第30話 いつかまた、会う日まで


「ゼンタさん、シアンさん。お待たせしました」


「おう。行くか」


「……ええ」



 3人は覚悟を決め、病室へ向かった。





「時々、思うの。あたしたち、本当に魔法の力がなんて持ってたのかしらって」



 静まり返った廊下はいつもより冷たく感じ、3人の心をゆっくりと押しつぶしていくかのようだった。



「ロウの体も、イトの寿命のことも、魔法なんかじゃなくて、本当に、ただ奇跡が起こっただけなのかもって。だってそうでしょ? ロウはあたしたちに会ったとき涙を流した。それがきっかけで、自力で回復したのかもしれない。イトだって、なにかイレギュラーなことが起こって、他の個体より頑丈だっただけかもしれない。だって、もし本当に魔法を使えてたんだとしたら、イトは、もっと、もっと……」



 ゼンタの声は震えていた。



「……俺たちは神じゃない。たとえ魔法があったとしても、できねえこともある」









 イトは2人から力をもらったが、その効果は長くは続かず、およそ2年が限界だった。 


 だが本来の寿命の倍を生きたことに、研究者や医師たちはロウのときと同様、『奇跡だ!』と大騒ぎだった。



 それでも、3人にとっては『たった2年』でしかなかった。



 この2年の間に戦争は終結した。

 ロウが生きていたこと、反逆者たちのことを自らの口で国民へ伝えたことで、その者たちは力を失った。


 彼らが行う高圧的な政治に、どうやら大多数の国民から反感をかっていたようで、そもそも信頼はされていなかったようだ。


 そこにロウという希望が現れたことで、形勢は一気に逆転した。



 両国は武器を置き、話し合いの場をもうけ、戦争は終わった。



 公にはされていないが、非人道的な実験施設は破棄され、あらたな『彼ら』が作られることはなくなった。

 残された『彼ら』は、母国の自然豊かな場所で管理され、戦うことなくみな最後は眠るように消えていった。



 ロウはシアンのサポートのもと、母国とこの国を行き来するようになった。

 すぐさま新たな国王となるわけではないが、準備が整えば、いずれロウは国王となる。



 シアンは休む暇もないほど仕事に追われていた。戦争が終わったからと言って、やることがなくなったわけではない。むしろ立て直すほうが時間がかかるのだ。



 ゼンタは故郷の村や、周辺の村の片付けをしに帰った。戦争の爪痕は大きく、何も無くなった村を復活させるには、相当の時間がかかるだろう。



 3人は、忙しいながらも、何度もイトに会いに来た。一緒に出かけ、遊び、たくさん話す。

 イトは好奇心が強く、あれやこれやと興味をしめし、とてもいきいきと過ごしていた。




 4人で集まるときは、よく向こうの世界の話もした。お互い秘密を抱えていたためあの場では言えなかったことなどを言い合ったりした。



「あのときのしりとりってさー」

「俺は意味知ってたんだよ」

「ロウの服装はあのアニメだよね」

「本当はみなさんもおそろいにしたかったんですけどね」

「あんな目立つ格好で旅きるわけねえだろ」

「あたしは単に最後にお風呂入りたいだけなの」

「タバコ作れるって知ったときはうっかりホントのこと言いそうになったぜ」

「でも、タバコ激マズ事件のときはロウだけは本気で怒らせちゃいけないと思ったわよね」

「それを言うならゼンタさんを『お母さん』って」

「何か言った?」

「なんでもないです」




 もちろん、お互いの正体を知ったことで、衝突することも多々あった。


 お互いのしてしまったことすべてを許すことはできなくても、4人は変わらず仲間だった。



 ずっと一緒にはいなくとも、4人は繫がっていた。




 だが、それも終わる。






 イトはここ1か月で急激に衰弱していき、いまでは自力でベッドから起き上がることもできない。

 寝ていることが多く、起きてもぼーっとしている。


 ただ、見た目は変わっておらず、元気なときの姿のままだった。




「ね、むい」


 イトがゆっくりと口を動かす。目は虚ろだった。


「おまえ、ずっと動いてたからな。頑張りすぎだ」


 シアンはベッドに腰掛け、優しく声をかける。




「ぼく、もう、しぬ?」


「まだ、大丈夫よ」


 椅子に座るゼンタがイトの手を握るが、イトにはもう握り返す力はなかった。



「じごくに、いくん、だよね。こわいな……」


「地獄かどうかなんて、わからないわよ」




「だけど、ぼく、たくさん、ころした、から」



 イトは体の構造上泣くことはできないか、今にも泣きそうな、消え入りそうな声だった。



 この2年で、イトはこれまでの自らの行いを理解し、苦しんだ。

 楽しい時間もたくさんあったが、その分思い悩む時間も増えていった。



「イトさん、想像してみてください」


「なあに?」


 ロウは立ち上がる。



「ある日、誰かがイトさんを訪ねてくるんです。ドアをドンドンと、うるさいくらい叩いて」


「シアン、みたい……」


「うっせえ」



「あまりにもうるさいので、それを誰かが引っ叩いて怒ります」


「ゼ、ンタ、かな……」


「そんなやついたら殴ってやるわ」



「そして、大きなため息が聞こえるんです」


「イト……」



「生まれ変わったら、いつか、必ず会えます。神様にお願いしましたよね?」



「うん。した」



 ゼンタとシアンはふと、ここに来る前の会話を思い出し不安にかられた。


 2人は心の中で

『イトのお願い無視したら世界中に神様はクソだと言いふらすわよ』

『叶えなかったら来世でブッ殺す』

 と念じていた。



 わかったからやめてほしい。



「次会ったら俺のが身長高いからな。おまえを見下してやる」


「はは。わかっ、た」



「おいしいご飯、たくさん作ってあげるわ」


「たの、しみ」



「一緒にいっぱい遊びましょう」


「うん、いっしょ、に」


 イトの目が閉じていく。




「ありが、と。ぼく、に、くれて……。たのし、かっ……」




「楽しかったわね」

「ま、悪くなかったな」

「おれこそ……ありがとう……ございます」







「いつか、また……あう――」























「イトさん?」





















「おやすみ」



「ゆっくり休め」



「また、いつか……」



























 彼は願った。



『ずっと、夢をみている。

 誰かに言ったら、バカな妄想だって言われそうだな。



 それは、こんな夢。

 ある日、あの扉から誰がが入ってくるんだ。

 どこかで会ったことがあるような、懐かしいような、そんな人が。



 会いに来たよ! って言うんだ。



 そうしてここから連れ出してくれる。

 それを、ずっと待ってる。

 そんなことあるわけないとわかっていながら。


 それでも、だた、ずっと。

 それだけを、誰かに祈っている』














 ドンドン!!




 ドアを思いっきり叩く音が聞こえ、彼は床から飛び起きた。

 長い夢を見たかのように頭がえらくごちゃごちゃしている。


 心臓がバクバクしていたが呼吸を整え、息をひそめる。





 ドンドン!!


 またしても、誰かが扉を叩く、



 誰――?






「あんたねえ! 壊れるでしょうが!」


 パチンと軽快な音が聞こえる。



「いってえなあ! ババアは黙ってろ!」


「なんですってー? あんたこそ黙ってなさいよ!」


「おまえの顔見るとなんでかムカついてくんだよ! さっき会ったばっかとは思えねえほど、こう、沸々とイライラが」



「あら、奇遇ねえ。あたしもおんなじこと思ってたわ。あんたのまぬけな顔見てると殴りたくなってくるのよねえ」



「なんだと!? おまえこそそのブッサイクな顔面どうにかしたらどうだ!?」


「あんたこそバカ丸出しの顔しちゃって。脳みそ前世に置いてきたんじゃないのー?」



「はあーーー。あのー、お二人とも、もう少し静かにしたほうが。妹も怯えています」


「あ、ごめんねえ。このバカのせいで」


「黙れ」


「あんたがだまりなさい」



 会話からして、4人だろうか、と彼は推測した。女性が2人に、男性が2人。そのうち2人は子供のようだ。



「いいかよく聞け小人ども」


「誰か小人よ」


「テメェと小僧と小娘しかいねえだろうが」


「あんた、背は高くても器は世界一小さいわね」


「んだと!」


「もー、やめてください」



「いいか? 魔王に関する本が本当にあったとして、こんなとこにいるやつが、それを知ってると思うか?」



『魔王』という言葉に、彼はピクッと反応した。



「その情報のでどころあんたでしょう! あんたが知ってるっていうからついてきたんでしょーが!!」


「俺は情報は手にいれたが、会ったことがあるとは言ってねえ! この中にいるのはぜってえろくでもねえやつだ! 全然出てこねえし」


「扉の前でこんなにも怒鳴ってたら、出てこれませんよ」


「臆病なやつめ」


「いちいちうるさいわねえ」



「あ、ごめん。大丈夫だよ。兄ちゃんがいるから、怖くないだろ?」


「小娘! 黒髪に黒目でせっかく強そうな見た目してんのに、性格は正反対だな。そんなだから見た目で『魔王』って判断されて、イジメられんだよ。もっと胸を張れ。私は『魔王』じゃないってちゃんと言え」



「まだ子供なのよ? もう少し優しくできないの?」


「俺は大人だろうと子供だろうと平等に扱う」


「ろくでもないのはあんたのほうよ」



「でも、本当に出てきませんね。もしかして、いないんでしょうか?」


「よしっ、もう開けちまおう」


「え? ちょっとあんた」







 扉が開く――。






「おら! 会いに来たぞ! んん?」


「こらっ! 何勝手に、……あら?」






「……どうして、泣いてるんですか?」








 彼は泣いていた。


 どうしてかは、彼自身、わかっていなかった。




 ただ、誰かに伝えたいと、そう思った。





「ありがとう」と。










 そして、転生した4人は魔王を倒す旅に出る。






 おわり。

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そして、転生した4人は魔王を倒す旅に出る 矢口世 @ha-hu

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