二三章 四姉妹から五姉妹へ

 宴のあとのけだるさに覆われて、四葉よつば家は先ほどまでの騒ぎが嘘のような静けさに包まれていた。

 勢い任せにご近所さんたちを招待しての大騒ぎ。すっかり、エネルギーを使い果たしてしまったのも無理はない。責任感の強い長女の希見のぞみもボンヤリした様子で座り込み、パワーあふれる戦闘民族の次女も『ただいまガス欠』とばかりに寝転がっている。生真面目な家事担当の多幸たゆでさえ、

 「もう、片付けるのは明日でいいや」

 と、すべてを放り出している。

 いつもクールでマイペースな心愛ここあだけは、いつもとかわらない様子だったけれど。

 そんななか、育美いくみはあえてエネルギーを使い果たした四姉妹を集め、ある提案をした。

 「前のチームに仕事をもらいにいく」と。

 「お前、正気か⁉」

 それまでのガス欠状態もどこへやら。志信しのぶが飛びあがってパワーあふれる叫び声をあげた。

 「お前、そのチームを追放されたんだろ⁉ そんなチームを頼るなんて、プライドないのか!」

 「育美いくみさん! いまの自分が女性になってること、覚えてますか⁉ 以前のお仲間さんたちに女になった姿を見られるんですよ⁉」

 「そ、そうだ。お前、それでいいのかよ⁉」

 長女と次女が交互に叫ぶ。しかし、育美いくみは一切、動じることはなかった。長いカツラに胸パッドという女装した出で立ちのまま真剣きわまる表情で告げた。

 「前にも言ったとおり、私のプライドは『空飛ぶ部屋を作る』という点にあります。そのためなら、なんでもする。あなたたちはどうです? ご両親の残した工場を守るよりも、見栄や体面の方が大切ですか?」

 「そんなわけないでしょう! 両親の残した工場を守るためならなんでもやります!」

 「オレだって!」

 長女と次女が決意を込めて叫ぶと、三女と末っ子もうなずいた。ふたりの姉のように声に出して言わない分、静かで、より深い思いだったかも知れない。

 コクン、と、育美いくみはうなずいた。

 「そうでしょう? 私もそうです。『空飛ぶ部屋を作る』という目的のためなら女になった姿を見せるぐらいなんでもない。それになにより……」

 「それになにより?」

 「私は皆と暮らしていきたい。あなたたちと一緒に暮らし、あなたたちと一緒に空飛ぶ部屋を実現させたい。そのために……本気で女になることに決めました」

 「ちょん切っちゃうんですか⁉」

 希見のぞみが悲鳴にも似た叫びをあげた。志信しのぶが思わずのけぞり、育美いくみもさすがに引いた。そこで、心愛ここあがクールに指摘した。

 「希見のぞみお姉ちゃん。小学生の前」

 言われて希見のぞみは真っ赤になった。当の『小学生』はなんの話かわからずキョトンとした表情。正真正銘のピュアっ子にそんな話は通用しないのだった。

 「い、いや、ちょん切るとかそう言うことじゃなくて……。あくまでも『気持ちの上で女になる』って言う意味だから」

 育美いくみは、どうにか心理的な体勢を立て直してそう告げた。

 「正直、いままではやっぱり、前の仲間に女になった姿を見られるのはいやだった。だから、それが一番、簡単で確実な方法だとわかっていてもやる気になれなかった。でも、もうちがう。あなたたちと暮らしていきたい。なによりもそう思っている。だから、前の仲間たちにこの姿を見せる決心がついた。と言うより、そうすることではっきりとけじめがつき、女になれると思うんです」

 「で、でも、お前を追放したやつらだろう? 仕事なんかまわしてくれるのか?」

 「チームの仕事は軌道に乗ったところだった。だからこそ、『夢ばかり見ているやつはいらない』という理由で追放されたんです。その頃でも人手が足りなくて徹夜するのも当たり前だった。そこで、私が抜けた。となればその分、ますますいそがしくなっているはず。かと言って、私のかわりが簡単に見つかるはずがない。自分の腕にはそれだけの自信がある」

 『うんうん』と志信しのぶがうなずいた。

 育美いくみの技術者としての腕に関しては、技術交流を重ねた志信しのぶは誰よりもよくわかっている。

 「だから、さばききれない仕事を抱えて困っているはずだ。その分の仕事をまわしてもらう。そうすれば、安定して仕事が得られる。生活費を稼げる。生活が安定すれば、空飛ぶ部屋作りに取りかかれる。『誰も災害で死んだりしない社会』作りに挑戦できるんだ。だったら、そうするべきだ。他人にどう思われようと関係ない。そうでしょう?」

 他人。

 育美いくみはごく自然にそう言った。

 そう。育美いくみにとってすでに前のチームは『他人』になっていた。だからこそ、こだわりを捨てて頼りに行けるようになったのだ。

 ――そうだ。いまの私にとっての仲間は、一緒に生きていきたい人たちは、この四姉妹なんだ。前のチームじゃない。

 育美いくみは改めてそのことを確信した。

 「……わかりました」

 希見のぞみが正座して、両手を膝の上に置いた姿勢でそう言った。天然で、どうにも抜けたところもある希見のぞみだが、そうして凜! とした姿を示すと『武家の娘』とでも言いたくなる凛々しさがある。

 「育美いくみさんのその決意、感じ入りました。わたしたちはあなたを正式に姉妹の一員として受け入れます。みんなも、それでいいわね?」

 希見のぞみはそう言いながら妹たち一人ひとりに視線を受けた。

 志信しのぶが照れくさそうに鼻の頭などをかきながら応えた。

 「ま、まあ、オレはいいけど……」

 多幸たゆが心から嬉しそうな笑顔を浮かべ、両手を合わせながら言った。

 「四姉妹から五姉妹になるのね。賑やかになって嬉しいわ」

 「結婚関係はひとりとしか結べないけど、姉妹関係なら全員と平等に結べる。姉妹ハーレムの新しい形」

 『グッジョブ』とばかりに、心愛ここあが親指を突き立てた。

 「ただし、条件がある」

 「条件?」

 「育美いくみ男姉おねえさんは一番の新入り。だから、歳は上だけど一番の妹」

 育美いくみはうなずいた。

 「わかった、いや、わかりました。たしかに、新入りならそれが妥当でしょう。末永くよろしくお願いします、お姉さんたち」

 育美いくみはそう言って、年下の姉たちに頭をさげた。

 「わあっ、あたしにも妹ができるんだ。あたしもほしかったんだよねえ、妹」

 多幸たゆが嬉しそうにニッコリ笑い、両手を合わせた。

 「それでは……」

 と、そのやりとりを微笑ましそうに見ていた希見のぞみが改めて言った。

 「育美いくみさんの言うとおり仕事をまわしてもらい、空飛ぶ部屋作りに取りかかりましょう」

 「ありがとう、希見のぞみさん」

 「でも……」

 と、希見のぞみは付け加えた。

 「本気で女性になるからには言葉遣いは学んでもらいます。いくら、男性的な女性も多いご時世だと言っても……」

 希見のぞみはそこでチラリ、と、志信しのぶを見た。

 「なんで、オレを見る⁉」

 「やっぱり、ある程度は女性らしい仕種や立ち居振る舞いを身につけてもらわないといけませんから。いいですね?」

 「もちろんです。よろしくお願いします」

 そう言って――。

 育美いくみは頭をさげた。

 「わかりました。では、明日……いえ、時間的にはもう今日ですね。夜が明けたらさっそくうかがいましょう。そのためにも、もう休んでください。寝不足でお肌の荒れた状態で出かけるなんて女として恥ですから」

 「はい」

 そう言って、育美いくみは立ちあがった。自分の部屋に戻ろうとした。その育美いくみの左右に志信しのぶ心愛ここあが並んだ。ふたりして育美いくみの腕を抱きかかえた。

 「な、なに……?」

 不羈な予感に、育美いくみは不安げな声を出した。

 「女になるなら立ち居振る舞いの他にもうひとつ、身につけてもらわなきゃならないものがある」

 「それは、貧乳の闘志」

 「はっ?」

 「その真っ平らな胸では女として恥ずかしい。だから、これからは育美いくみ男姉おねえさんにも乳闘民族ウフト人として、すべての戦闘技術を身につけてもらう」

 「オレがみっちり仕込んでやるからな。覚悟しろよ」

 「あ、いや、おれは男だから、いくら努力したところで胸は大きくならないと……」

 「『女になる』宣言はどうした?」

 「うっ……」

 「乳なんざ根性でデカくなる! そのためにも一に練習、二に練習! これからは毎日欠かさず乳闘訓練だ!」

 「えええっ~!」

 その叫び声が響くなか――。

 ふたりがかりで連行されていく育美いくみであった。

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