二六章 台風に挑め!
「出来た、ついに出来たぞ!」
「ついに出来たのね!」
「ええ、
「そう。わたしたちの思いの結晶。必ず、成功する」
その天賦の才で部品作りを手伝ってきた
「でも、なんだか不思議。空飛ぶ部屋なんていう、いままで誰も作ったことのないものが小さな町工場から生まれるなんて」
そういうのって普通、大企業の研究室とか、大学とか、そんな場所で生まれるものなんじゃないの?
と、五姉妹中随一の常識人である
「そんなものだよ、
「そうとも」
と、
「世界をかえるのは名もない集団なんかじゃない。いつだって、強靱な意志をもつ『たったひとり』の人間だ。オレたちが作りあげるんだ。もう誰も、災害なんかで人が死ぬことのない社会を」
その言葉に――。
災害によって突然、両親を失った姉妹たち。その心に宿る思いは皆、同じだ。
「ただ……」
「問題はどうやって世間に知らしめるかだ。いくら、すごいものを作っても世間に知られなければ意味がない」
「たしかに」
と、
「うちみたいな零細企業では、宣伝に力を入れるお金もないし……」
妹たちが必死の努力を重ねて作りあげた空飛ぶ部屋。それを世間に知らしめることができない。そのことに姉のとしてのふがいなさを感じているのだろう。
あっさりと解決策を提示して見せたのは、生まれた頃から『常識が通用しない』と言われつづけた三女の
「コンテストを開く」
「コンテスト?」
「自作の人力飛行機の飛行距離を競う大会が毎年、開かれ、注目を集めてきた。同じように空飛ぶ部屋の集まるコンテストを開けばいい」
「なるほど。『空飛ぶ部屋コンテスト』か。それなら、たしかに世間の注目も引けるな」
「ああ。基本的には小型飛行船だから、作ろうと思えばたいていの人間や企業が作れる。最初はオレたちだけでも毎年、地道に開催して注目を集めるようになれば参加者は増えていく。そうなれば、注目もどんどんあがっていく」
「『誰も災害で死ぬことのない社会を作る』というキャッチフレーズは企業にしてみれば格好の宣伝材料になる。私たちが実際に作れることを証明すれば、あちこちの企業が参加するようになるはず。そうやって、参加者同士が競い合えば性能だってどんどん高くなる。費用だって安くなる。そうなれば、格段に普及しやすくなる」
「決まり」
と、発案者の
「でも……」
と、常識人の
「そんなコンテスト、どうやって開催するの? うちにそんなお金、ないよ?」
「うちにないなら、お金のある人を集めればいいのよ」
「任せて! ここは営業担当のわたしの出番。一〇〇社でも二〇〇社でもまわって、スポンサーを見つけてみせるわ」
「よし、決まりだ。『空飛ぶ部屋コンテスト』を開催して、『誰も災害で死ぬことのない社会』を作る第一歩を踏み出そう!」
「おおっー!」
と、姉妹たちは腕を突きあげて一斉に叫んだ。
それからはもう毎日まいにちスポンサー探しに奔走する日々だった。
部品製造で関係のある企業はもちろん、自動車メーカー、飛行機会社、大手メディアから地元のケーブルテレビ局に至るまで、とにかく、金を出してくれそうな相手には片っ端から当たった。
もちろん、そうたやすく色よい返事がもらえるはずもない。何社まわっても結果は同じ、『こいつら、正気か?』という目で見られ、体よく追い払われるだけ。
「この不景気と物価高で先行き不透明なのに、そんなわけのわからないことに関わっている余裕なんてない」
「先行き不透明だからこそ新しいなにかをはじめる必要があるんです! 空飛ぶ部屋はまさに新しい挑戦。いま、手をつけて成功を収めれば、未来の利益を独占できますよ」
「そうか、わかった。それじゃあ、その『未来の利益』とやらを現実のものにしてからまた来てくれ」
そして、ハンカチを振って追い返される。その繰り返し。
それでも、
「コンセプトは面白いと思う。『誰も災害で死ぬことのない社会を作る』というのも、災害つづきのこのご時世では人目を引けるだろう」
「それじゃあ……」
パアッと、お日さまのような笑顔を咲かせる
「いやいや、たしかにコンセプトは面白いと思うよ、コンセプトはね。でも、いかんせん地味だからねえ。コンテストと言ってもただ飛行船が飛ぶだけだろう? 飛行船が飛ぶなんて当たり前だし、それだけではとても視聴者の興味を引けるとは思えないしねえ。なにかもっとこう、刺激となる要素があれば別だが……」
「それなら……」
と、同行している
「台風のなかを突っ切るって言うのはどうです?」
「台風のなかを?」
「
「そうです。日本は台風大国です。夏ともなれば毎年、どこかに大型台風が上陸する。そのなかを突っ切るんです。そのために必死になっている操縦席の様子を生配信するんです。それなら、刺激もあるでしょう?」
「ふむ、なるほど。それは確かに緊迫感もあるし、おもしろそうだ。しかし、本当に大丈夫かね? それで、あえなく墜落……などと言うことになったら逆にイメージダウンになる。おいそれと承知はできないが……」
「だいじょうぶです!」
懸念を示す社長に対し、
「私たちが魂を込めて作りあげる空飛ぶ部屋です。台風なんかに負けません! 必ず、無事に渡りきってみせます」
「ふむ、なるほど。そこまで言うなら賭けてみるのも一興か。よろしい。その覚悟に免じて我が社がスポンサーになろうじゃないか」
「無茶よ、
家に帰った途端、
「なんだよ、姉ちゃん。オレたちの作る空飛ぶ部屋を信用できないって言うのか?」
「そう言う問題じゃないでしょ!」
「いや、
「空飛ぶ部屋の存在意義を思い出してください。『誰も災害で死なない社会を作る』というその一点です。それなのに『台風が来たら使えない』と言うんじゃ意味がない。激しい台風が来たときこそ、その脅威から逃れるために空飛ぶ部屋が必要になるんです。だったら、台風のなかを突っ切ることのできる性能は当然、必要とされます」
「そ、それはそうでしょうけど……」
「だいじょうぶ」
「空飛ぶ部屋の操縦はそうむずかしいものじゃない。私ひとりで充分、操作できます。万が一、墜落しても私ひとりが死ぬだけ。問題はないですよ」
「問題、大ありです!」
「なに言ってんだ。オレも乗るぞ」
「
「
「空飛ぶ部屋はお前ひとりのものじゃない。オレの作るものでもある。制作者が自信をもてないようで、誰が信用する? 世間の信用を勝ち取るためにも制作者であるオレ自身が乗り込む必要がある」
「だったら……」
と、
「わたしも部品作りで協力している。わたしも乗り込む」
「ダメだ!」
「いくらなんでも中学生を危険な目に遭わせるわけにはいかない。君だけは絶対にダメだ」
「とにかく、
「そうとも、姉ちゃん。危険を怖れてばっかじゃなにもできやしない。挑戦しなけりゃ成功なんてなにひとつ手に入りゃしないぞ」
「……わかったわ」
「でも、これだけは約束して。挑戦には万全を期すと。もし、少しでもなにか不具合が見つかったら中止すると。それだけは譲れない。いいわね?」
「わかった」
そんな三人の横では、同行を拒否された三女が怪しく目を光らせていた……。
そして、コンテストへの準備ははじまった。
生活を稼ぐための日々の仕事のかたわら、一つひとつ部品を作り、吟味し、何度もなんどもやり直し、作り直し、一歩いっぽ空飛ぶ部屋を作っていった。
時間は瞬く間に過ぎていった。
一月、二月、三月……。
やがて、半年が過ぎた。
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