第9話 突然の


 3人は門番に案内された建物に到着した。



 ロウはあたりをキョロキョロと見回し、不審なものがないか確認する。



 建物の1階が広いホールになっていて、2階部分はいくつかの部屋に分かれていた。

 瓦礫が崩れる音や、人の声が聞こえず、ひんやりとしていてとても静かだった。


 2階の一室を貸してもらった。窓際にベッドがあったので、ゼンタを寝かせる。

 ここなら落ち着いて治療ができそうだ。



「あの、失礼ですが、あなたがたは何者なのでしょうか?」



 門番はシアンに尋ねる。

 あれほどの力を見たのだから、当然の質問だった。



「ただの旅人だよ」



 シアンは適当に返事をして、治療に取り掛かる。

 遠隔の治癒では治りが遅かったが、今度はゼンタに直に触れることができる。これならすぐに治るだろう。



「あなたがたの戦いを見ました。他の兵士からも報告があがっています。あれほどの強さを持つ者は、外側の3国にはおりません。もし、魔王を倒すことを目的としているのなら、こちらにも手練れの兵士が何人かおります。何人かお供させていただけませんか? お力になりたいのです」



「お断りだ。弱えやつはいらねえ」


 シアンは間髪入れずきっぱりと断る。



「あなたがたに比べれば、我々は足元にも及びませんが、それでも力になれることはあるはずです。あなたがの盾になることくらいはできます」


 そう言われて、シアンは眉間にシワをよせる。


「はあー、マジで勘弁してくれ。そういうのはもうたくさんなんだよ」


 シアンは門番を睨み、うんざりした声で突き放す。



「お心遣い、感謝します。ですが、これはおれたちの問題なんです」


 明らかにシアンが苛ついているので、ロウが間にはいる。



「ですが、魔王は人類の脅威です。あなたがただけの問題ではありません」



「そういう、ことじゃ、ないのよ……」



 声がして、シアンとロウはハッとした。


 ゼンタが、目を覚ました。



「ゼンタさん……!」


「おはよ」


「……もう夕方なんだよ男女。いつまで寝てんだ」


「あら……ねすぎたわね」



 ゼンタの声は弱々しかったが、それでも意識が戻ったことに、シアンもロウも、心から安堵した。



「水をお持ちしますね」


 門番は気を利かせ、その場を離れた。







「なんだか、懐かしかったです」


「あん?」


 ロウは体を起こそうとするゼンタを支え、口元をほころばせた。



「シアンさん、昔おれたちにもまったく同じことを言ったんですよ。『弱いやつはいらねえ』って」



「あー、言ったような」



 シアンは椅子に座り、ぼーっと遠くを見る。さすがに疲れたのか、倦怠の色が全身を包んでいた。



「おれたちのことも、最初はずっと疑ってましたよね。本当に強いのかって。あ、嫌われてるんだなと思ってました」


「今も好きじゃねえわ」


 ゼンタがふふっと笑う。



 門番が水を持ってきてくれた。ロウが受け取りに行くと、何やら袋をもらって戻ってきた。


「あの、これ、門番の方から返してもらいました」



 ロウの手には、水と、あのとき回収された荷物があった。

 イトの腕輪やピアス、そしてタバコだ。



「あーー、俺、今日イチ嬉しいわ」


「え? あたしが起きたことよりも?」


「当たりまえだろうが」




 2人はすぐさまタバコを吸う。


「え、ゼンタさんも吸うんですか?」とロウがドン引きした。


「これはね、お薬にもなるのよ」


 ゼンタが得意気な顔をする。



「そんなわけないじゃないですか。むしろ体にはよくないものですよ。死にかけておいてよく吸えますね。しんどくなっても知りませんよ」


「あらやだ、あたしってばみんなから大切にされてるのねえ」


「殴ってもいいですかね」

「俺が許す」



 冗談を言えるくらいには、みな精神的に回復してきたようだが、さすがに魔力はまだカラッポ。

 ゼンタにいたっては髪はボサボサで服は血だらけのままだった。



「あら、そういえばイトは?」


 ゼンタはようやくイトがいないことに気がついた。


「魔王がいたところを見て来てもらっています。おれも今から向かいますね」





 出ていくロウを見送り、部屋で一服する2人。



「はあ〜、イトにかわいそうなことしちゃったわ」


 ゼンタは髪をかきあげ、大きなため息をつく。


「なんだ?」


「結界解除しそうだったでしょ? 止めようとしてほっぺたひっぱたいちゃったのよ」


「そういや、俺が合流したときも様子おかしかったな」


「殴ったの?」


「いいや」


「なによも〜、普段あんなに乱暴なくせに、そういうときだけ一番落ち着いてるんだからあ」


「うっせえな」


「焦って叩いちゃった自分が情けないわあ」


「んなもんあいつ気にしてねえだろ」


「あたしが気にするの」


「あいつもようやく人間らしくなってきたってことだろ。昔だったらぜってえなんも感じてねえぞ」


「出会ったころのあの子は……、なんていうか、ほんとに何もないって感じだったものね」



「機械みたい――か」



 シアンは初めてイトに会ったときのことを思い出していた。言葉がわかるだけで、何の感情もないロボット。イトはまさにそれだった。



「あの子、自分のことなにも覚えてないものね。唯一の手がかりは」


「銃を使ったことがある――」


「……ええ」


 シアンは煙を吐き出す。



「昔、ロウが試しに魔法で銃を作ってあげたとき、何も言わなくても使い方がわかってたのよね」


「そういう環境に身をおいてたっつーことだな。まったく、どこもかしこも戦いばっかで嫌になる」


「そうね。あの子のいた世界も、そういう世界ってことよね」



 ゼンタは左手を見つめ、入れ墨の花をなぞった。



「あなた、もとの世界では司令官かなんかだったんでしょ? ってこれ前にも聞いたことあるわね」


「……なんでそう思うんだよ」


「なんとなく。命令することに慣れてるってカンジ」



 シアンはどこまで言おうかと一瞬迷った。



「……クソみたいな人間だ。作戦のために弱い人間を使い捨ての駒として戦地へ送る。負けること、死ぬことが前提、囮にして、その間によそからせめるなんてこともよくやった。自分じゃなんにもしねえくせに、口だけはよく動く。人でなしの指揮官だ」



 皮肉めいた口調は、自身へ向けたものだった。


「弱えやつは、すぐ死んでいく」



「自分のせいで、誰かが死ぬのが怖いの? さっきのあれ断ったのも、それが理由?」



「聞いてたのかよ」


「ええ」



「仲間にするなら、俺がどんな指示をだしても死なねえやつ、そう決めてる」


「あら。あたしたちのこと、ずいぶん信頼してくれてるのね」



「どっかの男女が死にかけてたときにゃ、マジでこいつもう置いてこうと思ったけどな」


「あら〜、おかげさまでこのとおり生きてます〜」


「残念だな」


 シアンは吐き出した煙で輪っかを作った。



「だけど、それじゃあなたが神様から治癒の魔法をもらったのは、どうしてなのかしらね。弱いやつは仲間にしないんでしょ?」



 シアンは答えなかった。



 治癒の魔法。

 誰かがケガをすることがなければ、必要のない力だ。

 今回、魔王との戦いでその力は大いに役立ったが、人との関わりをなるべく拒絶するシアンにとっては、使い所の少ない力と言える。



「失うのは、怖いものね」



「……」



「あたしたち、結局みんな同じね。どの世界でも、戦争戦争。ロウも確か何かに巻き込まれて入院してるって言ってたわよね。あたしもたくさん失った。だけどまだ、向こうで生きている人たちがいる。助けないといけない子たちがいる。だからあたしは帰らないといけない」


 ゼンタは改めてその想いを口にする。



「おまえが、昔イトに言った言葉」


「なあに?」


「もし、イトが過去に人を殺したことがあったとしたら、どうしたらいいかって、イトが聞いたことあったろ?」


「ああ、あったわね」






『してしまったことは、もうどうすることもできない。もしそのことであなたが今後辛くなっていくのだとしても、その苦痛から開放されることはない。死ぬまで、苦しんで苦しんで苦しんで、生きていくの。ずっと背負って生きていくの。だからって、許されるわけじゃないけれど。あたしは、そう考えてる』

『じゃあ、ゼンタは今も苦しいの?』

『ええ。他に方法はなかったのかと、考えない日はないわ――』







「俺も、そうだと思った。俺は、向こうで大勢死なせた。正直、こっちの世界にいるほうが楽だ。魔法がある。どんなケガでも治してやれる」


 シアンは自分の手を見つめる。



「だが、俺も向こうでやらねえといけねえことが山程ある。戦争は続いてる。居心地がいいからって、いつまでもここにはいられねえ。1日でも早く、魔王を倒す」

 

「あら、居心地よかったの? あたしたちと一緒で?」


 ゼンタがニヤニヤする。


「黙れ死ね」





「そういえば、ロウとイトのやつ遅えな」


「そうねえ、確認だけならそこまで時間かからないと思うんだけど」


 などと話をしていると、ちょうど階段をあがる足音が聞こえ、ロウが1人で戻ってきた。



「あら? イトはどうしたの?」


「イトさんがいません。魔力も感知できなくて」


「どうしたのかしら」


「迷子か?」


「お腹が空いてどこかへ行ったのでしょうか?」


 ありえそう。

 ゼンタとシアンは思った。




「あの少年なら、同族の方と一緒に歩いているのを兵士が目撃していますよ」



 部屋の近くを通った門番が話し声を聞いて声をかけてくれた。

 その言葉に、3人はどういうことだと顔を見合わせる。



「同族って、まさか……」


 そしてシアンは理解した。



「はい。『白の国』の方たちです。魔王が現れたと知らせを受けて、近くに滞在していた方が街に来たようです。少年とともに国へ戻るとおっしゃっていましたが、ご存知ではなかったのですか?」



 3人は息を呑んだ。



 イトが、見つかってしまった――。





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