三章 四葉家の事情
「今日から、この家で一緒に暮らしましょう」
突如として放たれた
その場はパニックに陥った。
「なんでそうなる⁉」
「姉ちゃん!」
「
しかし、
そんな言葉をかけられ、こんな視線を向けられたとあっては、
「
「助ける?」
「はい。お気付きのことと思いますけど、うちは町工場です。あなたのチームと同じように企業の下請けをしている小さな工場ですけど、父と母がふたりして作り、守ってきた大切な工場なんです」
「ご両親が……。そう言えば、ご両親は?」
「……死んだ」
ムスッとした様子で答えたのは
「二年前に、旅行先で災害に巻き込まれて」
「そ、そうですか……。すみません、よけいなことを聞いて」
「気にしなくていい」
さすがにバツの悪い思いをする
「こちらから持ち出した話題だから」
「……ありがとう。でも、ごめん」
「
「目標?」
「はい」
と、
「両親の工場を守っていくことです。だから、わたしは両親が死んだすぐあと、社長を継ぎました。社長と言っても、名ばかりの役立たずですが……」
「そんなことない! 姉ちゃんはすごくがんばってるよ」
そんな妹たちの慰めも
「幸いというか、
「……あたしはまだ子どもだから、なんの役にも立てないけど」
「でも、
「仕事の役には立てないから、せめて、それぐらいは……」
――姉さんたちが仕事に専念出来るよう、家のことは自分で引き受けているわけか。
まだ小学生なのに、姉さん思いのしっかり者なんだな。
「
「でも、なんの実績もない女性、しかも、まだ大学生。それでは、どこも相手にしてくれなくて、両親と関係のあった企業もどんどん遠のいてしまって……」
「くそ、あいつら……」
「オレは立派に父さんの技術を受け継いだんだ。腕を見てくれさえすればちゃんとやっていけるってわかるはずなんだ。それなのにあいつら、女だって言うだけで腕を見ようともしないで……」
「
「わたしの力不足です。そこをどうにかして顧客を繋ぎとめるのが社長の役目なのに、わたしにはそれができなかった。最初のうちは同情して仕事をまわしてくれたところも、いまでは遠のいてしまって……もうずっと、仕事のない状態がつづいているんです」
「おかげで、毎食のおかずが一品、減った。成長期の身にはつらい」
「……そういうことを、他人にバラすなよ」
「ですから!」
しみったれた雰囲気を吹き飛ばしたいと思ったのだろう。
「
「オレが、こいつの仕事を手伝うのかよ⁉」
「話はわかりました。確かに、私としても自前の工場と仲間がいるのはありがたい。私のもっているノウハウなんて、たった五人のチームがどうにかこうにかやっていけるようになったという程度のものですが、そんなものでもあなたたちの役に立つというなら、いくらでも提供します」
「それじゃあ……」
そんな
「その前にまず、聞いておきたい。あなたたちが工場をつづける理由はなんなのです? その答えがなければ協力はできません」
その問いに対し、
「両親の工場は、わたしたちの思い出そのものなんです。物心ついたときから工場で父や母に甘え、その場にあるものはなんでも手にとって遊びました。仕事中の両親にとっては迷惑この上なかったでしょうけど、それでも、幼いわたしたちには工場は不思議なものがいっぱいある、びっくり箱みたいな楽しい遊び場だったんです。わたしたちの思い出のつまった工場をなんとしても守っていきたいんです。だから……」
「あいにくですが、そんな話は聞いていません」
「だ、だって、工場をつづける理由って……」
「おい、なんだよ、その言い方! 失礼にも程があるだろ!」
「
「存在意義?」
「どんな企業も顧客に利益を与えることなしには成り立たない。あらゆる企業は顧客に利益を与えつづけることで存在できる。その『顧客に与える利益』こそが、その企業の存在意義となる。逆に言うと、利益を与えられない企業は存在できないし、そもそも存在意義がない。
だからこそ、問う。あなたたちの工場は世間に対し、どんな利益を与えることができるのか。その利益は他では与えることのできない、あなたたちだけのものなのか。
なんのために、
誰に対し、
どんな利益を与えるのか。
その問いに答えられないようでは経営とは言えない。単なる経営ごっこだ」
「け、経営ごっこ……」
さすがに絶句する
だからこそ、容赦がない。遠慮も、迷いもない。無慈悲なほどに冷徹に畳みかける。
「それとも、『思い出を守りたい』なんていうお涙ちょうだいの安っぽいストーリーを語れば、世間が同情して仕事をまわしてくれるとでも思っていたのか? だとしたら、確かに社長失格だな。そんな人間とはとても手を組むわけにはいかない」
その言葉に――。
怒りを爆発させたのは
「な、なんだよ、さっきから偉そうに! お前だって仲間から追放されてクビになった身だろ。偉そうにどうこう言える立場かよ⁉」
「
「ああ。その通りだ。おれにはそれができなかった。仲間と顧客に『空飛ぶ部屋を作る』ことの意義を説明し、そこから得られる利益を語り、理解を得るべきだった。それなのに、おれにはそれができなかった。いや、やろうとしなかった。そもそも、そんなことが必要だとわかっていなかった。
真剣に仕事に打ち込んでいれば、まわりはわかってくれる。
無意識のうちにそんな甘えた態度でいたんだ。だから、クビになった。仲間から追放された。仕事も住む家も失う羽目になった。いまの
「うっ……」
「……わかりました」
「
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