一八章 ありがとう
「なるほど。よくわかりました。人々に災害に負けない安全な暮らしを提供する。それは、私たちにとっても望むところ。私たちも協力させていただきます」
「本当ですか⁉」
大手機械メーカーのオフィスに
「もちろんです。ちょうど、急な仕事が入ったのですが手が足りなくて困っていたところなのです。この仕事をあなた方にお任せしたい」
「ありがとうございます!」
「ただ、日程的にかなりハードな仕事なのですが……」
「問題ありません」
「我が
「それは、頼もしい。では、お願いします」
「はい!」
そんなふたりの様子を、父親ほどの世代の部長は微笑ましそうに眺めている。そのにこやかな笑みの裏に、
「もし、条件を満たせなかったら……わかってるな?」
という、ヤクザめいた脅しがはっきり見える表情であったが。
「やりましたね、
「はい。腐らずに営業をつづけてきた甲斐がありました」
帰りの車のなかでも
いったい、何十社目だろう。毎日まいにち営業をつづけて、成果のない日々を重ねて、それでも、ようやく、どうにか、こうにか、仕事をもらえた。しかも、『使い捨ての下請け』としてではなく、こちらの理念に共感し、そうすることで仕事をまわしてもらったのだ。喜びを爆発させるのが当然だった。
「同じことをしてもつまらない」
と言う呟きが聞こえたときには本気で背筋が寒くなった。
――だけど!
と、
――そんな苦難を乗り越えてようやく、どうにか、やっと、仕事を手に入れた! これで、第一歩は踏み出せたぞ!
家に帰るとすぐに
「よおし、これでようやく、親父譲りのオレの技術を見せつけてやれるときが来た! 見てろよ。おれが若くて、しかも、女だからって、腕も見ないで契約をぶっちぎった連中。絶対、後悔させてやるからな!」
瓦一〇枚、余裕でぶち抜く拳をグッと握りしめ、そう誓う
「だけど……」
と、
「喜んでばかりはいられません。条件は相当にハードですよ。期日はすぐだし、生産すべき数も多い。もちろん、だからと言って品質を犠牲にしてはなんにもならない。この日数でこれだけの数を、しかも、充分な品質を維持して作りあげるのは、相当に難易度の高い仕事です。そして、もし、この仕事で失敗すれば信用はなくなり、どこも相手にしてくれなくなる」
条件が厳しい上に絶対に失敗できない仕事。
「相当な覚悟をもって望む必要があります」
「わかってる」
「体力には自信がある。いざとなったら徹夜を繰り返して間に合わせてやるさ」
「夜も寝ないで、昼寝して?」
そうツッコミを入れたあと、
「だいじょうぶ。今回からはわたしも手伝う」
と、親指を立てて見せた。
車に細工した腕を買われて、
「お前、天才か⁉」
と、叫ばせるほどのものだった。
実際、その技術は、実年齢の三倍生きていても身につかないのではないかと思わせるほど高度なもので、改めてその腕を見た
「いったい、何者なんだ、
本当に天才なのか?
と言う疑問に対し、
「チートスキルもちの転生者かも」
とは、末っ子の
「とにかくだ。条件が厳しくて失敗が許されないとなれば、グズグズしてはいられない。いまからすぐにはじめるぞ」
その
「もちろんです」
と、
「おお~」
と、あまり気合いの感じられない様子で腕を突きあげた。
そうして、三人一丸となっての作業がはじまった。
手入れだけは怠らずにいた作業機械類が久しぶりに仕事のために動き出し、工場内はうるさいほどの音に包まれた。
「焼きが甘い! やり直し!」
「精度が足りない、これもやり直し!」
信用を得るための高品質を求めての
――ふたりとも、さすがだな。亡き両親の残した工場を守っていきたいって言う心は本物だ。この思いがあれば必ずうまく行く。
そして、その思いを確信にかえるかのように、ふたりの作る部品はどんどん精度を増していった。さすがにもともと確かな技術の持ち主だけあって、いったん必要とされる品質をつかむと、見事にその品質をクリアした部品を作りあげるようになった。
「さすがですね、ふたりとも。この分なら期日通りに納品できます」
「任せろ! 親父ゆずりの腕は伊達じゃない!」
「わたしは最強」
その日の作業は深夜までつづいた。さすがに
「もう、こんな時間か。初日からいきなり根をつめても仕方ないですね。とりあえずのノルマは達成したし、今日のところはここまでにしましょう」
「……そうだな。初日からいきなり飛ばしすぎて、あとがつづかなくなったら元も子もない」
「そういうことです」
「それじゃ、後片付けはオレがしておくから、お前はもうあがってくれ」
「片付けは、新入りの私の仕事でしょう」
「いいって。オレはその気になれば昼の間、大学で休めるけど、お前は昼間も仕事だろ。早く寝て、明日に備えてくれ」
「そうですか? それじゃ、お願いします」
「おう、任せろ!」
「それと……」
「はい?」
「その……ありがとな。お前が来てくれたおかげで仕事ももらえたし、プロの姿勢も学べた。感謝してる」
「い、いえ……」
いきなり真面目にそう言われて、
「あ、ああ! 早く寝てくれ! 明日も大変なんだからな」
「そ、そうですね。それじゃ、お休みなさい……」
「ああ……」
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