第28話 『彼ら』
クローン。
身長も体格も顔も肌の色も、なかにもかも同じ。
5地区に送り込まれていた敵国の兵士は、クローンだった。
「これこそが、やつらが知られたくないもっとも重要な秘密なんだ」
シアンはようやくこの戦争の全貌を掴んだ。
このようなクローンたちを利用していると知られれば、世界中から反感を買うのは目に見えている。
そこでシアンはまず、無駄な争いを避け、彼らを保護しようと提案した。
イトの力を借り、敵の武器を遠距離から破壊し、『彼ら』を捕獲していった。
だが、捕らえた『彼ら』は人間を見ると攻撃するよう作られているようで、かわいそうだと思いつつも、ずっと手足を縛っておくほかなかった。
そんなある日、研究所から知らせが届いた。
イトと、『彼ら』についての最新報告だった。
「イトさんや『彼ら』は、長く生きることができません。活動時間はおよそ2年です」
研究者の男性は報告書に目を落とす。
「イトさんだけでなく、先日捕えた他の『彼ら』も調べてみたのですが、みな同じでした。身体の構造は一見我々とほとんど同じに見えるのですが、驚くべきことに、その役割はまったく違うものでした。
脳以外のすべての臓器はただのエネルギーの入れ物でしかないのです。身体を動かすためのエネルギーが、身体の内部に蓄えられており、それが臓器や血管を巡っています。そのため食事や排泄、睡眠の必要もありません。ただ、睡眠時はエネルギーの消費を少し抑えられるようで、定期的に睡眠を取るようプログラムされています。
戦闘時はエネルギーを多く消費するようで、遠くを見たり、動いたり、重い物を持ったり、走ったりすることで、エネルギーは減っていきます。
そしてエネルギーが空っぽになれば、動くことはなくなり、我々で言うところの『死』が待っています。活動期間にはエネルギーの使い方により個体差があるようですが、入れられているエネルギーの総量はみな同じなので、多く見積もって、2年ではないかと……」
「2年かあ」
イトはまるで他人事のようにその言葉を口にしたが、他の3人の顔が尋常ではなく暗かったので、とりあえず黙っていることにした。
「このエネルギーを外部から得られないかと調べましたが、残念ながら我々の今の技術ではとうていできそうにありません。
あちらの国へ行けば手がかりはあるかもしれませんが、エネルギーを手に入れたとしても、別の問題にぶち当たります」
シアンがどういうことだと眉間にシワを寄せる。
「そもそも、彼らの身体が2年以上のエネルギーを取り込むことに耐えられないようなのです。消費したエネルギーは彼らの内部に黒い血のように変換され体外に出ることなくそこに残ります。新たなエネルギーを注ぎ込む隙間がないのです。その使い終わったエネルギーを抜き取れればと考えましたが、それを採取する方法が見つからず……。体にメスを入れて取り除こうとしたところ、その部分がみるみる黒く変色していき、腐敗を始め、崩れていきました」
研究者の難しい話を、ゼンタ、シアン、ロウは一言も聞き逃すまいとしていた。
イトだけは、はやりよくわからないといった具合で、少し退屈そうだった。
「そもそも、長く生きられるようには生み出していない、ということか」
「言い方は悪いですが、要は使い捨ての兵器、ということです」
研究者は言いにくそうにしたが、それは事実だった。
「胸糞悪い話だな。こいつらの遺体がいままで見つかってないのは、こっちの攻撃があたって体に大きな穴でも空けば、そこから腐敗して身体が崩れていくからってことか」
「その通りです。イトさんのように、少しの傷であればさほど問題ないのですが、臓器や血管に穴があくようなケガをした場合、そうなるようです。腐敗は瞬く間に広がり、あっという間に灰になります」
「どこか1箇所でも致命的な傷を負えば、そこで終わり。あとは、なにも残らねえってわけか」
シアンは天井を見上げる。
イトは少し話を理解でき、森で見た光景を思い出していた。服だけが残されていたあれは、そういうことだったのか、と。
「この研究は、公にすべきではないと思います。すべてを消し去り、2度とこのようなことができないよう、研究所も処分させるべきかと」
「いま生きている子たちは見捨てるの?」
たまらずゼンタが聞く。
「お言葉ですが、エネルギーを補給する方法が見つかるまで、少なくとも2年以上かかるでしょう。すでに生み出されてしまった彼らは、その間に死んでしまいます。それに、彼らには一切の感情はありません。動きも反応も、すべて頭に埋め込まれているプログラムのようなものに起因しています。生きていても、どうしてやることもできないのです。彼らは、人間ではないのです」
その言葉に、イトは顔をあげた。
「あ……、すみません」
研究者はしまったというように謝った。
「イトさんは、例外です。奇跡としか言いようがありませんが、きちんと意思をお持ちです」
「じゃあっ!」
「ですが、残念ながら身体的特徴は、彼らと同じなのです」
ゼンタが期待のこもった声を発したが、それはすぐに打ち砕かれた。
「そうだよね。だって、ぼく、おかしいもん」
イトは困ったように笑った。
「こっち来てからさ、お腹ぜんぜんすかない。むこうでは食べることが好きだったけど、今はなにもほしいと思わない」
3人はイトを見る。
みんな、もちろん知っていた。
向こうではあれだけ食べることが好きだったイトは、ここでは何も言わず、実際、ずっと何も食べていなかったからだ。
「おれ、すみません……。おれじゃなくて、イトさんを、治してもらって、いれば」
ロウはたどたどしく後悔を口にした。
「ロウ、おまえ」
「それはちがうよ」
シアンが言いかけたが、イトがそれを遮る。
「それはちがうよ。ぼく人間じゃなから、シアンの力じゃきっと治せない。それに、ぼくロウが治ってすごくうれしいのに、そんなこと言わないで」
イトが真剣か顔でロウを叱った。
シアンとロウは初めて見るイトの表情に驚いた。
「それで、こいつあとどんくらいなんだ?」「あ……、ええと、それは……」
研究者はためらったが、シアンに促され、答えた。
「おそらく、あと1週間ほどかと」
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