争、終わるといいわね」
「終わらせるさ。あいつがすべてを話せば、それだけで事態は変わる」
「ロウ、話せるようになるの?」
「ああ、おれは神からもらった力をあいつに使う」
シアンさんはおれを見た。
「あ、そうなんだ」
「向こうで約束したんだよ。俺の力で、おまえを治してやるってな。その条件を提示したから、あいつも魔王を倒してこっちに戻ることを了承したんだ」
「なるほどー?」
イトさんはよくわかってないのに相づちをうった。
そういえば、イトさんはおれが本当は戻りたくなかったって、まだ知らないんだ。
「あたしはどーしよーかしらね〜?」
「ゼンタの力?」
「力を吸い取ったり与えたりって、そんなのいつ使うのよ〜」
「んー、誰かの寿命を吸い取りたいときとか?」
「ないわよそんなとき! あーもう! こんなことなら他の願いでもいいか聞くんだったわあ。出会いのチャンスが……」
「あいつは、いつ力を使うだろうな……」
「あ、ロウはね、ないんだって」
「なあっ!?」
「なんでよ!?」
「よくわからないけど、ロウの願いはもう昔に聞いちゃてるって言ってたんだ」
「どーいうことだよ!?」
「なによそれ!!」
「ロウにはもう伝えてあるって言ってたよ? しゃべれるようになったら聞いてみようよ」
「……んだよそれ……。あいつの力があれば、こっちが嫌んなったらドアであっちの世界に行かせてやれると思ったのに」
「そうね、駄目になっちゃったわね」
「しゃーねーか。それについてはまたおいおい話すか。んで、おまえは俺らとまた会いたいって願ったのか?」
「うん、そうだよ。みんなとまた会えますよーにって!」
イトさんがおれに手を振る。
ゼンタさんが優しい目でこっちを見る。
シアンさんは一瞬睨んできたけど、少し笑ってくれた。
「そういえばあの子、『ロウ』って本名からとった名前だったのね」
「みてえだな。俺はテキトーにつけただけだが」
「あたしも〜」
「2人は本当の名前があるの? そっちで呼んだほうがいい?」
「……いや、俺はこのままでいい」
「あたしも、これがいいわ」
「そっか。ぼくはね、名前なかったから、イトのままでいたいな」
「いやなら『馬鹿』でも『阿呆』でも好きなように呼んでいいんだぞ? ヒャヒャッ」
「うん、わかったよ、馬鹿」
「俺のことじゃねえ!」
「あんたどーやってその性格隠してたのよ? よくストレスたまらなかったわね」
「だから今こうやって発散してんだよ『男女』」
「ちょっと〜! それをあたしたちに向けないでよねえ」
誰かに名前を呼んでほしくて、向こうでも『ロウ』と名乗ったんだ。家族がそう呼んでくれていたから。
そうか。
ずっと、願っていたことが叶ったんだ。
暗い病室で、一人きりで、ずっと、ずっと願っていたことが。
ここではないどこかへ。
楽しい冒険を。
大切な仲間とともに。
これまでの出来事は、全部、おれの願いだったんだ――。
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