二一章 姉妹になろう

 「……というわけで、今日はお祝いなの。多幸たゆ、お料理、お願いね」

 心愛ここあ多幸たゆが学校から帰ってきた午後。希見のぞみは妹たちに事情を説明し、多幸たゆにそうお願いした。それと聞いた多幸たゆは、正統派アイドルそのままのかわいい顔に『えっ?』と、ちょっとばかり驚いた表情を浮かべた。

 正統派の美少女だけに、そんな表情をするとたまらなくかわいい。ロリコンでなくても『……尊い』と、思わず呟いてしまいそうな表情だ。

 多幸たゆは少し戸惑ったように長姉に聞き返した。

 「あたしの料理でいいの? そういうときは普通、どこかのお店に行ってご馳走、食べるものじゃないの?」

 「なに言ってんだ」

 と、志信しのぶ。乳闘民族な次女は、長女や末っ子とは対照的にあくまでもスリムな胸の前で腕を組み、まっすぐに立った。格闘家らしい脂肪の燃焼しきったスリムボディの男前美女だけに、そんな姿勢をとるとそれだけでもう一枚の絵画のように様になっている。年下の少女たちと一部の性癖もちの男たちからキャアキャア言われる立ち姿だ。

 そんな男前美女は、かわいい末っ子に向かって言った。

 「お前の作る料理こそが、オレたちにとって一番のご馳走だよ」

 そう言われて――。

 多幸たゆはたちまち、お日さまのような笑顔を咲き誇らせた。

 純粋な喜びに満ちたその笑顔。心の汚れたおとなにはまぶしすぎて直視できない。育美いくみは思わず目を隠し、顔をそらしてしまった。

 ――尊い。

 口元を押さえ、涙を溜めながら呟く。

 多幸たゆは姉の言葉に喜び勇んで答えた。

 「わかった! 任せて。腕によりをかけて最高のご馳走、作るわね」

 「わたしも手伝う」

 と、三女の心愛ここあが言った。ふたりはさっそく今夜のメニューについて話しはじめた。

 その嬉しそうな姿に希見のぞみが微笑んだ。

 「あんなに喜んで。やっぱり、多幸たゆに頼んでよかったわ。ありがとう、育美いくみさん。あなたが言ってくれなかったら気がつかなかった。こんなことじゃ長女失格ね」

 希見のぞみはそう言って舌を出し、自分の頭をコツンと叩いて見せた。天然巨乳美女にそんな仕種をとられては、多幸たゆのときとはちがった意味で涙がにじんでしまいそう。

 「あ、い、いえ。私はなにも……」

 と、ドギマギしながら口ごもる。

 希見のぞみの愛らしい姿に胸がいっぱいになり、まともに答えるどころではないのである。

 「だけどさあ」

 と、志信しのぶが腕組みしたまま首をひねった。

 楽しそうにメニューについて話しあう妹たちを見ながら、宇宙の真理について尋ねるがごとく疑問を口にした。

 「『料理して』って言われて、そんなに嬉しいもんかなあ? オレだったら『食いたきゃ自分で作れ!』だけどなあ」

 目玉焼きを作るつもりで、すっかり炭化した暗黒物質を作ってしまう志信しのぶとしては当然の反応だろう。料理の腕を求められて喜ぶことが理解できない。

 そんな志信しのぶにすかさず育美いくみは言った。

 「取り引き先から『あなたの作る部品こそが、我々にとって一番の高級品なのです』って言われたら?」

 「ものすごく、わかる!」

 男前な美貌を凜々しく引きしめ、即答する志信しのぶであった。

 そうこうしているうちにメニューが決まったらしい。多幸たゆ育美いくみのもとにミニスカートをヒラヒラさせながら駆けてきた。

 「育美いくみちゃん。買い物、付き合って」

 「OK」

 外見は女でも中身は男。荷物もちという力仕事なら自分の出番。育美いくみは快く了承した。もっとも――。

 志信しのぶ育美いくみの三倍は力があるし、希見のぞみはその志信しのぶよりもさらに高性能な筋力の持ち主なのだが、それはこの際、忘れておく。

 とにかく、育美いくみ心愛ここあ多幸たゆの三人で連れ立ってお祝いのための買い出しに出かけることとなった。

 希見のぞみ志信しのぶはその間、パーティー会場を用意しておくことにした。一階の工場部分を片付けて立食パーティー形式にしようと言うのだ。

 工場と言うことで防音設備も整っているし、人口減少著しい田舎町。近所には空き家も多い。少しばかり騒いだところで近所迷惑にはならない。と言うわけで、今夜は羽目を外して騒ぎまくろうというわけだ。それはいいのだが――。

 四〇~五〇キロはある機材を軽々と肩に担いで移動させる希見のぞみ志信しのぶの姿を見せられると、

 ――体力では勝てない。技術を、技術を磨こう。

 と、涙ながらの敗北感と共に、そう思わざるを得ない育美いくみであった。

 パーティー会場の設置はゴリラな長女と戦闘民族な次女に任せておいて、三女と末っ子+1は近所のスーパーへ。さすがに心愛ここあも、多幸たゆも、日頃の買い物で慣れているだけに手早く買うものを買い物籠のなかに入れていく。

 「……ええと、鶏肉にリンゴに、これで、このスーパーで買うものは全部ね」

 「あれ、多幸たゆちゃん。カシューナッツも買い物リストにあるけど?」

 育美いくみ多幸たゆの記したメモを見ながら尋ねた。

 多幸たゆは当然のように答えた。

 「ナッツ類は百円ショップで買った方が安いから」

 その言葉に――。

 育美いくみはあわてて言った。

 「いやいや。今日はお祝いなんだから、そういうことは気にしちゃダメだよ」

 「あ、そっか。つい、いつもの癖で……」

 と、多幸たゆは照れたように笑って見せた。

 その表情がまたかわいい。

 「日頃、一円でも安くすませようとあちこちのチラシを見比べて、安いところを求めてハシゴしてる」

 心愛ここあがそう解説した。

 「そ、そうなの?」

 育美いくみの言葉に――。

 心愛ここあはコクンと頷いた。

 「財布の紐を縛りながらつづける悲しいマラソン」

 ――そうか。多幸たゆちゃん、まだ小学生なのに毎日、そんなやりくりを。

 末っ子のいじらしさにほろりとさせられる。

 そして、育美いくみは誓った。

 ――このままじゃいけない! 多幸たゆちゃんだって再来年には中学生。そうなれば、勉強も難しくなるし、部活や友人関係でいそがしくなる。いつまでも、そんな悲しいマラソンをさせていてはいけない。早く稼げるようになって、解放してあげないと。

 健気な少女の姿に保護者欲を刺激され、そう誓う育美いくみであった。

 「やるぞ、よしっ!」

 ギュッと拳を握りしめ、小さく叫ぶ育美いくみを相手に、

 「そう言うところが、ロリコンと言われる」

 と、心愛ここあのクールなツッコミが炸裂したのだった。


 買い物を終えての帰り道。

 育美いくみを中心にその左右に心愛ここあ多幸たゆが並ぶ形で歩いている。荷物の大部分は育美いくみがもっているが、心愛ここあ多幸たゆもそれぞれ買い物袋を左手にさげている。右手には『ちょっとしたご褒美』と買い込んだアイスキャンディー。

 まだまだ夏真っ盛りの九月、そのうだるような午後の日差しのなか、甘い氷の感触を楽しみながら歩いている。育美いくみも女装姿がすっかり板についたこともあって、どこからどう見ても仲の良い三姉妹。

 近所まで帰ってくると、これから買い物に行くらしい知り合いに出会った。

 「あら、心愛ここあちゃん、多幸たゆちゃん、お買い物帰り?」

 「はい!」

 と、多幸たゆが元気よく返事する。

 「今夜はパーティー。うるさかったらごめんなさい」

 と、心愛ここあが姉らしくご近所への気遣いを示した。

 「まあ。みんなでパーティー。楽しそうでいいわねえ」

 と、その中年の女性は微笑んだ。

 女性にしては肩幅の広いガッシリした体付きで、とくに下半身はドッシリした安定感がある。いかにも『おばさん!』という感じの人物で、人の良さそうな笑顔も相まってなんとも言えない安心感がある。

 ――たしか、徳田とくだあおいさんだったな。

 育美いくみは、以前に紹介されたときのことを思い出して確認した。

 もともと、技術畑一筋の人生とあって、他人の顔と名前を覚えるのは苦手な方だった。とくに女性は。共にチームを立ちあげることになる上条かみじょうゆい今村いまむら聡美さとみにしても、顔と名前をはっきり覚えるまで半年はかかった。

 しかし、学生の頃はそれでよくても社会人となればそうはいかない。取り引き相手の顔と名前は一発で覚えなければ『失礼なヤツ!』と相手にしてもらえなくなる。そこで、必死に顔と名前を覚えるコツを調べあげ、覚えられるようにした。そのおかげでなんとか初対面の相手の顔と名前を覚えられるようになった。そのときの経験が役に立っていた。

 ――四葉よつば家のご両親とは前々から仲が良くて、とくにお母さんとは一緒に旅行に行くこともある仲だって言ってたな。ご両親が亡くなってからは、ご近所の人のなかでもとくに気に懸けてくれていて、母親がりにいろいろ気を配ってくれたとか。

 育美いくみは、希見のぞみに教えてもらったことを思い出した。

 その徳田とくだあおいがじっと育美いくみを見た。

 「育美いくみさん、だったわね。荷物をもってあげて、いいお姉さんねえ」

 「あ、こんにちは、徳田とくださん」

 育美いくみはまだ挨拶していないことに気がついて、あわてて頭をさげた。

 あおいはいかにも『おばさん』らしく、気さくに笑って手など振って見せた。

 「あらやだ。おばさんでいいわよ。それにしても、よかったわねえ、心愛ここあちゃん。多幸たゆちゃん。いいお姉さんができて」

 あおいはなんの疑いもなく『お姉さん』と呼んだ。育美いくみが女性であると信じて疑っていないのだ。

 「はい。賑やかになって毎日、楽しいです」

 「自慢の男姉おねえさん」

 発音は同じなので、あおいには『お姉さん』と言っているようにしか聞こえない。

 その様子を見て育美いくみは、

 ――完全に、女性だと思われてるな。これはいよいよ男だとバレるわけにはいかないな。

 おそらく、この世話好きのおばさんのことだ。育美いくみが男だと知ったらたちまち警戒して大騒ぎすることだろう。無理やり追い出されるかも知れない。

 せっかく、四姉妹との暮らしが軌道に乗りはじめているところなのに、そんな騒ぎは起こされたくない。

 ――となると、いよいよ本当に女にならなきゃいけないかな?

 そう思う。

 ――っで、女になって、なにか悪いことがあるか?

 ――うん。ないな。

 育美いくみは自分の問いに、自分で即答した。

 実際、女になったところでなにかまずいことがあるとは思えなかった。まあ『ちょん切る』とか、そこまではしないとして。

 別に付き合っている彼女がいるわけではないし、女になったからと言って男とどうこうならなければいけないわけではない。結婚して、子どもを生んで……などと言うルートをたどる女性のほうが物珍しがられるご時世だ。一生、ひとりであっても奇異な目で見られることはないだろう。

 両親は未だ健在なので、一人息子が女になったと知ったらショックだろう。だからと言って、とっくに独立して自力で生活している身。親にどう思われようが知ったことではない。

 もし、怒りにまかせて『勘当だ!』などと言い出したところで痛くもかゆくもない。このまま、四姉妹と暮らしていくだけだ。むしろ、『親の老後』を心配する責務から解放されてありがたい。勘当騒ぎを起こして困るのは老後の支えを失う両親のほうだ。

 ――そうだ。おれは確かに、この四姉妹と暮らしていきたい。この四姉妹と一緒に目的を叶えたい。おれには男であることにこだわる理由はない。このまま女になって、姉妹の一員として加えてもらおう。

 いまこそ、そう決意する育美いくみであった。

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