第11話 魔物の正体
「あのー」
門番が部屋にいるゼンタとシアンに話しかけた。
「おかしなことに、兵士の魔力が回復していないようなのですが、みなさんは大丈夫ですか?」
ゼンタは内心ギクッとしたが、何食わぬ顔で
「あら、そうなの? あたしたち疲れちゃってて、今あまりわからないの〜。ごめんなさいね」
と言った。
「いえいえ、そうですよね。お疲れのところ、すみません。ゆっくりしてください」
「魔力盗りすぎたかしら?」
「いけんだろ」
2人は兵士たちから魔力を拝借し、ある程度回復していた。
ベッドにはロウが寝ており、ゼンタとシアンは椅子に座っていた。
しばらくして、ロウが目覚める。
「すみません。おれ、また」
ゆっくりと体を起こし、ロウが謝る。
顔は血の気を失っており、まだ調子は戻っていないようだ。
「ほんとよ、無茶してばかりね」
ゼンタはロウに水を渡した。
「ありがとうございます。お二人は魔力、戻ってるんですね」
「ええ、ちょーっと拝借したのよ。ずっとガス欠じゃ、何かあっても対処できないからね。あなたにもあげるわね」
「ちょいタンマ。それはあとだ」
「あと?」
シアンに止められ、ゼンタはどうしたのよと理由を尋ねる。
「ああ。先に話しておくことがある」
「イトのことよね。だけど、連れ戻すにしても、かなり難しいと思うのよねえ」
「いや、イトは連れ戻さねえ」
「えっ?」
「えっ? どうしてよ?」
予想外の言葉に2人は戸惑う。
「その話の前に、ロウ」
「はい?」
シアンはロウをまっすぐ見つめる。
「魔物を作るのはもうやめろ」
「!?」
ロウは驚きで目を見張る。
その横ではゼンタが面食らってポカンとしていた。
「あんた、何言ってんの。頭おかしくなったんじゃないの?」
「魔物を作ってんのはこいつだ」
確信しきったシアンの言葉に、ロウの心臓が激しく鼓動し始める。
「どうしておれが魔物を作らないといけないんですか?」
だがそれを悟られないよう、平静を装う。
「それを知りたいから、今この話をしてんだよ」
「……」
「どうして魔物を作ってる? 俺たちの邪魔をして、何の意味がある? おまえは、魔王の仲間か?」
「……」
ロウは視線を落とし考える。
体調はすこぶる悪い。魔力もまったく回復していない。
逃げることも、2人を拘束することもできない。
最悪のタイミングだ。
さっき水を飲んだのに、緊張で喉が渇く。だがいま水に手を伸ばせば震えているのがバレてしまう。
「俺らはおまえより魔力が戻ってる。逃げるのは無理だぞ」
「……」
シアンが探るような視線を向けるも、ロウは唇を強く結び、なんとか言い訳を探そうとしていた。
「否定しねえってことは、イエスってことになんぞ?」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
「あん?」
淡々と話すシアンにゼンタが待ったをかける。
「どうして、いきなりそんな話になるのよ! なにがどうなってんのよ!」
未だに口を閉ざすロウを見て、シアンは先にゼンタに説明を始めた。
「魔物=魔王の手下。誰だってそう考える。」
「あたりまえでしょ」
「だが、もし魔物が魔王の作った生き物だったとしたら、おまえは今までもぶっ倒れてたはずだ。魔物の魔力を吸い取るってことは、魔王の魔力を吸い取るのと同じだからだ」
「まあ……、そうね……」
「だが、今まで一度もそうなったことはない」
ゼンタはシアンの言わんとしていることに気が付いた。
「試しに今日おまえに魔物の魔力を吸い取ってもらったが、そんときも何もなかったはずだ。だが魔王の魔力を吸収し始めた途端、おまえは体に異常をきたした。
それと、魔物が魔王の手下なら、イトが魔王と戦ってるときに魔物にイトを攻撃させればいい。イトは魔王への攻撃で手一杯だ。隙だらけ、簡単に崩せる」
そうだ。
ゼンタは魔王の魔力を吸収したときの衝撃を思い出した。
「あんな魔物を作れるやつなんざ、ほんの一握りの人間だけだ。魔力操作に長けていて、魔力で何かを作れる人間。それだけでもこいつはかなり怪しくなる。ま、俺もこの世界の全部を知ってるわけじゃねえから、最初は、もしかしたらその可能性もあるなあ、くらいの感じで半信半疑だったんだよ。だが旅をするうちに、だんだんはっきりしてきた。んで、今日、ようやく確信に変わった」
ロウはぎゅっと手のひらを握る。背中にじっとりと汗をかいていた。何か言おうと試みるも、奥の方でつっかえてでてこなかった。
「さっき兵士に話を聞いんたが、魔物を見かけたがほとんど攻撃してこなかったらしい。
俺がおまえに言ったからだ。『誰かが襲われても無視しろ』ってな。だから、おまえは魔物に『人間を襲え』と命令できなかったんだ」
ロウの逃げ道がまたしても塞がれていく。
「それって、ロウはあたしたちや街の人を傷つけないようにしてるってこと?」
「そうだ」
「矛盾してない? なら、そもそも魔物なんて出す必要ないでしょ」
「これは俺の予想だが、こいつは俺らに魔王を倒してほしくないんだ。そのための時間を稼いでるんだ」
「どうしてよ」
「それがわからねえから、今聞いてんだよ」
2人は黙ってロウを見る。
その沈黙は、ロウのいっぱいいっぱいの心をさらに押しつぶしていった。
その気まずさに耐えきれなくなり、ゼンタはシアンに話しかけた。
「あんた、それいつから考えてたのよ」
「あー、結構前だな」
シアンは腕を組み、なんとなく部屋の天井を見る。
「なっ!? なんでもっと早く言わないのよ!」
「タイミングがあんだろーが。こいつの能力はやっかいなんだよ。自分に不利な状況になったら、いつでもドアで逃げられる。魔力をカラッポにでもしねえかぎり、落ち着いて話し合いはできねえ」
ロウははっとした。
「じゃ、魔王が現れたとき、おれに全力で攻撃しろって言ったのは……」
ロウは思わず言葉がでたが、すでに負けを認めたかのような、なんとも情けない声だった。
「おまえの魔力をカラにするためだ。魔王が出たっつーから、ちょうどいいやと思ってな」
その発言に、ロウだけでなくゼンタも絶句した。
この男は、いったい何を考えているんだ。
ようやく魔王を倒せる、千載一遇のチャンスだったというのに、シアンにとっては今回それは目的ではなかったのだ。
魔王が現れたあの状況で、シアンだけはこのために動いていたのだ。
「んで? どうなんだ?」
「……」
「なんで言えない?」
「言ったら、きっと、反対される、から……」
「反対?」
「おれ、おれは……」
涙がぐっとこみ上げ、声を詰まらせる。
「もとの世界に、戻りたくないんです」
ロウの言葉に部屋は静まり返り、カーテンの揺れる音さえ騒がしく聞こえるほどだった。
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