八章 次女と風呂
「ふうう~」
と、
白く濁ったとろみのある薬湯が全身を柔らかく包み込み、体の隅々にまで浸透してくる。湯のなかの成分が体のなかにまで染み渡り、ヒビの入った肋骨を癒やしてくれる気がする。
「……はああ~。本格的な薬湯なんてはじめてだけど、こいつは確かに効くな。戦国時代の武将たちが、傷を癒やすために秘密の温泉をもっていたって言うのも納得だ」
そう言ってから改めて息をついた。今度は安堵の溜め息だった。
「……しかし。
と、しみじみと安堵の息をつく。
なにしろ、
男三人、女ふたりの共同生活だったので女性との同居には慣れているはずだが、前のふたりは大学時代からの友人で顔なじみ。
「……まあ、
しかし、同居人にそんな不埒な真似をしたとなれば、さすがに一緒にはいられない。追い出される前に、自分から出て行かなくてはならない。
そんなことになれば、空飛ぶ部屋を作れなくなる。
「……そうとも。空飛ぶ部屋を作るために、おれはなんとしてもこの家にいなきゃいけないんだ。そのために、なんとしても我慢しなけりゃ」
とにかく、もう夜だ。試練の一日は終わった。あとはもうさっさと眠ってしまえばいい。明日の朝には
「なんで、入ってくる⁉」
さすがに仰天して叫んだ。
「う、うちの風呂だぞ! いつ入ったっていいだろうが」
「だ、だからって、男が入っているときに……」
「な、なんだよ。オレに感じるって言うのかよ。オレなんかに感じているようじゃ姉ちゃんたちの側にはいさせられないぞ」
「……だ、大丈夫。入るなら好きにしてくれ」
湯船から出ようにも出られず、白く濁った湯のなかに身を沈めたまま目を閉じて平静を装う。
ふたりとも無言だった。
「……な、なんだよ。平気な顔して。そんなにオレは色気がないかよ」
「……そういう問題じゃない。おれはどうしても空飛ぶ部屋を実現させたい。いや、実現させる。そのために、ここにいる必要がある。それだけのことだ」
「……なんで、そこまで空飛ぶ部屋にこだわるんだよ?」
「『
「ああ。親父から聞いたことがある。日本最初の純国産車オートモ号を作った人だよな?」
「ああ、そうだ。土佐の郷士、三菱財閥支配者の家系に生まれ、いまだ脆弱であった日本の工業力を引きあげ、日本国民が少しでもまともな生活を送れるようにする。それこそを己の天命と定め、日本最初の純国産自動車メーカー『
そうして、作りあげたのが日本最初の純国産車オートモ号だ。
「その
「ちがう、悔しかったんだ」
「悔しかった?」
「そうだ。せっかく、高い志をもち、その志を実現させたのに、アメリカの巨大メーカーとの戦いに敗れ、消え去った。それはどんなに悔しかったか。無念だったか。それがまるで自分のことにように感じた。だから、決めたんだ。自分の手で新しいオートモ号を作る。地上を走る車ではなく、新しい時代にふさわしい、新しいオートモ号、空を飛ぶ車としてのオートモ号をだ」
「空を飛ぶ車……」
「そうだ。そして、空飛ぶ車で世界を制し、
「でも?」
「その後、立てつづけに日本各地で大地震が起こった。そのたびに多くの被害が出、大勢の人が死んだ。それを目の当たりにして思ったんだ。いまの日本に必要なのは空飛ぶ車なんかじゃない。どんな災害も克服出来る技術だって。
そのために、空飛ぶ部屋を作ることにした。空飛ぶ部屋があれば、誰もが災害から自由になれる。空飛ぶ部屋を実現させ、世界中に普及させ、もう誰も災害の犠牲にならずにすむ世界を作る。
それこそがおれの天命。
そう定めた」
「天命……」
「そうだ。だからこそおれは、空飛ぶ部屋を実現させなくちゃならない。そのために、ここにいる必要があるんだ。
「……そうか」
「おれからも聞きたいな。君はどうして、そんなに男っぽく振る舞っている?」
「えっ?」
「目を閉じていても君が緊張しているのはわかる。そんなに緊張しているところを見ると、男っぽいのが素というわけじゃないんだろう? なのになんで、男みたいに振る舞うんだ?」
「だ、だって……うちは昔っから両親は仕事でいそがしかったし、姉ちゃんはあの通りの性格だし、妹たちとは歳がはなれていたから、おれが姉ちゃんや妹たちを守らなきゃって。だから、男にならなきゃって、そう思って……」
「……そうか」
「………」
「それなら、おれたちは協力できるはずだ」
「えっ?」
「人を守るためにはなによりもまず金だ。生活費を稼げないことには人を守ることなんてできない。その点でおれは役に立てる。おれには確かに技術があるし、前のチームにいたときの人脈もある。必ず、生活費を稼ぐ役に立てる。立ってみせる。だから、頼む。おれをここにいさせてくれ。そのために必要なら去勢だろうと、性転換だろうとなんでもする。だから、頼む」
その言葉に――。
「……オレは約束した。お前がオレに対して下心を見せなかったら認めるって。お前は確かに下心なんて見せなかった」
だから、と、
「……認める」
「……ありがとう」
それを確かめたあと――。
「……た、助かった。これ以上、湯のなかにつかっていたら完全にのぼせるところだった」
肌は真っ赤に染まり、頭はすでにボンヤリしている。気分も悪い。それでも、自分の下半身を見れば、男の象徴がしっかりと屹立している。
いくら平静を装おうとも裸の女性と風呂場でふたりっきり……などという状況になれば、体の方が反応する。こんなものを見られるわけにはいかないので、湯船から出ることができなかったのだ。
「で、でも、
叫びと共に風呂のドアが勢いよく開かれた。
「やっぱり、ダメだあっ!」
「な、なんだ、いきなり!」
「お前自身がどうでも、身内でもない男が同居してるとなったら姉ちゃんや妹たちに悪い噂が立ちかねない! 去勢しろとは言わないけど、別の条件をつけさせてもらう!」
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