第8話 死なねえよ

 

 結界が、解かれる――。




 イトは我を忘れ、結界を解き全魔力を使って魔王へ攻撃しようとしていた。



「イト!!」



 ゼンタがイトの名前を呼ぶのと同時に、バチンッと頬を叩く音がした。



「あんた、何やってんの!!」


 ゼンタが思いっきりイトを叩いた。



 イトが結界を完全に解く前に、ロウがドアを使いゼンタとともに来たのだ。


 ゼンタは立っているのがやっとだが、イトを正気に戻すため、なんとか踏ん張っていた。



「ぜ、ぜんた?」


 イトの目に光が戻った。



「そうよ! ぼーっとしちゃダメじゃない! ちゃんと魔王を見なさい!」




「あれ? ゼンタ死ぬんじゃ」

「何バカなこと言ってんのよ! 生きてるでしょーが!」



「…………」



 イトは焦点を合わせるようにパチパチと瞬きをした。


 その間も魔王の砲撃は飛んでくるが、イトは条件反射のようにずっと反撃を続けている。顔はゼンタに向けたまま、銃口はしっかり魔王へと照準を合わしていたのだ。


 よくこんな放心状態で攻撃できるなとロウは感心していた。



「生きてるね……」


「あたりまえでしょ」



 ロウはゼンタの背中を支えていたが、ゼンタの体が熱く、震えているのがわかった。

 けれど気丈に振る舞い、イトをもとに戻す。



「そっか。よかったよかった」


 イトは少し笑った。

 先程の狂気は身を潜め、いつもの彼が帰ってきた。



「あ、魔力は?」


「魔王からたくさん盗ってきてあげたから、今から渡すわ」


「ゼンタさん、大丈夫ですか? その魔力って」


 ロウが後ろからコソッと確認する。


「大丈夫よ。きれいな魔力にして渡すから」


「でもそれって……」


 ロウの言葉をゼンタが笑って遮る。



「さ、あいつをぶっ飛ばしてやりなさい」



 ゼンタはイトの背中に手を向け、魔王から奪った魔力を渡す。


「うおっ! すっごいかも!」


 イトは背中に熱を感じ、興奮した様子で銃を握りなおした。



「イトさん! シールドおれが張るんで、解除してください!」


「ありがとう。これで攻撃に集中できるよ」




 イトはシールドを解除し、代わりにロウが魔王の攻撃を防ぐ。

 3人集まったことで、魔王の攻撃はさらに威力を増す。


 ロウはありったけの魔力を込めて、正面にシールドを張った。



 ゼンタはなおも魔王から魔力を奪い、毒となる部分は自身に残しながら純粋な魔力だけをイトへと流していた。


 ロウか気が気でなかった。

 こんな戦い方では、いつ倒れてもおかしくない。



「じゃ、いくよー!!」



 イトがそう言うと、銃の先端が光だした。

 その光はみるみる大きくなり、輝きを増していく。

 そしてあたりが白い光に包まれていった。



「さん、にー、いち」



 イトは引き金を弾いた。



 それは魔王の砲撃を瞬時に飲み込み、凄まじい轟音とともに魔王へ直撃した。地面は抉れ、両サイドの建物は粉々に吹き飛び空を舞う。



「まだまだ」


 イトはなおも砲撃を続ける。

 魔王を取り巻いていた黒い魔力の塊が徐々に削れていった。



「いい感じだ。あれ――?」




 その時、イトは何かを見た。


 白い光の中、黒い魔力がなくなっていく中に、ぼんやりと魔王の姿が見えた気がした。



「なんか、見えるような……」



 異常なほど視力の良いイトだからこそ見えるのであって、他の2人には見えていない。



 イトは目を細めて、光の中を見つめるも、それは砂煙にかき消されすぐに見えなくなってしまった。



 徐々にイトの魔力が尽きていき、光の束が徐細くなる。



「あー、もう魔力、ないや」


 砲撃が止まり、イトは銃の先端をドサッと地面につけた。





 音が止んだ。


 魔王がいたところには粉塵が舞っていて、どうなっているかはっきりとは見えなかった。

 イトは魔王の魔力を探るも、気配が消えていた。


 イトは思わず首をかしげる。



「ねえ、魔王なんだけど、さっきちらっと」


 イトは2人に尋ねようと振り向くと、



「ゼンタさん! ゼンタさん!」



 ゼンタが倒れていた。

 ロウが声をかけているが、まったく反応がない。



 イトは血だらけで動かなくなったゼンタを見て、心臓をぎゅっと掴まれたような、なんとも言い難い気持ちになり、また目の前が暗くなっていった。






 そのとき、ポンポンと肩を叩かれた。





「イト。おまえ魔王がいたところ見てこい。なんか形跡があるかもしれねえ」



 シアンが来てくれた。

 落ち着いた声でイトに話しかける。



「こいつは大丈夫だ。疲れて気を失ってるだけだ。それより先に魔王がどーなったか確認しねえと」



 シアンがイトの目を見る。その目に光はなかった。



「シアン……」



「行けるか? 疲れたか? その様子じゃ、魔力もカラッポだな」


 シアンが少し笑うと、イトは自分の中のモヤモヤがなくなっていくのを感じた。



「疲れた、し、魔力も、ないけど……」


 イトの目に光が戻った。


「だいじょうぶ。行けるよ」



 イトは安心した様子で笑顔をみせ、魔王がいた場所へ向かっていった。






「シアンさん。ゼンタさんが」


 ロウは今にも泣きそうな声だった。

 シアンはへたり込むロウの頭をぐっと押す。



「死なねえよ。俺がいる」



 ゼンタの体が水色の光で覆われていく。



「俺たちはこんなんじゃ死なねえ」









「あ、いました! 副隊長! いましたよ!」


「あなたがたが、魔王を追い払ってくださったのですね」



 少ししてから声をかけてきたのは、あのときの2人の門番だった。



「……さあな。今忙しいんだ。用がないなら話しかけんな」


 シアンは門番の顔を見ず、ゼンタの横に座りながらひたすら治療に専念する。



「先程は、失礼な態度をとり、誠に申し訳ございませんでした」



 門番が頭をさげる。

 街に入るときの一悶着のことを言っているのだろう。



「街を救ってくださり、ありがとうございます。ケガ人も大勢いましたが、治癒魔法のおかげでほとんどが治っています。すべて、あなたがたのおかげです」



「謝罪も礼もいらねえ」



「休める場所を確保しました。比較的被害の少ない建物があります。よければご案内します」



 シアンは少し考える。

 いつもならそんな提案は即拒否しているが、ゼンタの容態を考えると、そうも言ってられない。



 シアンはちらっとロウを見る。

 ロウは疲れた様子で首を振った。



 ロウも魔力を使ってしまい、ドアを作る余裕はないようだ。自分たちの身の安全を確保することが難しいほど、みな消耗している。



 せめてゼンタが回復するまでは、この街にいるべきだ。




「んじゃ、お願いしようかね」


「承知しました。そちらの男性は……」


 門番は倒れているゼンタを見る。


「おれが運ぶので大丈夫です」


「承知しました」



「シアンさん。イトさん、場所わかるでしょうか」


 ロウはゼンタの体をおこす。


「俺の魔力をたどれば来れるはずだ。こいつ運んだらおまえもイトんとこ行ってこい」


「はい」



 ロウはゼンタを背負い、シアンとともに門番の後についていった。





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