四章 長女と対話
姉の
「……
末っ子の
「……姉ちゃん、ああ見えて頑固だからなあ。一度、言い出すと聞かないし」
「腕ずくでは、とめられないしね」
「姉ちゃん、鍛えてるわけでもないのに、オレより怪力だからなあ。力ずくでとめようとしてもこっちがやられちまう」
「
との、三女・
「いや、それはないから!」
と、ツッコむことは
とにかく、襖の向こうでなにが行われているのか気になって仕方がない。
――さすがに、そこまでは気の毒だもんなあ。
と、さすがの
とにかく、万が一の場合『姉をとめるために』待機していた。
と言うわけで、三人の妹は襖をわずかに開けてなかの様子をうかがいつつ、耳を押し当てて話を聞こうとした。
そのなかで
そんな
「ありがとうございました、
「ありがとう?」
自分の言ったことは無慈悲なほど冷徹なものだという自覚はある。
しかし、
「
それなのに、わたしは自分の思いばかりを語っていました。両親の残した工場を守りたい。その思いはきっと他の人もわかってくれる。そんな風に思っていて、自分たちがお客に対してどんな利益を与えられるかなんて、考えたこともありませんでした。それどころか『どうして、他の人たちはわかってくれないの⁉』なんて、恨んでいました。
本当に甘ちゃんですよね。
「あ、いや……」
深々と頭をさげられて、
「……おれもあなたと同じですよ。自分の思いばかりにかまけて、仲間や顧客に対し『どんな利益があるか』を語ろうとしなかった。それじゃあ、『夢ばかり見ているガキ』として見捨てられても仕方がない。あなたがおれと同じことをしているのを見てやっと、そのことに気がついた。おれの方こそ礼を言います。ありがとうございました」
と、
「でも、
「はい」
「
「どういう意味です?」
「
「……そうだったんですか」
「でも、地震で直接、死んだわけじゃないんです。建物の下敷きになって怪我はしていたけど地震の直後はまだ生きていたんです。早めに病院に運ぶことさえできていれば助かったんです。それなのに、地震のせいで道路が寸断されてしまい、運ぶことができなかった。そのまま数日を過ごすうちに衰弱して死んでしまったんです」
ギュッ、と、
血が滲むほどに強く、唇を噛みしめた。
「すでに成人していたわたしはいいんです。でも、まだ小学生だったふたり、
わたしは、そんな悲しい思いをする子どもをひとりでも減らしたい。
その言葉を、襖に耳を押しつけて聞いていた
「WHYからはじめよ」
その唐突な一言。
それが、
「『WHYからはじめよ』というタイトルの本は知っていますか?」
「えっ? いえ、知りませんけど……」
「アメリカのコンサルタント、サイモン・シネックの記した本です。サイモンはその本のなかで凡庸な企業と世界を動かす偉大な企業のちがいを説明しています。凡庸な企業は『自分たちがなにをしているか』を語る。しかし、偉大な企業は『自分たちはなんのためにしているか』という『理由』を語る。サイモンはそう記しています。
そして、
その理由を徹底し、貫けば、企業の理念となり、文化となる。その文化こそが人を惹きつける。おれ自身、そんな文化をもつ場所で働きたいと、いや、人生を過ごしたいと思った。だからこそ、自分でチームを立ちあげたんです。でも……」
ほう、と、
「……目先の生活費を稼がなきゃいけない日々のなかでおれ自身、そのことを忘れていました。だからこそ、仲間にも、顧客にも『理由』を語らなかった。なんのことはない。おれが仲間たちから見捨てられたのは、まぎれもなくおれ自身の落ち度です。誰を恨みようもない。でも……」
「
「はい!」
『社長』と呼ばれて、
「あなたがそのことを思い出させてくれました。あなたがその思いを貫くなら、あなたこそ私が本当に望んでいた仲間ということになります。私の方からお願いします。私を雇ってください。空飛ぶ部屋を実現させる機会をください」
そう言って、
「ありがとうございます、
家中を震わせるような
無理もない。ただでさえ肋骨にヒビが入っているのだ。普通の女性に抱きつかれただけでも激痛が走る。まして、
ヒビの入った肋骨はもちろん、背骨そのものが締めあげられ、粉々に砕かれるかのような衝撃。『男だろ!』と言われたところで我慢できるものではない。響き渡る絶叫に――。
「わあー、姉ちゃん、ストップ、ストップ!」
「ゴリラが人間を抱きしめてはいけない」
「救急車、また救急車、呼ばなくちゃ!」
三者三様の声がその場に充ち満ちた。
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