二九章 四葉家、バズる

 その日から四葉よつば家の暮らしは一変した。

 臨場感あふれるライブ映像が話題となり、ネット上でバズりまくった。YouTubeではその動画が何百万回と再生され、いまや、日本中で四葉よつば家の名前を聞かない日はないほど。

 メディアからの取材申し込みが殺到し、その技術力の高さと注目度に目をつけた企業からは仕事の依頼が舞い込みつづける。

 「もう誰も災害で死んだりしない社会を作る」

 という理念も大々的に広まり、

 「感動した!」

 「がんばって!」

 との応援メッセージも続々と寄せられた。

 さらに、次回コンテストへの参加を表明する企業やチームも相次いだ。

 しかし、それらすべてを圧して圧倒的な量だったのが『四葉よつば家ファンクラブ』の設立許可を求める申し込み。それこそ、南は沖縄から北は北海道まで日本中から申し込みがやってきた。ちらほらと日本以外からの申し込みも混じっているあたり、ネットというツールの威力を見せつけられる気分だった。

 ネット上ではいつの間にやら四葉よつば家五姉妹の人気投票まて行われていた。第一回投票において栄えある一位に輝いたのは――。

 「このわたし」

 と、心愛ここあが得意の『親指を突き立ててグッ』のポーズを決めた。

 「やっぱり、クール無表情系女子は強い」

 ――もしかして、狙ってやってるのか?

 と、育美いくみが疑う発言だった。

 「あ、あたしが二位……」

 と、多幸たゆが恥ずかしそうに言う。

 「三位……。そ、そうよね、長女だもの。栄光は妹たちにゆずらなくっちゃね。ふふ、ふふふふふ……」

 妹ふたりに負けて三位に終わった希見のぞみは少々、アブない雰囲気になっていたりしたが。

 「心愛ここあ多幸たゆが一位、二位を占めるのはわかるとして……」

 怒りを込めて、そう呟いたのは志信しのぶである。

 「なんで、オレが最下位なんだ! 育美いくみにも負けてるってのはどういうことなんだあっ!」

 「い、いや、どういうことなんだと言われても……」

 育美いくみとしてもなんと答えようもない。ネット上の発言を見ると、

 「これ、ほんとに女か?」

 「絶対、男子!」

 「理想の王子さま!」

 といった性別を疑う発言ばかり。しかも、投票者のほとんどが女子という、まさに『王子系女子』の本領発揮と言った展開。しかし、本人はそれがとにかく気に食わない。

 「心愛ここあ多幸たゆ、姉ちゃんに負けるのはいい! それはわかる! だけど、なんだって本来、男である育美いくみに負けなきゃならない⁉ しかも、男だと疑われてるのがオレだけって、どういうことだあっ!」

 志信しのぶの怒りはおさまらない。爆発するオーラで、全長一〇〇メートルの怪獣になってしまったかのような怒り大爆発。実際、ネット上の発言で育美いくみの性別を疑う発言はひとつもない。それはすべて志信しのぶに関してのものなのだ。

 「い、いや、私に言われても困るんだけど……」

 と、こちらも喜んでいいのかどうかわからず『たはは……』と、汗などかきながら頬のあたりをかいてみる育美いくみであった。

 「男姉おねえさんキャラの確立、おめでとう。誇っていい」

 と、心愛ここあは親指を立てて主張したのだが――。

 やはり、本来、男である身としては誇っていいのかどうか微妙なところであった。

 ともかく、四葉よつば家のてんやわんやな日常はここにはじまった。

 仕事が後からあとから舞い込むようになったので、現場担当の育美いくみ志信しのぶ、それに、パート扱いの心愛ここあはまさにてんてこ舞い。朝から晩まで工場に籠もりきり。志信しのぶの大学生活に影響が出るのが心配になるレベルだった。

 こうなるともうチーム・ハクヨウから仕事をまわしてもらう必要もない。有名企業から勝手に仕事の依頼がやってくる。その数はとうにチーム・ハクヨウを超えているはずだった。

 と言うわけで、チーム・ハクヨウの下請けはやめにして、自分たちの仕事に専念した。それでも、後からあとから仕事はやって来る。こなしてもこなしても仕事はなくならない。

 「あ~もう! オレたちだけじゃ、とてもざばききれないぞ。こうなったらいっそ、従業員、雇うか?」

 「その前に、工場を広げないと……。この工場じゃそう何人も働けない」

 「親父とお袋の残した工場の形をかえるのは、いやだぞ」

 志信しのぶがそう主張するので結局、育美いくみ志信しのぶ心愛ここあの三人で対処するしかないのだった。

 仕事で手一杯なのに『空飛ぶ部屋』の理念を広く世間に伝えるためにメディアの取材にも応じなければならない。育美いくみ志信しのぶにはとてもそんな余裕はないので、取材に関しては希見のぞみがほとんどひとりで応じることになった。

 それがまた大騒ぎ。なにしろ、芸能界にもめったにいないレベルの正統派巨乳美女。しかも、天然の二四歳。たちまち人気が沸騰し、下手なグラビアアイドルより人気者になってしまった。おかげで、芸能界からも引く手あまた。空飛ぶ部屋とは関係ないバラエティ番組やグラビア撮影の依頼までドカドカ舞い込む始末。それを断るだけでも一苦労だった。

 「ああもう! どうして、こんなことになるの⁉ わたしはただの零細企業の社長なのに……」

 「自分の胸に手を当てて考えてみるといい」

 心愛ここあに言われて素直に自分の胸に手をおく希見のぞみだが、

 「なんにも思い当たらないけど?」

 「天然……許すまじ」

 怨念を込めて、拳を握りしめる心愛ここあであった。

 ともかく、希見のぞみも、育美いくみ志信しのぶに劣らずいそがしくなってしまった。こうなると、仕事の依頼の受け付けなどはやっていられず、それらは多幸たゆが引き受けることになった。

 しかし、その多幸たゆも現役小学生。家事もある。仕事に専念するというわけにはいかないので、こちらも『体が三つほしい!』と叫ぶほどのいそがしさ。

 まさに、四葉よつば家全体がミキサーのなかに放り込まれて、かきまわされるほどのいそがしさに見舞われた。そして、そんなある日――。

 多幸たゆが工場に詰めている育美いくみたちのところに駆け込んできた。叫んだ。

 「国際NGO団体の代表って言う人から国際電話! 直接、会って話をしたいんだって!」

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