第7話 現れた魔王


「シアンさん、感じますか?」


「ああ、すげえ魔力だ」


「魔王、ですね」



 2人は街の外から魔王の魔力を感じとった。

 圧迫感にじわりじわりと押し付けられ、息苦しくなる。



「行くぞ。どのみち街はパニックになってんだ。ドアで入ってもバレやしねえ。おまえはイトにリング渡してこい。俺はあいつから魔力もらって、全体の治癒にはいる」


「2人は別行動だと?」


 ロウは扉の準備をする。



「たぶんな。イトも別に魔法の銃がねえからって何もできねえわけじゃねえ。どうにかするはずだ。2人固まってるより、別々に動いたほうが状況を把握できる。男女ならそうする」



「そのあとは?」


「イトと一緒に魔王をやれ。全力で攻撃しろ。魔力がカラッポになるまで攻めろ」


「いいんですか?」


「今の俺らの限界をやつに見せておく。今後のためにな」


 シアンには何か考えがあるのだとロウは察した。


「もし魔物がでたら?」


「魔物はいねえほうが嬉しいがな。もしそうなっても無視しろってイトに伝えろ」


「誰かが襲われてても、ですか?」


「そうだ。無視しろ」



「……わかりました」



 ロウは少し間をおいて返事をした。




 ロウがドアを作り、2人は街へ入った。



 大きな爆発があったようだ。街はすでにぐちゃぐちゃだった。

 建物は崩れ、あちらこちらで火の手があがり、人々は悲鳴をあげながら逃げている。



 爆発音が聞こえ2人はそちらを見ると、ゼンタがスカートをなびかせ、シールドを張りながらこちらへ走ってきていた。



「あっちよ!」


 ゼンタが爆発があったほうを指差し、ロウはすぐさまドアを作って中に入っていった。



「おい!」


「わかってるわよ!」


 ゼンタはシアンに近づき、手を向けて魔力を渡す。シアンの体が淡い紫色の光に包まれていく。



「これだけあれば足りるハズだけど、無理だったらすぐ呼ぶのよ」


「ああ」



 またしても大きな物音がして、崩れた建物の影から、すーっと魔物が現れた。



「クソがッ。魔物はいらねえって言ったのによ」


「タイミング悪いわねえ。あたしはどうしたらいい?」


「先に何体か魔物を始末してみてくれ。全部じゃなくていい。そのあと魔王だ。イトとロウの様子が見えるところでやってくれ」


「魔王、倒せると思う?」


「ま、無理だろうな。今回はとりあえず情報を集められればいい」


「わかったわ。魔力を吸い取れれば勝機はあると思うけど」


「うまくいくといいがな」


「魔物の魔力を吸い取れるんだから、魔王のだってできるでしょ」


「魔力は奪えるだろうが……」


「なに?」


「いや、なんでもねえ」



 ゼンタはそれ以上追求しなかった。

 魔力をもらい受け、シアンは体中にとてつもない魔力が循環しているのを感じた。



「イトはどうしてる? 銃なくても戦えてたか?」


「そのへんで拾った銃を使ってたわ。魔法のじゃなくて、普通のだから弾は抜いて、魔力を込めた弾を撃ってたわ。なんか持ちやすいとか言って、あとであんたに見せたいって。昔使ってたのと似てるのかもしれないからって」


「へえ、そりゃ、あとで見せてもらわねえとな」


「お互い健闘を祈るわ」


「ああ」


 ゼンタは2人の元へと走り出した。




 シアンは原型をとどめている中で1番高い建物の屋根に飛び乗り、街を見渡す。

 あちらこちらから悲鳴や怒号が聞こえる。



「もう何人も死んじまってるな」



「おいきみ! そんなところで何をしている! 早く逃げろ!」


 下から誰かに怒鳴られた。

 入口にいた門番のうちの1人だった。



「気にすんなー! それより街の中心からなるべく早く住人を避難させろ!」

 


 予想外の返答に彼は戸惑う。




 シアンは門番を無視し魔力を練り始め、足元に水色の魔法陣が現れた。



 直後、上空に街と同じ大きさの巨大な魔法陣が出現した。

 魔法陣が水色に輝きだし、そこからキラキラと光る粒子が街へと降り注いだ。



「なんだ、これは」



 門番は空を見上げ、思わず光に触れる。

 すると、光が指先から体の中にすーっと入り込み、体の痛みが消えた。



「……えっ……?」



 街中でその現象は確認された。



「すごいぞ! 痛くない! 治った!!」

「なんの魔法だ?」

「一体だれが……」

「奇跡だ!」




「彼が、やっているのか……」


 門番は逃げるのを忘れ、シアンを見上げる。


「一体、何者なんだ」





 シアンは街全体を治癒魔法で覆い、すべての傷を癒やしていく。



『治癒』


 シアンが神から授かった特別の力。

 死者を生き返らせることはできないし、ロウの症状のように例外はあるが、それでもほとんどのケガや病気を治すことができる。



「さてと、おまえが壊すのと、俺が治すの。どっちが早えか勝負だ」











「何体か倒せたわね。魔力も問題なく奪えた」


 ゼンタはシアンの指示通り、数体の魔物から魔力を奪い、その後すぐに魔王のもとへと向かった。



「魔王。本体は見えないわね」



 魔王の周りを黒い魔力が取り巻いていて、おそらくその中にいるであろう魔王の姿を確認することはできない。


 凄まじい轟音とももに魔王から黒い魔力の塊が一定の方向に何度も放出されている。おそらくそちらにイトとロウがいるのだろう。




 ゼンタは攻撃の余波を受けない距離まで近づき、魔王の魔力を吸収しはじめた。





「ゼンタ来たね」


「はい」



 イトは身長と同じ長さの魔法の銃を担ぎ、正面にシールドを張りながら魔王へ特大の砲撃を放っていた。


 ロウが来るまではそのへんで拾った小型の銃に魔力を込めて攻撃していたが、やはり威力がでなかった。



 ロウは同じく正面にシールドを張りながら、魔法でいくつもの巨大な剣を作り、次々と魔王の攻撃を相殺していた。



 魔王と2人の攻撃のせいで、間にあった建物は跡形もなく粉々になり、ずいぶん見晴らしがよくなっていた。



「なかなか本体まで届かないねー」


「そうですね。消耗戦になるかもしれません。ゼンタさんが魔力を奪っているので、耐えていれば隙がうまれるはずです」


「魔王の魔力吸い取れるなら、こっちのものだよね」


「はい。いくら魔王でも、魔力には限りがあるはずですから」




「おい! 子供がいたぞ!」

「きみたち、何をしている!?」


 兵士が2人に声をかける。



「何って、見てわからない? 魔王と戦ってるんだけど」


「なっ……」


 兵士は魔王をみる。



「ここにいると巻き込んでしまいます。避難してください! おれたちは大丈夫ですから」



 兵士は双方の攻撃に圧倒され、その場を去るしかなかった。



「彼らは、なんなんだ」

「わからない。だが、あんなのと戦えるなんて、どこの魔法使いだ?」






 ロウはちらっとゼンタのほうを見る。

 魔力は順調に吸収できているだろうか。



 そのとき、ゼンタの体が左右にふらっと揺れた。



「えっ?」



 ロウはゼンタの異変に気付く。


 直後、ゼンタは口から大量の血を吐き、ゆっくりと倒れた。



「えっ……」



 ゼンタは地面にうつ伏せになり、動かなかった。




「あれ、ゼンタ、倒れた?」


 イトはケロッとした顔でロウに尋ね、ことの重大さに気付いていなかった。



「おれ……ゼンタさんのとこいきます! こっち任せていいですか?」


「うん。まだ大丈夫だよ。お願い」



 ロウは足に魔力を集中させ、ゼンタのもとへと猛スピードで走り出した。



 魔王の攻撃がロウに当たらないよう、イトはさらに特大の砲撃を放ち、魔王の注意を自身へと向ける。



「ゼンタ、大丈夫かなあ」


 感情のこもっていないその言い方は、まるでロボットのようだった。





 ロウがゼンタのもとへと駆けつけ、体をおこし必死に声をかける。


「ゼンタさん! ゼンタさん!」


 ゼンタは口から血を流し、目の焦点が合っていなかった。



「くそっ! シアンさんの治癒でも追いつかないのか!?」



 シアンの光は確かにゼンタにも降り注いでいた。だが、それでもゼンタの症状はよくならないのは、ゼンタがまだ魔法を使い、魔力を吸い取っていたからだ。



「ゼンタさん! 魔法いったんストップしてください! 避難しましょう! ドアを出しますから」


 ゼンタがロウの服を引っ張り、首を横に振る。



「ダ、メよ。まだ……。まだ、やれる」



 ゼンタはさらに力を使い、魔王の魔力を吸い取る。

 髪は解け、目から血が流れ、体をナイフで切り刻まれたように血が吹き出した。



「やめてください! これ以上したら!」






「ゼンタ、まだ動けないみたいだ。なんだか、あれみたい。なんだっけ」



 イトは魔王の攻撃をシールドで防ぎながら、ど忘れした言葉を思い出そうとしていた。



「あ、そうだ。『死ぬ』だ」



 イトはなおも攻撃を続ける。



「死ぬって、死ぬって、いなくなるんだよね。動かなくなって、そのまま終わりで。こっち来てから何度かそういうの見てきたけど、なんかいまいちよくわかってないんだよなー」



 魔王の攻撃のリズムが変わるも、イトは何食わぬ顔でそれに対処していく。



「ゼンタが……いなくなる」



 そこでふと、イトはその言葉の意味を考え、もう一度ゼンタを見る。



「死ぬ……」




 イトは何かを感じた。


 それが何なのかをイトは説明できないし、自分でもわかっていなかった。

 けれど、今まで感じたことのない感情だったことは確かだった。





 そして、イトの目から、光が消えた。






 同刻――。



『白の国』の結界に異変が起こった。

 結界にゆらぎが生じ、今にも消えそうなほどに脆弱になったのだ。



 そしてそれは、ともに結界を張っている3人も感じ取った。



「イトのやつっ! 国の結界を解く気か!?」



「!? イトさん!! ダメです!」


「イト……」



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