二章 一緒に暮らしましょう
――どうして、こんなことになったんだ?
布団に寝かされる
怪我人を力いっぱいガクガク揺さぶり、気を失うほどの痛手を与えてくれたのが長女の
髪が長く、たおやかな印象の正統派美女。一目見て『大和撫子』という言葉が浮かぶ。そんな女性。女優として活躍していておかしくない、誰もが振り返りそうな美女。そして、その胸。『服のなかにメロンでも入れてるのか⁉』と、ついツッコみたくなるほどの見事なふくらみ。そのふくらみにはこの世のすべての人間が目を奪われることだろう。
ここまでの美女――おまけに、スタイル抜群――は大学四年間で見てきたミス・キャンパスにもいなかった。そんな美女から心配を込めて睨みつけられるのは正直……胸に刺さるものがある。
その隣に座っているのが次女の
その
クール系の無表情な女の子だが、ふたりの姉に劣らないかなりの美少女。その視線で射貫かれると心の奥底まで見抜かれそうでドキドキしてくる。体型的には次女に似ており、中学生らしい無駄のないしなやかそうな体付きをしている。
そして、救急車を呼んでくれたのが四女で末っ子の
顔立ちだけではなく、体型までも長女似なのか、まだ小学生なのに、服の上からでも胸のふくらみがはっきりわかる。胸囲だけはすでにおとな並だがまぎれもなく小学生。それだけに、その胸が目に入ると成人女性を相手にする以上に『イケナイ』気分になってしまう。
そんな美人四姉妹に囲まれているのだ。二六歳、独身、彼女ナシの男としてはもう、気恥ずかしいやら、緊張やら、はたまたプレッシャーやらでいてもたってもいられない気分。
――本当に、どうしてこんなことになったんだ?
「肋骨にヒビが入っているけど、まあ、入院するほどのものでもないね。もちろん、入院したいならしてもいいけど。どうする?」
と、無責任なんだか、患者の自主性を尊重しているんだかよくわからないことを言われた。
その日の朝にチームをクビになり、失業したばかりの人間としては、入院などしてよけいな金を使ってはいられない。『入院しなくてもいいなら』と、最低限の治療だけ受けて一も二もなく病院をあとにした。
とは言え、これからどうするか。
なにしろ、いままで住んでいたシェアハウスは社宅のようなものなので、会社をクビになったいまでは住んではいられない。そもそも、チームを追放されたあとまで同居するなど気まずすぎる。
だけど、チームの経営が厳しかったから貯金もないし……。
「とりあえず、どこかの安宿にでも泊まって……」
などと考えていると、
「妹が人違いで怪我させてしまったんです! このままにはしておけません。とにかく、うちに来てください!」
そのまま、その外見からは想像もつかないものすごい力で引っ張られ、
――まるで、エロゲかエロ小説並の展開だな。
二六歳の男としてはごく自然な感想であったろう。エロゲとしてプレイしている分にはそれなりに楽しいが、現実に自分がそんな身になったとなれば喜んでもいられない。失業者になったあげくに性犯罪者にまで成りさがり、人生をふいにする気など
「なんで、女ばっかりの家に、こんなどこの誰ともわからない男を連れてくるんだよ、姉ちゃん」
次女の
「
「それについてはちゃんと謝っただろ。それでいいじゃないか」
「
三女の
「わ、わかったよ。オレが悪かったよ。ごめん、謝る、この通り」
「ほら、これでもういいだろ。見ず知らずの男なんてとっとと追い出そうぜ」
「そんな謝り方、ないでしょう! 肋骨にヒビの入る大怪我させたんだからもっときちんと謝りなさい」
「その怪我人を力いっぱい揺さぶって、とどめを刺したのは
との、
「そうでした。まことにもって申し訳ありませんでした」
と、三つ指をついて深々と頭をさげたのだった。
「あ、いや……」
「ダメです! 大怪我なんだからおとなしく寝ていてください!」
体を起こそうとしたところをつかまれて布団に叩きつけられ、ヒビの入った肋骨が刺激され、胸に激痛が走った。
「痛えッ……!」
こらえきれずにさすがに叫んだ。
「……姉ちゃん」
「怪我人に乱暴しすぎ」
「
「と、とにかく……」
「悪いのは下着ドロなわけですし、同じ男のやったことです。こちらこそ、申し訳ない」
「立派だけど、そこまで言うと偽善に聞こえる」
「
「
「なるほど。納得」
と、
「みんな、とにかく、落ち着いて」
末っ子の
「
声はさすがに幼いが、なんだか姉妹のなかで一番、おとなっぽい態度だったりする。しかし――。
――
『くん』付けで呼ばれるなんて、いつ以来だろうか。しかも、相手は小学生と言え、とびきりの美少女。しかも、巨乳予備軍。子どもの頃から技術畑一筋で女性に免疫のない身としては、なんだか、無性にドギマギしてしまう。
「だから、よけい、置いとけないんだろ。いい歳して、仕事も家もないなんて、そんなやつ、信用出来るか」
その言い分にはさすがに
「言っておきますが……」
「私は別に引きこもりでもなければ、パラサイトでもありません。今日の朝まではきちんと会社勤めしていたんです。総勢五人の、他の企業からの注文を受けて部品を開発・製造する小さなチームですが、おれはそのチームのチーフ・エンジニアとして、外部からも評価されていました。そのチームを今日、クビになって、住んでいたのも社宅がわりのシェアハウスだからいられなくなったという、本当に、今日たまたま仕事も家もなくなったという、それだけのことです」
それだけのことです、と、
――いやいや、『それだけのこと』って言うにはちょっと、深刻だよな?
と、いまさらながらに自分の境遇のみじめさに気がついたのだった。
「そのチーフ・エンジニアがなんで、チームをクビになったりしたんだよ」
本当に優秀ならクビになるわけないだろ。
そう思っているのがはっきりわかる、
「空飛ぶ部屋を作ろうとしていたもので」
「空飛ぶ部屋?」
「もともと、私のいたチームは、大学時代に私が友人たちに呼びかけて作りあげたものなんです。空飛ぶ部屋を作る。その目的のために。でも、みんなはいつの間にかおとなになっていた。『空飛ぶ部屋を作る』という目的よりも、金を稼ぐことを第一に考えるようになっていた。そうなると、大学時代からかわらず空飛ぶ部屋を作ろうとしている私が邪魔になった。だから、追放されたんです」
「いや、そりゃそうだろ。いい歳して『空飛ぶ部屋を作る』なんて子どもみたいなこと言ってたらそりゃ、クビになるだろ」
「
あまりに正直な
「チームの皆からもそう言われました。でも、私は夢やロマンで空飛ぶ部屋を作ろうとしているんじゃない。日本は災害列島です。地震、津波、台風……様々な災害が四季を問わずに襲いかかる。そのたびに大きな被害が出る。でも、どの家にも空飛ぶ部屋があればすぐに空を飛んで逃げられる。津波が来ようが、道路が寸断されようが関係ない。皆、安心して暮らしていられるようになる。そのために、空飛ぶ部屋を作る。私はそう決心したんです」
「そ、それはすごいこと考えたと思うけど……」
予想外の真剣さにさすがに気圧されながら、
「現実的に考えて、空飛ぶ部屋なんてどうやって作るんだよ?」
「別にむずかしいことじゃありませんよ。要は、小型の飛行船を作って、それを普段は部屋として使っていればいい。それだけのことです」
「それだけのことって……」
「現在の飛行船技術をもってすれば難しいことじゃない。動力源としては燃料電池を使えば災害時でも電気と熱とお湯を使える。風呂に入るために給水車の前で列を作る必要はない。作るだけの価値は充分にあります」
「それはそうかも知れないけど……飛行船ってことは水素を使うんだろ? 水素は一番、燃えやすい気体だ。いつでも引火・爆発の恐れがある。そんなものを部屋として使えないだろう」
「ガソリンや都市ガスは爆発しないとでも?」
「あ、いや……」
「ガソリンだって、都市ガスだって、引火・爆発の危険は常にある。それなのに、私たちは当たり前に使っている。大量のガスに火が点いたら大災害だと言うのに、巨大なガスタンクを作ってなんの心配もせずに暮らしている。
それは、安全に扱うための技術があるからですが、なによりも慣れているからです。水素だって同じ。現在の技術なら充分に安全に扱うことはできます。それが、心配されるのは慣れていないからです。空飛ぶ部屋が普及して『水素のある暮らし』が当たり前になれば、誰も気にしなくなりますよ」
「
と、
「それでは、あなたは、これからも空飛ぶ部屋を作ろうとするんですか?」
「『作ろうとする』ではありませんよ。『作る』んです」
「そのために、仲間から追放されたのに?」
「もちろん。私ひとりでも必ず、実現させます」
「よくわかりました。では、
「なんです、
「今日から、この家で一緒に暮らしましょう」
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