二四章 かつての仲間たち

 国枝くにえだ大悟だいご

 斉藤さいとう海路かいじ

 今村いまむら聡美さとみ

 上条かみじょうゆい

 チーム・ハクヨウを構成する四人が一斉に目を見開き、『信じられないものを見た』人間特有の表情を浮かべたことを、責めるわけにはいかないだろう。

 自分たちが追放したかつての仲間がいきなり『女になって』姿を現わしたのだ。たいていの人間なら驚きのあまり我を忘れ、唖然あぜんとするのが自然。大悟だいごたちチーム・ハクヨウのメンバーはいずれも『たいていの人間』だったので、まさにその通りの反応をした。

 山之辺やまのべ育美いくみ希見のぞみ志信しのぶのふたりと共にかつての仲間たちのもとを訪れた。育美いくみにとっては追放されて以来のオフィスであり、かつての仲間たちとの出会いだった。

 長い髪のカツラを被り、胸にバッドを仕込み、Tシャツにジーンズというラフな服装。事務職よりも外に出て現場を駆けまわる行動的な女性という雰囲気。髪に関してはいずれは自前の髪を伸ばすつもりだが、一日や二日で伸びるものでもないので、しばらくはカツラを使いつづけることになる。

 ひげに関しては毎日まいにち気を使ってケアするのも面倒なので、永久脱毛してしまうことにした。近いうちに脱毛サロンに向かうつもりである。胸に関しては……さすがに、手術やホルモン注射までする気にはなれないので生涯、パッドを入れてごまかす。その点では志信しのぶというウフト人の先輩もいることだし……。

 また、下に関しては……。

 やはり、『ちょん切る』までの覚悟はできないので、そのままにしておく。

 中途半端と言えば中途半端な『女性化』だが、別に男と恋愛したいとか、結婚したいとか、子どもを生みたいとか言うわけではない。四葉よつば姉妹と一緒に暮らしていくためなのだから『念の入った女装』というレベルでいいのである。

 ともあれ、育美いくみはかつての仲間たちの前に堂々と『女になった』姿をさらした。そして、追放されて以来のオフィスを見回した。

 「以前とかわりないみたいだな。仕事がうまく行っているようでなによりだ」

 『女になる』と決めはしたが、口調はかえていない。男として生きてきた自分がいきなり女言葉を使ってみても不自然なだけだろうし、怪しまれる結果になりかねない。それぐらいならいままで通りの口調で『男性的な女性』として通した方が自然に見える。そう判断してのことである。

 『男性的な女性』であれば、無理してスカートをはく必要もないし、四葉よつば姉妹には志信しのぶという男前美女がいるので言動が男っぽくても違和感は感じにくい。

 「お、お前……」

 チームリーダーである大悟だいごがようやく言った。

 声も震えているが、思わず育美いくみを指さした指先もこまかく震えている。

 「本当に、山之辺やまのべ育美いくみなのか?」

 「そうだとも言えるし、そうでないとも言える」

 「はっ? どういう意味だ、そりゃ」

 「私はたしかにチーム・ハクヨウにいた山之辺やまのべ育美いくみだ。でも、いまの私は『女となった』新しい山之辺やまのべ育美いくみでもある。その意味で、皆のかつての仲間だった山之辺やまのべ育美いくみだとも言えるし、そうではない山之辺やまのべ育美いくみだとも言える」

 「そ、そうか……」

 と、大悟だいごはとにかくそう返事をした。それ以外、どうしていいかわからなかったからだ。

 「な、なんで、そんなことになったのよ⁉」

 上条かみじょうゆいが慌てふためいたように声をあげた。

 ゆいはもともとチームのなかでももっとも育美いくみに好意的だった。『空飛ぶ部屋を作る』という目的に対しても一番、理解を示してくれていた。それだけに、『女になった』育美いくみの姿を見て大きなショックを受けたのだろう。

 ゆいの叫びに対し、育美いくみは淡々と説明した。

 「……というわけだ。私は四葉よつば家の姉妹と生きていく。四葉よつば家の姉妹と空飛ぶ部屋を実現させる。そのために、世間から変な目で見られないように女になることにした」

 あまりに堂々とそう言われたので、ゆいたちとしても思わずうなずくしかなかった。

 「で、でも、いくらなんでも女になるなんて……。それぐらいなら戻ってきなさいよ。あなたの技術者としての腕はあたしたちみんな知ってるわ。空飛ぶ部屋へのこだわりさえ捨ててくれれば、いつだって復帰を歓迎するわ」

 そのゆいの言葉に――。

 海路かいじ聡美さとみもコクコクとうなずいた。

 このふたりにしても別に育美いくみのことを嫌っていたわけではない。むしろ、

 「せっかく良い腕しているのに、いつまでも子どもみたいなことを言っていて……」

 と、惜しんでいた。

 もし、育美いくみが『子どもの夢』を捨てて、おとなになったならいつでも復帰を歓迎する。

 その点においては、ゆいと同じだった。だが――。

 育美いくみはきっぱりと言った。

 「ゆい。それに、皆。いままでにも何度も言っただろう。私にとって大切なのは空飛ぶ部屋を実用化すること。そうすることで、この災害列島に生きる人々に安全な暮らしを提供すること。ただ、それだけだ。その目的を果たすためなら女になるぐらいなんでもない」

 技術屋に性別なんて関係ないしな。

 一切の迷いも、ためらいもなく、そう言いきる育美いくみだった。

 「……それで、そのお嬢さん方と一緒に実現させようってのか?」と、大悟だいご

 育美いくみはうなずいた。希見のぞみ志信しのぶのふたりをかつての仲間たちに紹介した。

 「このふたりは、いや、四葉よつば家の四姉妹は私の目的を理解してくれた。一緒に実現させようと誓ってくれた。私は四葉よつば家の四姉妹と空飛ぶ部屋を実現させる」

 その言葉に――。

 ――やっぱり、この人って一生、子どものままなの?

 ゆいたちの心に絶望に似た思いが広がった。

 ゆいたちにとってはまさしく絶望だったが、その心の声を育美いくみが聞いたならはっきり答えたことだろう。

 『生涯の望みを捨てることが『おとなになる』ことだというのなら、私は一生、子どものままでいい』

 「'……なるほど。よくわかった」

 大悟だいごが一息ついてから言った。

 「お前を追放したのは、やはり正解だったってな」

 チームリーダーの言葉にゆいたちもしぶしぶながらうなずいた。

 それに対し、希見のぞみ志信しのぶは怒りに目を吊りあげ、前に出ようとした。そのふたりを育美いくみが両腕をあげて制した。希見のぞみの怪力と志信しのぶの戦闘能力ならば、殴り合いの喧嘩になったところで大悟だいごたちをボコボコにするのはたやすい。しかし、それではさすがに『仕事をまわしてもらう』などできなくなる。それでは、なんの意味もない。

 「それで?」

 と、大悟だいごはあからさまに見下す視線で言った。

 「その『女になった』山之辺やまのべ育美いくみがなんの用だ?」

 「仕事をまわしてもらいたい」

 「仕事?」

 意外な答えだったのだろう。大悟だいごは眉をひそめた。

 「そうだ。さっき説明したとおり、希見のぞみさんたちはご両親の残した工場を守ろうとしている。しかし、現状、四葉よつば工場には思うように仕事が来ない。だから、仕事をまわしてもらいたい。私が抜けてチーム・ハクヨウは人手不足になっているはずだ。余っている仕事があるはずだろう。それをこちらにまわしてもらいたい」

 「ふん、なるほど」

 と、大悟だいご。小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

 「たしかに、余っている仕事ならある。そいつをまわしてやるのはかまわないが……人にものを頼むにしちゃあ、態度がでかいんじゃないのか?」

 「'ちょっと、大悟だいご!」

 ゆいが叫んだ。

 大悟だいごの言い分もまあ、わからなくはない。でも、以前の仲間に対して、あんまり高圧的じゃない。

 そう思ったのだろう。大悟だいごの態度を非難する声だった。

 しかし、育美いくみは言われたとおり姿勢を正した。礼儀正しく頭をさげた。

 「仕事をまわしてください。お願いします」

 「……ふん」

 と、大悟だいごは、そんな育美いくみの姿を見てつまらなさそうに鼻を鳴らした。

 『簡単に頭をさげるなんて、プライドってものがないのか』

 と、怒っているようでもあるし、

 『素直に頭をさげられてつまらない』

 と、残念がっているようでもある鼻の鳴らし方だった。

 「まあいいだろう。女になってまで『夢』を追おうとするその態度に免じて、仕事をまわしてやるよ」

 「'ありがとうございます」

 大悟だいごの言い草に頭にきて詰め寄ろうとする希見のぞみ志信しのぶを制して、育美いくみは改めて頭をさげた。

 営業ともなれば、どんなに理不尽でも頭をさげなくてはならないことはある。技術畑一筋ではあっても、チームの立ちあげ初期には他の皆と一緒に営業のために駈けずりまわった身。そのことは骨身に染みて知っている。

 「さあ、ふたりとも。帰ろう」

 「で、でも……!」

 育美いくみの言葉に、希見のぞみが抗議の声をあげた。

 正統派美女のその顔が怒りに燃えている。志信しのぶにいたっては怒りのあまり、声も出てこない様子だ。

 そんなふたりに向かい、育美いくみは言った。

 「いいから。用はすんだ。これ以上ここにいても時間の無駄だ」

 そう言って――。

 育美いくみはふたりを促し、チーム・ハクヨウのオフィスをあとにした。


 「なんですか、あの態度は⁉ わたし、頭にきました!」

 「そうだ! とくに、あの大悟だいごってやつ! あれが、かつての仲間に対する態度か! なんで、あんなやつ、ガツンと言ってやらなかったんだ⁉」

 「……運転中だって言うことを忘れないでくださいよ、希見のぞみさん」

 希見のぞみの運転する車に乗っての帰り道。

 怒りのあまり頭から湯気を立て、時速二〇〇キロぐらいでぶっ飛ばしそうな希見のぞみに対し、育美いくみが釘を刺した。

 「なんで、そんな冷静でいられるんですか⁉ あの大悟だいごっていう人は、育美いくみさんのことを明らかに小馬鹿にしていたじゃないですか!」

 「そんなのは、どうでもいいことだからですよ」

 育美いくみは迷いなく言った。

 「私の目的は空飛ぶ部屋を作る。その一点。それ以外のことはどうでもいいことです」

 「でも……」

 「いいんです。これからは定期的に仕事をまわしてくれるとゆいが約束してくれましたからね。大悟だいごたちのもとを訪れた甲斐はありました」

 帰り際、廊下に出た育美いくみたちを追いかけてゆいがやってきて、言ったのだ。

 「あの……大悟だいごはあんな言い方したけど、実はうちもけっこうピンチなの。育美いくみが抜けて人手が足りなくなったから、こなせない仕事が溜まっちゃって……。信用に関わることだから大悟だいごもいつも頭をさげっぱなしなの。仕事を引き受けてくれて助かるのはこっちよ。これからは、定期的に仕事を依頼させてもらうわ」

 そういう事情とあればチーム・ハクヨウとしても否やはないし、チームリーダーの大悟だいごにしても経理担当のゆいの言うことは無下にはできない。これでひとまず、生活費を稼ぐ目処は立った。その意味では古巣を訪ねたのは大正解だった。

 「あの大悟だいごっていう人も、相手がかわれば自分がペコペコする側って聞いたときには少しは気がすみましたけど……」と、希見のぞみ

 「やっぱり、あの態度は腹が立ちます!」

 「'オレだって!」

 と、志信しのぶも力強く同意した。あまりに力を入れたので、危うく車の底を踏み抜いてしまうところだった。

 「育美いくみさん! こうなったら、なにがなんでも空飛ぶ部屋を実現させましょう! そして、あの人たちを見返してやるんです!」

 「'そうとも! このまま引っ込んでいられるか!」

 息巻くふたりに対し、育美いくみは静かに指摘した。

 「それはちがう。私たちの目的はあくまでも『誰も災害で死んだりしない社会を作る』ことだ。つまらない見栄やプライドを満足させるためじゃない。そうでしょう?」

 「そ、それはそうですけど……」

 「つ、つまらないってことはないだろ……」

 志信しのぶが不満そうに言ったが、育美いくみは迷いなくつづけた。

 「'だったら。大悟だいごたちのことなんて気にしている暇はない。そんな暇があったら空飛ぶ部屋のことを考えるべきです」

 「そ、そうですね……」

 言われて、冷静になったのだろう。希見のぞみもうなずいた。

 「……わかりました。あの人たちのことなんて気にしません。なにがなんでも空飛ぶ部屋を実現させましょう。わたしたち自身の目的のために」

 「ああ」

 「そうだ。誰も災害なんかで死んだりしない社会。その礎を私たちで作るんだ」

 「はい!」

 「おお!」

 希見のぞみ志信しのぶ

 ふたりの力強い叫びを受けて――。

 希見のぞみの運転する車は走っていく。

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