第14話 覚悟はできた?


 3人は意識を複製体から実体のほうへと移し、目をあけた。



「……」

「……」

「……」



 しばらく誰もしゃべらなかった。

 部屋の空気が鉛のように重苦しい。



 3人は部屋で複製体を操っていた。


 通常、複製体は自室にこもりっきりで、外部との交流もほとんどないため、普通に生活しながらでも操ることができるのだが、今回は重要な話し合いをするため集中する必要があったので、じっと座り複製体を動かしていたのだ。




「ずるい、ですよ」


 我慢できず、ロウが口を開く。



「こんなことされたら、おれ、どうしたらいいんですか」


 椅子に座るロウは背中を丸め、弱々しく尋ねた。



「おまえは優しい。その優しさにつけこんだ、ひでえ作戦だ。おまえに殴られても、ここで殺されても、文句は言えねえな」


 ベッドに腰掛けるシアンは片膝をたてる。



「ねえ、ロウ。もとの世界でのあなたのことを知らないから、勝手なこと言えないけれど、本当に戻りたくないの?」


 ロウの向かい側に座るゼンタが、ロウの顔を覗き込む。今日の髪型はハーフアップだ。



「だって、おれは、おれには何も残ってないから……」



 ロウの声がかすかに震える。



「よしっ! やっぱあれだな。全部話すか!」


 膝をパンっとたたき、意を決するシアン。



「えっ?」

「えっ?」


「洗いざらい過去を話すんだよ」


「それは……、なかなか難しいわね」


 ロウだけでなく、ゼンタも渋る。



「じゃ、まず俺から言うぞ」


「えっ! 本当に言うんですか?」



「そーだ! お前も全部言っちまえ。そりゃ、どうしても言えないこともあるだろうが、魔王を倒したあと、俺らがお互いのことを忘れてんなら、向こうで会ってもわからねえんだ。モヤモヤしてること、全部吐いちまえ」



 忘れる――。

 その可能性について、4人はこれまでもたまに考えたことがあった。



「あたしたち、忘れるのかしら。ここのこと」


 ゼンタは急に悲しみが押し寄せていた。

 まだ先のことはわからないが、いつかそうなるのだとしたら。




「さあな。んじゃ行くぞ。俺はな――」






 それから3人は丸一日かけてお互いのことを話した。


 そして、これからのこと、魔王を倒したあとのことも。



 もとの世界へ戻ったら、すべてを忘れているかもしれない。

 すべてがなかったことになるかもしれない。


 それでも――。






 



「でだ、俺は神に交渉してみようと思う」



 あらかた話し終わったあと、シアンがタバコを吸いながらまたしても突拍子もないことを言った。



「……何を?」


「俺らが今持ってる特別な力。それを、向こうでも使えるようにしてくれって。一回でいいから」


「それをどうするのよ」


「まてまて、とりあえず神に聞いてみる」



 そういうとシアンは片膝を立てたまま、タバコをくわえたまま目を閉じた。



「おい神。魔王倒したら報酬くれ。あっちでも各々の力を一度でいいから使えるようにしろ。それくらいできんだろ? オッケーなら、そうだな、風でもおこしてくれ」



 少し間をおいて、飛ばされそうなほどの強風が3人を襲った。部屋の中に小さな竜巻が現れた。



「痛い! ちょっと! 言葉遣いどうにかならなかったの!? それとどこの世界に膝たててタバコをくわえながら神頼みするやつがいるってのよ!」


「俺のせいかよ! ちょっとだけでいいんだよ! もうとめろ!」


 風がやんだ。



「はあー、災難だわ」


「クソがっ」


「神様も偉そうに言われてイライラしたんじゃないですか」



 シアンは風圧でぐしゃりと折れ曲がったタバコを怪訝そうに見つめ、新しいものを取り出した。



「それで、許可をもらえたわけだけど、それがなんだっていうのよ」


 ゼンタはぐちゃぐちゃになった髪をととのえる。


「いいか、よく聞け」


 シアンは自分の考えを2人に伝えた。







「ロウ。これでどうだ?」


 ロウは呆然としていた。



「お、おれは、それができるなら、嬉しいですけど、でもそれじゃシアンさんは……」


「俺は戻れればそれでいい」


 ロウは申し訳なさそうにシアンをちらりと見た。だがシアンは本当になんとも思っていないようだった。



「ねえ、あたしはどうすればいいの?」


「誰かの寿命でも吸っとけ」


「ふざけんじゃないわよ! あたしのこともちょっとは考えなさいよ!」


「おまえは自分で考えろよ! 向こうで使いたいやつとかいるんじゃねえのか?」


「はあ? なにそれ。もー信じらんない。はあー、どうしよ〜。どっかにイケメンいたかしらか〜」


 ゼンタは頬杖をつき、ため息を漏らす。



「はははっ」


 ロウが笑った。


 胸のつかえがとれたような、そんな笑い方だった。



 シアンとゼンタは顔を見合わせた。

 ロウが笑うのを久しぶりに見た気がして、2人も口元がほころんだ。





「そんなことより、おまえら、覚悟はできたか?」


「そんなことってなによ、偉っそうに」


「本当ですね。いつからリーダーになったんでしょうね」


「だまれ。俺はいつだってリーダーなんだよ」


「自転車こぎのリーダーね」


「ああ、そうでしたね。リーダーですね」


「ちげえわ!」



 部屋にはいつの間にか心地よい風が入っていた。カーテンが軽やかに揺れ、3人の気持ちも、なんだな軽くなったようだった。




「イトは、大丈夫よね」


「はい。イトさん、強いですから」


「あいつにはあいつの役目がある。俺らが死んでも、あいつがなんとかするさ」




 3人は、覚悟を決めた。













 街から少しだけ離れた場所に広がる草原。そこに彼らはいた。



「死ぬ覚悟はできた?」


「そのセリフ、そのまま返すぜ」



「あなたたちでは無理だよ。格が違うから」


「あら〜、ちょっとしか生きてない小娘が、ずいぶん偉そうに物を言うのねえ」



「ずっと逃げてればよかったのに」


「そうしたかったんですけど、それにも飽きてきたので、そろそろ先に進むことにしました」




 3人は魔王を見つめる。

 魔王はイトから聞いていた姿ではなかった。



 黒髪に黒い瞳、黒いワンピース。

 10代前半くらいの小柄な女の子から感じる圧倒的な魔力と、気を抜くと押しつぶされそうなプレッシャー。


 こんな状況でも無邪気に笑う少女は、3人から見れば化物でしかなかった。




「そう。なら、今日でこの世界を滅ぼそうかな」



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